「生きられるかは運次第」から抜け出すために──疑いが暴力を生む社会で築く、信頼のケア:パプアニューギニア

2026年05月11日
パプアニューギニア・ジワカ州ミンジにあるファミリー・サポート・センターを訪れた地元の女性=2025年12月10日 © MSF
パプアニューギニア・ジワカ州ミンジにあるファミリー・サポート・センターを訪れた地元の女性=2025年12月10日 © MSF

パプアニューギニアの山岳地帯では、多くの女性が性暴力や家庭内暴力などの被害に苦しんでいる。中には「呪術を使った」という疑いをかけられ、暴力の標的にされるというケースも起きている。

国境なき医師団(MSF)は、こうした暴力から生き延びた人びとが、安全に、そして適切なケアにつながれるよう援助を続けてきた。

ここでは、MSFが被害者と向き合いながら行ってきた活動を紹介するとともに、MSF現地広報マネジャーとしてパプアニューギニアで活動中の今津みなみの報告を伝える。

あらぬ疑いが招く暴力と恐怖

「たった一度の疑いをかけられただけで、村の全員が敵になりました」と、ある女性は語る。

私は身の危険を感じて逃げました。もう家には帰れませんし、土地を取り戻すこともできません。戻れば、殺されてしまいます。

パプアニューギニアの山岳地帯では、このような恐ろしい話は決して珍しいものではない。これは、「呪術」によってあらぬ疑いをかけられ、暴力に巻き込まれた女性たちにとっての現実だ。

呪術や魔術が今も日常生活に深く根付くパプアニューギニアでは、不幸や病気の原因として、身内や近隣の女性が「呪術を使った」と疑われ、暴行や殺害を受ける事件が後を絶たない。

しかも、暴力そのものは、しばしば苦難の始まりに過ぎない。家庭内暴力や性暴力を生き延びた人びとには、さらなる闘い──つまり、迅速かつ安全に支援を受けられるところを見つけ、恐怖や偏見、沈黙に押しつぶされる前に必要なケアにたどり着く、という闘いが待ち受けている。

ジワカ州の山岳地帯を貫く小道。必要なサービスを利用するには、住民は草木が生い茂ったこのような道を通らなければならない=2025年11月16日 © MSF
ジワカ州の山岳地帯を貫く小道。必要なサービスを利用するには、住民は草木が生い茂ったこのような道を通らなければならない=2025年11月16日 © MSF

沈黙によって隠される凄惨な暴力

危機の規模は深刻だ。パプアニューギニアの最新の人口保健調査(2016~2018年)によると、15~49歳の女性の56%が身体的暴力を、28%が性暴力を経験している。

さらに、結婚経験のある女性のうち63%が、配偶者から精神的、身体的、あるいは性的な暴力を受けていた。

その一方で、多くの被害者は沈黙を貫いている。身体的または性的暴力を経験した女性の39%は、誰にも打ち明けず、支援も求めていない。とりわけ被害が大きいのは山岳地帯で、15~49歳の女性の31.8%が性暴力を受けている。

呪術の疑いをきっかけとした暴力は、さらなる恐怖をもたらしている。パプアニューギニア国立研究所が2024年に発表した報告によれば、2016年から2020年の間に、4つの州で1039件の事例が記録され、1554人が影響を受けた。中でもジワカ州は、国内に4カ所ある「ホットスポット」の一つとされている。

しかし、実際の被害規模は、これよりもはるかに大きい可能性が高い。こうした暴力のほとんどは、正式な報告制度には届かないからだ。そして、標的とされるのは、女性や少女が圧倒的に多い。

呪術を使ったと疑われ、暴力を受けながらも生き延びた女性=2025年12月10日 © MSF
呪術を使ったと疑われ、暴力を受けながらも生き延びた女性=2025年12月10日 © MSF

支援にたどり着ける仕組みづくり

国境なき医師団(MSF)はジワカ州の保健当局と連携し、暴力を受けた人びとが安全かつ秘密厳守の環境のもと、尊厳を守られながら無償のケアを受けれられるよう、アクセスの拡大に取り組んでいる。同時に、州全体の基礎的な保健医療サービスの強化も進めている。

