泣く力すら奪われた子どもたち──ナイジェリアの「壊滅的な栄養危機」
2025年09月29日
ナイジェリア北部で、壊滅的な栄養危機が広がっている。
国境なき医師団(MSF)ベルギーの会長であり看護師でもあるカトリン・キスワニは、そのナイジェリアから帰国したばかりだ。彼女とMSFチームは、現地で何を見たのだろうか──。
以下は、彼女自身による証言である。
国境なき医師団(MSF)ベルギーの会長であり看護師でもあるカトリン・キスワニは、そのナイジェリアから帰国したばかりだ。彼女とMSFチームは、現地で何を見たのだろうか──。
以下は、彼女自身による証言である。
未曾有の「栄養失調」危機
「病院にたどり着いたとき、娘はほとんど意識を失っていました」
そう語るのは、母親のルカイヤさんだ。まだ幼い娘を膝に抱えている。娘の名前はハミダちゃん。もうすぐ2歳になるのだという。
ここは、ナイジェリア北西部にあるケビ州。彼女たち母娘が現地の病院にやってきたのは、1週間前のことだ。ハミダちゃんは、すぐさま救急外来に運ばれ、その後、MSFの入院栄養治療センター(ITFC)に移される。そこで下された診断は、重度急性栄養失調だった。
それはハミダちゃんだけのことではなかった。当センターに入院しているすべての子どもたちが、同じく危機的な状態にあるのだ。

私は、過去20年間にわたって、世界各地のMSF施設で活動してきた。しかし、これほど膨大な数の栄養失調患者を抱えるMSFプロジェクトは見たことがない。
このケビ州において、私たちのチームは、入院施設を2カ所、外来診療所を6カ所運営している。今年6月以降、重度の栄養失調に陥った子どもたちが、毎週400人以上も入院してきた。さらに1400人以上が外来治療を受けている。
このプロジェクトでは、毎週10万袋の治療用栄養食が使われている。現在、9000人を超える子どもたちがMSFの外来栄養プログラムに登録している。
このプロジェクトでは、毎週10万袋の治療用栄養食が使われている。現在、9000人を超える子どもたちがMSFの外来栄養プログラムに登録している。
驚くべき数だ。しかも、その数は今もなお増え続けているのだ。なぜこのような危機が起きているのか。
その原因は複合的だ。ケビ州の経済状況は不安定であり、食料価格が高騰している。治安が不安定なままの地域も多く、農業や市場の活動にも支障が出ている。安全な水を手に入れることも、基礎的な医療を受けることも、難しい状況なのだ。
病気にかかった子どもは栄養失調に陥りやすい。マラリア、はしか、下痢、結核などに繰り返してかかることもある。もちろん、彼らが治療を受けられる環境など、ほとんど整っていないのが実態だ。
その原因は複合的だ。ケビ州の経済状況は不安定であり、食料価格が高騰している。治安が不安定なままの地域も多く、農業や市場の活動にも支障が出ている。安全な水を手に入れることも、基礎的な医療を受けることも、難しい状況なのだ。
病気にかかった子どもは栄養失調に陥りやすい。マラリア、はしか、下痢、結核などに繰り返してかかることもある。もちろん、彼らが治療を受けられる環境など、ほとんど整っていないのが実態だ。
こうした事態が、ケビ州に限らず、ナイジェリア北部の広範囲にわたって起きている。長年にわたって積み重なってきたものが、いまや巨大な危機へと膨らんでいるのだ。

沈黙の子どもたち
病院の救急外来や集中治療室を見つめるたびに、ある光景が私の心を突き刺す。子どもたちは、ほとんど声を出さないのだ。点滴の針を刺すといった処置の時でさえ、彼らは泣く力も残っていないのだ。
通訳を介して何人かの母親と話したが、彼女たちの口から出てくるのは、みな同じものだった。子どもが病気になる。しかし、医療を受けることができない。受けられたとしても、ほとんど効き目がない──そうした話が繰り返して出てくるのである。

