予防できる病気で命を落とす子どもたち──紛争地域とワクチンの今

2025年04月22日
コンゴ民主共和国で国境なき医師団(MSF)が提供する予防接種を受ける子ども=2024年10月3日 © Norah Mbadu Nzila/MSF
コンゴ民主共和国で国境なき医師団(MSF)が提供する予防接種を受ける子ども=2024年10月3日 © Norah Mbadu Nzila/MSF

はしか、ジフテリア、髄膜炎コレラ。こうした感染症の流行を食い止めるために、最も費用対効果が高い医療活動の一つが予防接種だ。世界保健機関は、予防接種により年間200万~300万人の命が守られているとしている。
 
しかし紛争が続く地域は、世界的な予防接種の取り組みから取り残され、多くの子どもたちが予防可能な病気によって命を落とすリスクにさらされている。その現状と対策を、国境なき医師団(MSF)の医療アドボカシー顧問、ドリュー・L・エイケンが語る。

避けられたはずの脅威に直面する人びと

ドリュー・L・エイケン © MSF
ドリュー・L・エイケン © MSF
難民キャンプの静かな一角で、はしかで熱にうなされる子どもを抱きかかえる母親。彼女の目は、恐怖に満ちています。家族を守るために紛争から逃れてきたものの、今また別の致命的な脅威──ワクチンさえあれば防ぐことができたはずの病気という脅威に直面しているのです。

しかし、紛争地域での定期的な予防接種は、決して簡単ではありません。人道危機に直面する多くの人びとにとって、命を守るワクチンは手の届かない存在です。

そのために、子どもたちははしか、ジフテリア、髄膜炎などの流行に巻き込まれ、命を落とすリスクにさらされています。

これらはもはや、命を奪われる病気ではありません。ワクチンさえあれば防げるのです。

想像できますか? 予防可能な病気、避けられたはずの死、そして、健康危機の悪循環に陥ったコミュニティを──。

私たちはそれを止める方法を知っています。命を守るための明確で実行可能なステップが存在します——もし、その意志とリソースさえあれば。

急激に低下する世界の予防接種率

紛争地域では、爆弾や銃弾がニュースの見出しを飾っています。しかし、ワクチンで予防可能な病気もそれと同じくらい、あるいはそれ以上に、多くの命を奪っています。

2020年に新型コロナウイルスのパンデミックが発生して以来、世界の予防接種率は急激に低下しています。2023年だけでも、1450万人の子どもが定期予防接種を一度も受けておらず、2100万人の子どもが十分な予防接種を受けていませんでした。
 
社会制度がぜい弱で戦乱により荒廃した地域では、パンデミック前から予防接種が不十分だったため、状況はさらに悪化しています。その結果は深刻です。

例えば、コンゴ民主共和国では2022年、はしかの患者が30万人を超え6000人が死亡。また、パレスチナ・ガザ地区ではポリオが流行するなど、予防可能な病気による死亡率が上昇しています。

予防接種を受けていない子どもたちの半数以上は、紛争の影響を受けた国や、制度や社会が不安定な国に住んでいます。こういった地域では、医療システムが弱体化または崩壊しており、基本的な医療へのアクセスが失われつつあります。

Gaviワクチンアライアンスによる、新型コロナのパンデミックによって減少した子どもへのワクチン接種を強化する「The Big Catch-Up」のような世界的な取り組みは、この格差の解消を目指しています。

しかし、最も必要としている人びとにワクチンが届かないという複雑な障壁には、十分に対応できていません。政治的妨害、物流の課題、資金不足により、多くの人びとが依然として危険にさらされたままです。

コンゴ民主共和国でMSFが提供するはしかの予防接種を受ける子ども=2023年5月23日 © Michel Lunanga/MSF
コンゴ民主共和国でMSFが提供するはしかの予防接種を受ける子ども=2023年5月23日 © Michel Lunanga/MSF

南スーダン:組織的失敗によって最悪の事態に

南スーダンは、紛争、ぜい弱な医療システム、官僚的な遅延が相まって、最悪の事態を招いた典型的な例です。2022年末から2024年3月までに、1万2700人以上のはしかの症例と239人の死亡が報告されました。これは、アウトブレイクへの対応を組織的に失敗したことによる、悲劇的で予測しうる結果でした。

2023年以降は、スーダンからの100万人を超える難民と帰還者の到着が、すでに弱体化している南スーダンの医療システムをさらに圧迫しています。

一方で、明るいニュースもあります。上ナイル州のブルカットでは、MSF の移動診療がスーダンから避難してきた人びとに医療を提供し、新たに到着した全員を診察し、必要な人に予防接種を勧めました。この取り組みは感染症の発生を防ぐことに貢献しました。
 
