苦しみのそばに、寄り添う医療を──パプアニューギニアの変わりゆく「がん」ケア
2026年05月29日
パプアニューギニアで深刻な健康問題の一つとなっている「がん」。
山岳地帯による医療アクセスの制限やぜい弱なインフラ、資金不足、健康に対する認識の低さなど、さまざまな課題が重なる中で、がんは進行の速さと影響の大きさ、そして治療の選択肢の乏しさにより、特に重大な問題となっている。とりわけ人口の大半が暮らす農村部や遠隔地では、その影響がいっそう顕著となっている。
魔術、移動費、専門医の不足──治療を阻む壁
「医療アクセスの大きな格差や健康に関する知識不足、そして文化的な信念が、状況をさらに悪化させています」と、パプアニューギニアでMSF活動責任者を務めるロバート・ケアンゴは言う。
個人の経済状況や医療へのアクセスに極端な差があり、早期に治療を受けられるのはごく一部の人びとに限られています。
ロバート・ケアンゴ パプアニューギニアのMSF活動責任者
「多くの場合、医療機関を受診するかどうかは、病気と魔術が結びついているという考え方を家族が捨て去れるか、そして医療施設までの移動費を負担できるかに左右されます。病院にたどり着いても、専門医の不足や検査・治療の選択肢の制約に直面することが少なくありません。その結果、多くの患者が手遅れになるまで治療を受けられないのです」
がんの症例数は2030年までに30%以上増加すると見込まれている。2022年には約7200人ががんで死亡したと推定されており、2030年までには年間約1万6506件の新規症例が発生する可能性がある。
これらの推計は国際がん研究機関(IARC)およびGLOBOCAN(※)によるものだが、診断されない、あるいは報告されない症例が多く存在するため、実際の数値はこれを大きく上回るとみられている。
- ※GLOBOCAN:世界保健機関(WHO)の外部組織である国際がん研究機関(IARC)が提供している、がんに関する世界的な統計データベース
パプアニューギニア第二の都市モロベ州でMSFのがん対策コーディネーターを務めるイボ・ジュリオは言う。
パプアニューギニアでがんと診断されることは、痛みや不安に耐えながら、十分に機能していない医療制度の中で生き抜いていくことを意味します。
その結果、がん医療は極めて限られ、国内で一定水準の治療を提供できる医療施設はわずか2カ所にすぎない。包括的ながん医療へのアクセスには、いまなお大きな隔たりがある。
痛みと孤立の中で──求められる緩和ケア
「乳がんと診断されたときはすでに進行していたため、両方の乳房を切除しなければなりませんでした」と、モロベ州アンガウ記念州立病院の緩和ケア病棟に入院していた女性は語った。
アンガウ病院は、国内で唯一のがん専門の治療センターだ。同院で診断を受ける患者の約80〜90%は、すでに病状が進行した段階にあり、治療の多くは終末期ケアが中心となっている。
しかし、パプアニューギニアでは緩和ケアのサービスが極めて限られており、多くの患者が人生で最も心身が弱っているときに、本来なら避けられたはずの身体的苦痛や呼吸困難、吐き気、不安や恐れ、そして人としての尊厳の喪失に苦しんでいる。家族もまた、十分な知識や支援がないまま、患者をケアすることに大きな負担を抱えている。
こうした状況下において、緩和ケアの必要性は切実であり、その重要性はこれまで以上に高まっている。
「緩和ケアは、単に終末期の症状を和らげるだけのものではありません」と、モロベ州でMSF看護活動マネジャーを務めるオーウェン・ムガウィは言う。
診断を受けた瞬間から、患者と家族の生活の質を高め、苦しみを軽減し、尊厳を取り戻すことを支援するのが、緩和ケアなのです。
オーウェン・ムガウィ MSF看護活動マネジャー
患者に最も近い存在──看護師の力を活かす
「アンガウ病院を拠点とするこの長期的な取り組みは、医療システムの持続可能な強化を通じて、モロベ州におけるがん医療の継続性を高めることを目的としています」とジュリオは話す。
同時に、患者が無償で包括的なサービスを受けられる環境を整え、緩和ケアをがん治療の中核に据えることも目指しています。
イボ・ジュリオ MSFがん対策コーディネーター
「患者と最も長い時間をともに過ごすのは、看護師です」と先ほどのムガウィは続ける。
痛みや苦痛、状態の変化にいち早く気づくのも看護師です。症状を評価し、安らぎをもたらし、丁寧にコミュニケーションをとること、そして心に寄り添う力は、質の高い緩和ケアの要となります。
オーウェン・ムガウィ MSF看護活動マネジャー
こうした研修を通じて、看護師は疼痛評価ツールの使い方を学び、患者の痛みを正確に理解し、適切な治療へと結びつけられるようになる。また家族に対しては、自宅での服薬管理の方法を伝えることで、薬に対する不安を和らげるとともに、誤用の防止にもつなげている。
変わり始めたケアの現場 広がる支援の力
「重い病気にかかると、自分の病気は罰なのではないか、あるいは神に見放されたのではないかと感じる人もいます」とムガウィは言う。
こうした心の動きに気づき、適切な支援へ導いていくことは、緩和ケアにおいて欠かせない要素です。
オーウェン・ムガウィ MSF看護活動マネジャー
アンガウ病院の緩和ケア病棟では、雰囲気に変化が生まれている。患者はより前向きに治療やケアを受け入れるようになり、看護師たちも、これまで以上に思いやりと確信をもってケアを提供できるようになったと話す。同病院の看護師長アベルは、この変化を「MSFの魔法が効いている」と表現する。
看護師のスキル向上は、患者の目の前の苦しみを和らげるだけでなく、州の医療システムそのものの長期的な強化にもつながっている。こうした変革を支えているのは、医療機器や薬だけではなく、知識や技術、そして人として寄り添う力そのものと言えよう。
がんは今後も、パプアニューギニアにとって大きな課題であり続けるだろう。かつては、患者の痛みや恐れ、孤立は避けがたいものだった。しかし、このプロジェクトの開始によって、状況は変わりつつある。
MSFは本プロジェクトを通して、医療を患者や地域社会にとってより身近なものにし、誰もがケアを受けられる、そして、苦痛を和らげることができる環境の実現に向けて取り組みを続けていく。