ある母親に話を聞いた。彼女には、ヤクバちゃんという名の2歳の息子がいる。ヤクバちゃんは下痢と発熱におそわれたが、地元の医療環境ではどうすることもできない。必死の思いで、80キロ以上を移動して、なんとかMSF施設までたどり着いたという。
別の母親にも話を聞いた。彼女には、カカメレちゃんという名の1歳の娘がいる。カカメレちゃんは、口唇裂と口蓋裂を持って生まれ、食べることすら困難だった。ある病院に助けを求めたが、栄養失調が深刻なので手術はできない、と告げられたそうだ。
その後、彼女たちは、MSF病院まで来てくれた。しかし、到着した時点で、カカメレちゃんの容態は致命的な状況にあり、すぐに集中治療室に入ったという。
その後、彼女たちは、MSF病院まで来てくれた。しかし、到着した時点で、カカメレちゃんの容態は致命的な状況にあり、すぐに集中治療室に入ったという。
通常、栄養失調の症例は季節性があり、収穫期を過ぎると減少する。食料が比較的手に入りやすくなるからだ。
ところが、ケビ州ではそうなっていない。患者数は増え続けており、MSFチームは対応を絶えず迫られている。MSFは新たな入院施設を建設したが、そこも収容能力をすでに超えているのだ。
危機的な状況にある子どもたちがあまりに多い。それゆえ、中等度の急性栄養失調にかかっている子どもたちについては、治療を中止せざるを得ない事態にまで追い込まれているのだ。
ところが、ケビ州ではそうなっていない。患者数は増え続けており、MSFチームは対応を絶えず迫られている。MSFは新たな入院施設を建設したが、そこも収容能力をすでに超えているのだ。
危機的な状況にある子どもたちがあまりに多い。それゆえ、中等度の急性栄養失調にかかっている子どもたちについては、治療を中止せざるを得ない事態にまで追い込まれているのだ。
MSFだけでは解決できない「栄養危機」
ケビ州を離れることになった時、私は複雑な思いを抱いた。MSFは、このケビ州で命を救うことにまい進してきた。そのことには誇りを感じている。一方で、この危機は、私たちだけで解決することはできないのだ。
ナイジェリア北部一帯で起きているのは、子どもたちの生命と健康をおびやかす「緊急事態」と呼ぶべきものなのだ。その状況は、ほとんどコントロール不能となっている。国際的な援助資金も削減が続いており、今後の見通しはさらに暗いと言わざるを得ない。
予防対策こそ、ナイジェリア当局と援助団体が最優先で取り組むべきものだ。食糧や資金の提供、予防接種プログラム、地域医療施設の整備──そうした課題に向けた予算を確保していかなくてはならない。さらには、治療用栄養食の供給体制も整備すべきだ。それを必要とするあらゆる子どもたちに届ける仕組みが必要だ。
MSFチームは懸命に活動を続けている。しかし、その限界も近い。私たちが唯一の国際人道団体となっている地域も少なくない。このままの状況が続けば、すでにもろくなっている支援体制が完全に崩壊しかねない。その結果、ナイジェリア北部の子どもたちもまた、壊滅的な状況に直面しかねないのだ。

「飢えと病と死」の連鎖
現地の子どもたちが生きるか死ぬか。その分かれ目は援助体制にかかっている。
病院にたどり着いた時には、ほとんど意識を失いかけていたという少女ハミダちゃん。彼女は、私と会った時、すでに退院できるほど回復していた。初対面となる私が近づくと、彼女は、健康な子どもそのもののように、こちらを一目見て、元気いっぱいに声を上げてくれた。その瞬間、母親は喜びのあまり、私を抱きしめてくれた。
一方で、すべての子どもが無事に家に帰れるわけではない。
あるMSF病院で、私は別の現実に直面した。3歳の子どもが毛布に包まれ、かろうじて呼吸を続けている。意識を失ったままだ。病院に到着してから最初の48時間こそ、最も死亡率が高い。それどころか、病院到着までに間に合わず、すでに命を落としているケースも多いのだ。
ナイジェリア北部一帯で起きていることとは何か。それは「飢えと病」という致命的な悪循環の悪化なのだ。
MSFチームは全力を尽くしている。しかし、それだけでは限界に来ている。MSF以外の、みなの行動が必要だ。行動が一つ遅れるたびに、命が一つ失われていく。
私には、これ以上どう訴えればいいのか分からない。ただここで言えるのは、まぎれもない緊急事態がそこにある、ということのみである。

ナイジェリア北部のMSF活動状況
MSFは、ナイジェリア北東部および北西部の7州(ボルノ州、バウチ州、カノ州、ケビ州、ザムファラ州、ソコト州、カツィナ州)で、入院栄養治療センター(ITFC)を11カ所、外来栄養治療センター(ATFC)を30カ所以上運営している。