それは、信頼性の高いワクチンの供給元と、ワクチンを冷蔵保存するための適切な設備と物流があったからできたことです。こうした条件が紛争地域で整うことは、多くありません。 

南スーダンでMSFが提供するコレラの予防接種に訪れる人びと=2025年2月15日 © Abdulrahman Osman/MSF
南スーダンでMSFが提供するコレラの予防接種に訪れる人びと=2025年2月15日 © Abdulrahman Osman/MSF

例えば、南スーダンの西エクアトリア地域にあるヤンビオでは、2024年1月にはしかの流行が宣言されましたが、予防接種が始まるまでに4カ月を要し、その間に何千人もの子どもが重症化しました。

原因は、ワクチン供給の確保が遅れたことと、主要な保健関係者が迅速な対応に後ろ向きだったからです。流行は軽減できたはずですが、交渉が長引く間にたくさんの命が失われました。

南スーダンは、危機地域における予防接種活動を優先事項として位置付けられなかったという、国際社会の大きな失敗の実例です。

既存のシステムは、あまりにも遅く官僚的で、現地で起きている事態の緊急性に対応できていません。

ソマリア:供給不足で集団予防接種が中止に

ソマリアの南西部、特にバイドアを例にとると、紛争、避難、ぜい弱な医療システムによって、予防可能な病気が繰り返し発生していることがわかります。バイドアには70万人以上の国内避難民が暮らしており、ソマリアで2番目に大きな避難民キャンプがあります。

予防接種率は高いと報告されていますが、はしかや百日咳の症例は依然として多く、ベイ地域病院では 2021 年から 2023 年の間に 6000 人近くのはしかの患者を受け入れました。多くの新規患者は、集団予防接種が行われていない地域から訪れています。

ソマリア・バイドアのベイ地域病院で、はしかの治療を受ける人びと。2021年1月にはしかの流行が発生し、MSFは同年1月だけで約209人のはしか患者を診察。また、病院を改築してベッド数を増やすなどの対応を行った=2022年5月11日 © Dahir Abdullahi/MSF
ソマリア・バイドアのベイ地域病院で、はしかの治療を受ける人びと。2021年1月にはしかの流行が発生し、MSFは同年1月だけで約209人のはしか患者を診察。また、病院を改築してベッド数を増やすなどの対応を行った=2022年5月11日 © Dahir Abdullahi/MSF

2023年10月、バイドアで大規模な集団予防接種が計画され、35万人以上の子どもを対象としたはしかの予防接種、26万人以上の子どもを対象とした5種混合ワクチン(ジフテリア、破傷風、B型肝炎などの5つの病気に対する予防接種)が予定されていました。

しかし、必要性と計画に合意していたにもかかわらず、ワクチンの供給不足により実施されませんでした。

バイドアのような人道危機において、MSFを含む関係機関は、予防ではなく、避けられたはずの何千もの症例を治療するという受け身な対応を続けざるを得なくなっています。

今すぐ具体策を講じなければ、歴史は繰り返される

予防可能な病気が世界中で命を奪い続けていること、そして予防接種が病気や死亡を防ぐ最も効果的な手段の一つであることは、周知の事実です。

しかし、紛争や人道上の危機に直面している人びとに対して、ワクチンへのアクセスは今も保証されていません。これは解決策がないからではなく、医療システムの障壁、官僚的な遅延、供給の失敗が続いているためです。

政府、支援者、グローバルヘルスの関係者は、特にぜい弱で紛争の影響を受けている地域において、予防接種とアウトブレイクへの対応が迅速、効果的かつ公平に行われるよう、即座に具体的な措置を講じる必要があります。

そのためには、ぜい弱な状況において、ニーズに応じて柔軟な資金提供を可能にする財政メカニズムが必要です。また、早急なアウトブレイク対応、ワクチンへの迅速なアクセス、そして、さまざまな保健関係者の協力を促進するための事前合意も不可欠です。
 
さらに、予防接種の対象年齢を少なくとも 5 歳まで恒久的に拡大し、より多くの子どもたちにワクチンを提供することも、極めて重要です。同時に、政府と保健当局は、紛争地域において予防接種を妨げる官僚的な障害を撤廃し、対応の質に対する責任を明確にする役割も果たす必要があります。

最終的には、これは資金や物流の問題だけではありません。政治的な意思の問題です。

緊急の措置を講じなければ、歴史は繰り返され、予防可能な感染症の流行が再びぜい弱なコミュニティを破壊するのを、私たちは傍観するだけになってしまうでしょう。

コンゴ民主共和国ではしかの予防接種を受けた証明書を見せる子どもたち=2024年6月3日 © MSF
コンゴ民主共和国ではしかの予防接種を受けた証明書を見せる子どもたち=2024年6月3日 © MSF

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