ケアの質を高め、地域の人びとが必要なサービスをより利用しやすくするため、MSFは州内3つの地区にあるすべての医療施設を評価し、課題や援助の優先分野を特定した。

この調査結果を踏まえ、MSFは9つの医療施設で複数の研修を実施し、2025年9月から12月にかけて164人の医療従事者を育成した。研修の目的は、臨床能力の向上と、より安全で一貫性のあるケアを提供することだ。

また、利用可能なサービスについての理解を深め、人びとがそれらを適切に活用できるようにするため、ミンジ保健センターを含むアンリップ・サウス・ワギ地区の各コミュニティで245回の健康啓発セッションを実施し、1998人が参加した。加えて、村の保健ボランティアが中心となって約150回の地域セッションを開催し、参加者は2239人に上った。

そして2025年9月には、ミンジにあるファミリー・サポート・センターがMSFの支援を受けて稼働を始めた。これにより、被害者は初期治療からその後の継続的な支援まで、より明確で途切れのない援助を受けられるようになった。

ジワカ州でファミリー・サポート・センターの開設準備を行うMSFスタッフ=2025年11月25日 © MSF
ジワカ州でファミリー・サポート・センターの開設準備を行うMSFスタッフ=2025年11月25日 © MSF

回復の鍵を握る、最初の72時間

レイプや重度の暴行被害に遭った場合、時間が極めて重要となる。特に最初の72時間以内に、けがの治療に加え、緊急避妊、HIVをはじめとした感染症予防、緊急の心理社会的支援を受けることが大切だ。

こうした背景から、ファミリー・サポート・センターでは事件発生後の最初の数時間で被害者を確実に支援につなぎ、医療と支援を一カ所で迅速に提供することで、必要なサービスから取りこぼされてしまうリスクを減らすことを目指している。

「紹介ルートは、単なる図ではありません」と、ジワカでMSFプロジェクト・コーディネーターを務めるレイチェル・ウェールングは話す。

紹介ルートとは、「実際の支援がどこへ、どのようにつながるのか」を示すものだ。危機的状況に置かれた女性が、適切な訓練を受けた、慎重かつ行動できる支援者に出会えるのか。それとも、疲れ果て、恐怖や恥に押しつぶされ、トラウマを抱えたまま、あちこちにたらい回しにされてしまうのか──その分かれ道を決めるのが、紹介ルートなのだ。

紹介ルートは、被害者が振り回され、辛い体験を繰り返し話すように強いられて、トラウマを呼び起こすことはない、という約束でもあります。その約束が守られなければ、そのルート自体が新たな被害を生み出してしまいます。

レイチェル・ウェールング ジワカのMSFプロジェクト・コーディネーター

ファミリー・サポート・センターの壁には、暴力は犯罪であり、被害者が支援を受けられることを伝えるポスターが掲示されている=2025年12月10日 © MSF
ファミリー・サポート・センターの壁には、暴力は犯罪であり、被害者が支援を受けられることを伝えるポスターが掲示されている=2025年12月10日 © MSF

ケアへの扉を開く地域の力

ジワカ州では、被害者が最初に頼る相手は、必ずしも医師とは限らない。多くの場合、それは地域コミュニティの中にいる身近な誰かだ。

「暴力が、私たちの姉妹や母親をどれほど苦しめているかを目の当たりにしてきました。だから、村の保健ボランティアになったのです」と、ジワカ州で活動する地元ボランティアのイェンさんは語る。

「ここでは性暴力が日常的に起きています。若い女性はレイプされ、家庭内でも暴力は繰り返されています。男性は女性を尊重するどころか、殴りつけるのです」

被害者が治療を受けられるようにするには、私のような人間が立ち上がらなければなりません。私は、このコミュニティの力になりたいのです。

イェンさん ジワカ州で活動する地元ボランティア

山岳地帯は医療へのアクセスが極めて困難なため、地域に根差した活動の重要性がいっそう高い。最寄りの診療所まで数日を要する地域もあり、道路は限られ、移動手段は高額、あるいはそもそも存在しないこともある。

被害者が恐れているのは、医学的な診断結果よりも、報復や噂、非難、あるいは被害が公になることだ。女性が正式な医療ケアにたどり着くまでには、距離という物理的な障壁に加え、家族からの圧力や地域社会の厳しい目を乗り越えなければならない場合が少なくない。

