COP30:気候危機がもたらす健康への脅威──国境なき医師団は具体的な行動を呼びかけ
2025年11月18日
国境なき医師団(MSF)は、気候変動の影響を直接受けるぜい弱な地域で医療・人道援助活動を行っており、現場で日々その深刻な実態を目の当たりにしている。MSFの国際医療主事マリア・ゲバラは「最も大きな影響を受けているのは、温室効果ガスの排出にほとんど関与していない人びとです」と訴える。
これらの地域の人びとは、自らが引き起こしたわけではない危機に対して、命と健康という代償を支払っているのです。
MSFの国際医療主事、マリア・ゲバラ
気候危機により代償を払う人びと
MSFは、洪水、干ばつ、嵐などの極端な気象現象が、世界各地で猛烈なスピードで繰り返し、重なり合って発生している現状を目の当たりにしている。被災地は、前回の災害から立ち直る時間も余力もないまま、次なる災害に再び襲われているのだ。
こうした事象は、身体的な危険やインフラの破壊にとどまらず、人びとの心理的・感情的な回復力をもむしばみ、複雑なトラウマを引き起こす。また、直接的な被害だけでなく、家族の離散、食料不安、そして避難や移動を余儀なくされることなど、二次的な影響も深く関係している。
実際に2023年と2024年のブラジルでは、南部リオグランデドスル州で豪雨、洪水、地滑りなどが相次ぎ、数百人が命を落とし、数十万人が避難を余儀なくされた。MSFは、最も被害の大きかった地域に対し、移動診療の実施、避難所での医療と心のケアの提供、心理的応急処置に関する現地専門家の育成を行った。
「私たちの経験から言えば、トップダウン型のアプローチは非効率です。気候危機のような複雑な課題に取り組むには、地域社会が持つ伝統的な知見を活かすことが不可欠です」とMSFブラジル事務局長のレナータ・ヘイスは話し、COP30において草の根の取り組みが重要な役割を果たすことに強い期待を寄せていると述べた。
私たちの取り組みが地域や先住民の人びとの知恵を軽視するものであれば、現場の本当のニーズを見誤り、すでに存在する不平等をさらに悪化させてしまう恐れがあります。
MSFブラジル事務局長、レナータ・ヘイス
最も深刻な影響を受けているのは、すでに基本的な医療へのアクセスが限られている、あるいはアクセスから排除されている人びとだ。そこには、紛争の影響を受ける地域に暮らす人びとや、避難を強いられた家族、農村部の住民、貧困層、そして先住民のコミュニティが含まれる。気候危機は、こうした人びとが直面する既存の健康格差や社会的な不平等をさらに悪化させ、もともと弱い立場に置かれた人びとの状況を一層深刻なものにしている。
気候危機と健康への影響──MSFの活動現場から
MSFの一部のプロジェクトでは、近年ますます深刻化し頻発するサイクロンや大規模な洪水などの気象災害への対応に取り組んでいる。2024年のモザンビーク、2025年のマダガスカルでの対応はその一例だ。
降雨パターンの不規則化により、マラリアやデング熱などの蚊が媒介する病気が広がりやすくなっており、栄養失調と重なることで、これらの病気はさらに致命的なものとなる。MSFは2024年、ナイジェリア北部でその深刻な実態を確認している。
また、干ばつは長期化する傾向があり、水へのアクセスが困難になる要因となっている。モザンビークではその影響が特に深刻で、熱波の発生も増えている。ジンバブエでは干ばつによって農作物が壊滅的な被害を受け、多くの農民が非公式な採掘活動に携わるようになった。採掘現場では安全な水の確保が大きな課題となっており、MSFは汚染された水源のマッピングを実施し、解決策の導入に着手している。
気候危機の影響は、気候の影響を受けやすい環境に暮らす人びとにとって、より深刻だ。中には、安全で飲用可能な水にアクセスできず、「水分を十分に摂取するように」といった基本的な健康アドバイスすら実行できない人びともいる。
また、都市部での洪水も深刻な被害をもたらすが、特に問題なのは、下水処理システムが整っていない地域での洪水だ。ハイチで見られたように、こうした状況ではコレラや下痢症などの感染症が拡大するリスクが高まる。
「これらの影響の多くは蓄積されている上、十分に対応するための資源が限られている地域に集中しています」と、MSFの国際医療主事であるマリア・ゲバラは話し、気候危機によって引き起こされる複雑な問題により効果的に対応するため、MSFは活動の適応を進めていると説明する。
私たちには、気象パターンだけでなく疫学的な動向も踏まえた、より高度な早期検知システムが求められています。これらの相互関係を的確に把握し、迅速に対応するためです。
MSFの国際医療主事、マリア・ゲバラ
今こそ、約束を行動へ変えるとき
COP30では、各国がこれまで以上に野心的な気候目標を掲げることが求められている。これまでの排出削減の約束が十分に履行されていないことが、地球規模での気温上昇を加速させる一因となっており、今後さらに気候変動が進めば、世界の一部地域では人びとの生活環境が耐えがたいものになる恐れがある。
「行動は待ったなしです。最も深刻な影響を受けている国々や地域は、必要な支援を受けられていません。現場で人びとの健康と医療体制を実質的に改善するためには、具体的な財政的・技術的支援が不可欠です」
そう、マリア・ゲバラは訴える。
MSFは、COP30の議論に医療と人道的視点をより強く反映させること、そして特にぜい弱な状況に置かれた人びとを含む、最もリスクにさらされている地域の健康を守るための具体的な行動を促進するよう提言している。
さらに重要なのは、気候変動への適応戦略への公平なアクセスを確保することだ。富裕国を優遇し、不平等を固定化するような仕組みを避ける必要がある。とりわけ、適応のための資金は現状では明らかに不足しており、ニーズに見合っていない。その結果、格差が拡大し、対応の困難さが一層深まっている。
困難な状況は続くものの、ベレンで開催中のCOP30において期待される前向きな動きの一つは、地域住民や先住民の人びとが、気候変動への解決策の立案と実行において、より中心的な役割を担うと見込まれている点だ。これにより、長らく停滞していた対策の実施が、最も支援を必要とする現場でようやく前進する可能性が生まれつつある。




