雨が降るたびに恐怖が襲いかかる──パキスタン洪水の爪痕
2025年10月17日
2025年8月15日、パキスタン一帯では、2日間にわたって激しいモンスーンが続いた。特に大きな被害を受けた1つが、同国の北西部に位置するカイバル・パクトゥンクワ州のブネル地区だ。
稀に見る集中豪雨によって、壊滅的な洪水が起きた。猛烈な豪雨は瞬く間に激流へと変わり、巨岩や木々が轟音を立てて、あらゆるものを押し流していった。わずか数分で村々は水没し、家屋は流され、車両は転覆し、道路は破壊された。
近年、パキスタンでは猛暑、干ばつ、大洪水など、気候変動による自然災害が相次いできた。国連によれば、今年6月下旬から続く異常なモンスーン豪雨によって、同国で600万人以上が被災した。そのうち250人の子どもを含む約1000人が命を落としている。

洪水がもたらした「心の傷」
「過去の記録を見ても、住民の話を聞いても、この地域でこれほどの規模の災害が起きたことは、かつてありませんでした」
そう語るのは、ブネル地区副長官のカシフ・カユーム氏だ。この地区における被害は甚大だった。250人以上が命を落とし、数千人が家を追われた。住宅、学校、病院、生活インフラなどが激しく損壊した。
「洪水はあまりに突然のことでした。人びとは、避難する時間すらなかったのです」とカユーム氏は続ける。
わずか4〜5時間のうちに、濁流が村を飲みこみ、すべてを押し流していきました。物理的な被害だけではありません。人びとに精神的な傷も与えています。
カシフ・カユーム氏 ブネル地区副長官
こうした事態を受け、国境なき医師団(MSF)は被災地域当局と連携して、最優先の課題から着手した。とりわけ、被災地にある公立医療施設を支援し、外来診療、心のケア、保健教育などを実施してきた。
先ほどのサワブさんは言う。
「この洪水で親族12人を亡くしました。息子には、ここを離れて別の土地に移るよう言いました。私たちはすべてを失ったのです」
今もまだ、恐怖に苛まれています。ほんの少し雨が降っただけでも、身がすくんでしまいます。
サワブ・カーンさん 洪水の被害に遭った住民
MSFの心のケアのチームは、毎日のように、こうした痛ましい話を聞いている。
9月25日までの時点で、MSFは157件(男性33件、女性124件)もの心のケアの診療を実施してきた。それだけ、被災地域において心理的支援のニーズが高まっているのだ。不安発作、パニック発作、睡眠障害、感情麻痺、慢性的ストレスなど、トラウマ関連の症状が数多く報告されている。

ぬぐえぬ不安 急がれる援助
男性はブネル地区でも最も被害の大きかったビショニという村で、遺体収容の作業にあたっていた。その数は15体以上に及んだ。その後、彼は自分の経営する店に戻ったが、店は泥で埋まっていた。
そこで子どもの遺体を発見した。彼はショックで体が動かず、周囲の人びとに助けを求めて、遺体をなんとか運び出した。それから彼は、8日間にもわたって眠れない日々が続いたという。
「男性は市場などを歩くたびに足がすくみ、他人に話しかけられるだけで体が固まり、涙が出てくるというんです」
この地はいまだに泥と破壊の傷跡で覆われています。そして、この地で生きる人びともまた、心の傷が消えることはないのです。
アサド・カーン MSFの心理カウンセラー
同じくMSFで心理カウンセラーを務めるカリシュマ・アミルは言う。
「現地では、空に黒い雲がかかるだけでパニックを起こす人もいます。人びとは、寝ている間に洪水がまたやってきたらどうしよう、という不安感を常に抱えているのです」

「現地の職員のあいだでも、睡眠不足、不安、感情疲弊などの症状が見られます」と先ほどのカユーム氏も話す。
人道援助団体などが、引き続き現地に関わってもらうことを求めています。特に避難所、物資、医療などの援助が緊急に必要とされています。
カシフ・カユーム氏 ブネル地区副長官
MSFは現地で緊急対応を続けているが、こうした深刻なニーズがあることを考慮して活動期間を数週間ほど延長した。また、現地で課題となっている「心の傷」の問題に対し、長期を見据えた心のケアを提供している。
活動を開始してから5週間で、MSFは2000人以上の患者に対応した。被害が特に深刻な村では、地域密着型のヘルスプロモーションを実施。さらに、洪水対応に追われている現地の公立病院への支援も拡大しており、病棟の清掃、衛生用品の配布、マットレスの提供などにあたっている。