「研修を受けて、本当によかったです。家庭内暴力をあちこちで目にしてきましたから」と、MSFの保健ボランティア研修に参加した山岳地帯出身のジョイスさんは言う。

「研修を通じて、コミュニティの人たちと、より率直に話せるようになりました」

ここでは性暴力が非常に多く、妻を殴ったり虐待したりする男性も少なくありません。その結果、苦しみや病気、生活の困難が生まれています。暴力は、私たちのコミュニティ全体にとって深刻な問題なのです。

ジョイスさん MSFの保健ボランティア研修に参加した女性

MSFが開催した性的・ジェンダーに基づく暴力に関するセッションに集まったジワカ州の保健ボランティアの人びと=2025年12月11日 © MSF
MSFが開催した性的・ジェンダーに基づく暴力に関するセッションに集まったジワカ州の保健ボランティアの人びと=2025年12月11日 © MSF

信頼なくして、ケアは始まらない

このように、ジワカ州で行われている取り組みは、単なる治療にとどまらず、「信頼」を築くことでもある。

被害者には、けがの治療やレイプ後の緊急援助、カウンセリング、警察への同行、法的支援、安全に身を寄せられる場所など、包括的な援助が必要だ。しかし、助けを求めること自体が危険だと感じられる状況では、こうした援助は何ひとつ始めることができない。

「暴力は、沈黙と偏見、そして処罰されない状況の中でまん延します」と、パプアニューギニアにおけるMSF活動責任者を務めるロバート・ケアンゴは語る。

「秘密厳守のケアは選択肢ではなく、被害者を守るために不可欠なものです。女性は『助けを求めれば、身元が明らかにされてしまう』と感じれば、支援を求めることができません」

秘密が守られなければ、女性たちをさらに大きな危険にさらすことになるのです。

ロバート・ケアンゴ パプアニューギニアのMSF活動責任者

ロバートはまた、この問題に明確な解決策を見出せないのは、その背後にある現実があまりにも複雑だからだと指摘する。

「一つのプロジェクトで、根深い暴力や恐怖、不処罰の風潮をすべて消し去ることはできません。それでも、生き延びられるかどうかが『運』に左右される状況を少しでも減らし、ケアをより身近で、信頼できるものにすることはできます」

疑いをかけられただけで、住む場所も、安全も、未来さえも奪われてしまう女性がいる現状において、私たちの活動は大きな意味を持つのです。

ロバート・ケアンゴ パプアニューギニアのMSF活動責任者

ジワカ州で研修に参加する保健ボランティアの女性。研修では、地域コミュニティが暴力の兆候に気づき、被害者を適切で安全なケアへとつなぐための支援方法を学んでいる=2025年12月11日 © MSF
ジワカ州で研修に参加する保健ボランティアの女性。研修では、地域コミュニティが暴力の兆候に気づき、被害者を適切で安全なケアへとつなぐための支援方法を学んでいる=2025年12月11日 © MSF

地域に根ざした支援──ケアがつなぐ変化の芽

MSF現地広報マネジャー・今津みなみからの報告

4月末にMSFがジワカ州で展開するプロジェクトを訪れ、医療チームと共にファミリー・サポート・センターを訪問しました。

センターの運営は順調で、現在は1日に平均4~5人の被害者を受け入れているそうです。MSFは性暴力、呪術の疑いに関連した暴力、そしてパートナーから暴力の被害を受けた人びとへのケアを支援しています。

パプアニューギニアで活動中の今津みなみ © MSF
パプアニューギニアで活動中の今津みなみ © MSF
センターではSGBV(性別・ジェンダーに基づく暴力)プログラム、心のケア、健康啓発を担う各チームが緊密に連携し、被害者の身体と心の両面に配慮した、被害者中心の包括的なケアを提供しています。

また、警察を含む地元当局と密に協力し、法的手続きを望む被害者に対しては、診断書の発行も行っています。

センターは、村の保健ボランティアの積極的な協力と、MSFとの顕密な連携によって、被害者本人だけでなく、地域コミュニティ全体にもポジティブな影響をもたらしていると、現地スタッフは語ります。

さらにこのプロジェクトでは、地域へのアウトリーチ活動も重要な柱となっています。MSFは、山間部の遠隔地にあるコミュニティを訪れ、暴力について話し合うきっかけをつくるとともに、センターが提供するサービスを知ってもらうための啓発活動も行っています。

こうした地域との関わりや、安全な紹介ルートの構築、そして統合的な医療ケアを通じて、MSFは人びとの間に根づく暴力に対する意識や行動に、少しずつ変化をもたらしています。

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