新型コロナウイルス:日本人スタッフがいま挑む、破壊された街での感染予防 フィリピンからのレポート

2020年07月24日
プロジェクト・コーディネーターとして活動を統括する末藤千翔 © Larry Gumahad/MSF
プロジェクト・コーディネーターとして活動を統括する末藤千翔 © Larry Gumahad/MSF

キリスト教徒が国民の圧倒的多数を占めるフィリピンで、イスラム教徒が多数を占める都市が一つだけある。それがミンダナオ島のマラウィだ。

2017年、この地の制圧を狙う「イスラム国」(IS)関連の武装勢力に包囲され、政府軍との戦闘の舞台になった。街は破壊され、3年が過ぎた今も、約12万人が避難民キャンプや親類宅などで避難生活を送っている。

水すらも足りず、保健衛生の整っていないこの場所に、新型コロナウイルスの危機が迫る。いまここで、国境なき医師団(MSF)の日本人スタッフが、住民の命を守るために奮闘している。

水も食料も足りない

マラウィはフィリピンの中でも最も保健衛生、および経済指標が低い地域だ。キャンプでは、水が不足し、市場から遠いため食料品の価格も高い。住民は、「食料を買えたとしても野菜を洗う水がありません」と嘆く。

プロジェクト・コーディネーターとして今年3月からマラウィで活動を統括する末藤千翔はこう話す。「マラウィは以前から保健衛生のシステムが整っていませんでしたが、キャンプでの生活はなおさら深刻です。4×6メートル四方ほどしかない1軒の仮設住宅に5~6人以上が暮らし、皆が同時に寝ることすら難しい状況です。

上下水道の設備がないために、家の中に掘った穴をトイレ代わりに使う家庭もあります。水は、1日か2日に一度の給水でしか手に入りません」

そのような状況に、新型コロナウイルスの流行が追い打ちをかけた。4月から5月にはマラウィでは感染予防のために外出制限などの措置が取られ、この間は大半の人が仕事に出ることができず、経済的に困窮した。人びとは、限られたお金を食料に使うか、それとも病気の家族の治療に使うかの二者択一を迫られた。 

避難民キャンプには仮設住居が密集する © Chika Suefuji/MSF
避難民キャンプには仮設住居が密集する © Chika Suefuji/MSF

正確な情報を伝えるために

人が密集したキャンプなどで感染リスクの高い生活を送る人びとにとって、ウイルス予防の取り組みは特に重要だ。

末藤はこう話す。「新型コロナの緊急事態が発生して以来、住民たちは必要な予防策を忠実に守っていました。多くの人は4月24日からのラマダン月(断食月)の頃には外出制限なども解かれるだろうと見込んでいましたが、制限は続き、ラマダンで特に大切な行事の一つであるモスクの参拝もできなくなってしまいました。

この地域で確認された新型コロナウイルスの感染者数は数名だけなので、なぜここまで厳しくしなければならないのかと疑問に思う人たちもいました。

しかし、地域の代表や宗教指導者に予防の大切さやウイルスの広まり方を説明すると、皆理解を示し、住民たちに安全策を守るよう呼びかけてくれました。こうした協力のおかげで、正確な情報を発信でき、感染拡大の防止につながっています」

MSFが日ごろ支援している高血圧や糖尿病などの疾患を抱える患者は、重症化のリスクが高く、特に注意が必要だ。MSFは患者が投薬治療を続けられるよう戸別訪問を行い、合わせて、新型コロナウイルスの感染予防に関する冊子、さらに手洗いを習慣化するための給水タンクや石けんなどの衛生キットを配布している。 

感染予防策を伝えるMSFスタッフ © Chika Suefuji/MSF
感染予防策を伝えるMSFスタッフ © Chika Suefuji/MSF

医療施設の7割が破壊された

新型コロナウイルスの危機が始まる前から、マラウィの医療体制はひっ迫していた。3年前の戦闘により、マラウィ市と周辺の合計39の保健医療施設のうち7割が破壊されて使えなくなくなったのだ。

MSFは破壊された施設を修復し、マラウィ住民に必要な医療を届けるとともに、清潔な水の提供を開始した。そして現在、周辺の3つの診療所を支援し、一般内科心療、心のケアや、高血圧や糖尿病など慢性疾患の治療にあたっている。

武装勢力と政府軍の激しい戦闘が5カ月続いたマラウィ。今も3年前の傷跡が残る © Veejay Villafranca
武装勢力と政府軍の激しい戦闘が5カ月続いたマラウィ。今も3年前の傷跡が残る © Veejay Villafranca

マラウィの住民の前には今も、先の見えない不安が立ちはだかっている。包囲下で破壊された中心街の復興も道半ばだ。解放から3年近くを経ても続く避難生活がいつ終わるのかも見通せずにいる。

一方で、人びとには期待もある。何十年にもわたる独立への動きを背景に、昨年「バンサモロ暫定自治政府」が誕生し、マラウィもその統治下となった。これが平和への一歩になるのではとの住民の期待も大きい。

激動の中を生きる、マラウィの人びと。彼らへの思いを末藤はこう語る。「マラウィの人びとは、紛争をはじめとしたたくさんの困難を、地域社会で支え合いながら乗り越えてきています。新型コロナの流行で厳しい外出制限が敷かれた時も『大変だけど、今までも支え合ってやってきた。私たちは、家を追われ、財産を失っても立ち直して来られたのだから、絶対にこの危機も乗り越えられる。一日も早く収束させよう』とMSFの感染予防などの活動に協力してくれました。

マラウィの人たちは決して紛争や暴力の被害を受けただけの存在でなく、それらを強く生き抜いた人たちだ、ということを日々実感し、胸を打たれます。明るい未来を築こうと励む彼らの努力の一助となれるよう、活動を続けています」

そしてこう投げかける。「新型コロナウイルスという地球規模の課題に直面する今こそ、社会問題や世界の動向を追ってみて、さらにはそれらの課題に対して自分は何ができるかを、考える機会なのかもしれません」 

新型コロナの予防に必要な知識を街宣車で伝えた(一番右が末藤) © Gilbert G. Berdon/MSF
新型コロナの予防に必要な知識を街宣車で伝えた(一番右が末藤) © Gilbert G. Berdon/MSF

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