米国の援助資金削減で多くの医療サービスが停止に 「これは人道的災害」──国境なき医師団の訴え

2025年04月01日
国境なき医師団(MSF)が支援するケニアの診療所で、患者に投与する抗レトロウイルス薬(ARV)を選ぶ医師 © Njiiri Karago/MSF
国境なき医師団(MSF)が支援するケニアの診療所で、患者に投与する抗レトロウイルス薬(ARV)を選ぶ医師 © Njiiri Karago/MSF

米大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)をはじめ、米国際開発局(USAID)が支援するグローバルヘルス・プログラムの突然の打ち切りが、HIV結核など深刻な健康状態を抱える人びとに、壊滅的な影響を及ぼしている。すでに何百万人もの人びとがサービスの停止、治療の中断、失業、医療アクセスの喪失という事態に直面している。

この危機は、数十年に渡る病気との闘いの進展を覆すだけでなく、長期的な公衆衛生上の課題を悪化させ、予防可能な病気による死亡、感染の増加、医療体制の崩壊につながるだろう。

資金削減による各国の状況や今後の影響について、国境なき医師団(MSF)の南部アフリカ医療ユニットのHIV/結核上級顧問であるエステル・C・カサス医師と、オペレーション・サポートユニット長兼地域アドボカシー・コーディネーターであるクレア・ウォーターハウスが報告する。
 

患者、医療従事者、コミュニティ──削減の影響は多方面に

エステル・C・カサス医師 © MSF
エステル・C・カサス医師 © MSF
2月26日、米国政府はUSAIDが資金援助する世界中のプログラム約5200件と、国務省およびPEPFARが資金援助するプログラム約4100件に、終了通知を出しました。これらのプログラムは、即時かつ恒久的な停止を命じられたのです。

多くのプログラムは、マラリアエボラウイルス病栄養失調、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)、HIV、結核、ワクチン接種などの重要な保健課題に対応するサービスを提供していました。

1月下旬に最初の海外援助の凍結が施行されて以来、これらの分野で活動する数百の組織が混乱と壊滅的な状況に直面し、その後、突然打ち切りとなったのです。
クレア・ウォーターハウス © MSF
クレア・ウォーターハウス © MSF
MSFはこうした決定がもたらす非人道的な結果に、深い悲しみと憤りを感じています。これにより、死や苦痛、医療からの排除、予防可能な病気の再流行が必然的に引き起こされるでしょう。

すでにグローバルヘルスは大幅な資金不足に陥っており、今や状況はさらに悪化し、私たちが協力しているほぼすべてのパートナーやコミュニティグループが深刻な影響を受けています。存在しなくなってしまったグループも多くあります。
 
私たちは、どこに助けを求めてよいか分からなくなって恐怖と混乱に陥った患者や、研究や調査のプログラムに参加してきた人びとからの声を、数多く聞いています。

職を失った医療従事者も、コミュニティの保健状態を心配して、私たちに連絡してきます。

USAIDとPEPFARの資金援助を受けていたコミュニティ組織やNGOのパートナーの目には、自分たちのプログラムと患者の生存をかけて戦うという恐怖が浮かんでいます。

各国で相次ぐ医療サービスの中断

南アフリカのカエリチャでは、MSFが20年以上にわたってHIVと結核のプログラムを支援してきましたが、長年のパートナーである「トリートメント・アクション・キャンペーン」によると、データ入力担当者、コミュニティ・ヘルス・ワーカー、カウンセラー、看護師、医師との契約が中断されています。
 
同国の他の多くの医療施設でも、同様の状況が起きています。今では、治療薬を受け取るために診療所を訪れた患者が誰なのか、予約した診療を逃した患者が誰なのかを把握することも困難です。また、患者はHIV検査を受けるために診療所で長時間待たされるようになり、ケアへの橋渡しをサポートするカウンセラーもいなくなってしまいました。
 
ジンバブエでは、PEPFARの資金援助を受けている組織の一部はHIVのサービスを維持しているものの、暴露前予防(PrEP)の提供は依然として限られていることが、私たちのチームの報告で明らかになっています。現在、PrEPはプログラム内の既存患者のみに提供されており、新規は受け付けていません。

その結果、この重要なHIV予防へのアクセスは特定のグループに限定され、より広範なサービスの提供には程遠くなっています。
 
コンゴ民主共和国のMSFチームは、1月20日以降、首都キンシャサでMSFが運営するCHK病院で、抗レトロウイルス薬(ARV)の提供が途絶えていると報告しています。このため、2000人以上のHIV/結核患者が薬剤耐性やHIVの進行、死亡のリスクにさらされています。

さらに、ARVの供給が早急に再開されなければ、地域コミュニティにある抗レトロウイルス療法(ART)の治療薬配給拠点(PODIs)に頼っている約8200人の患者が治療を受けられなくなる恐れがあります。

これらは、私たちが活動している国々で起きている深刻な混乱のほんの一例です。

コンゴ民主共和国のCHK病院で、HIV患者を対象にケアを行うMSFの看護師 © Charly Kasereka/MSF
コンゴ民主共和国のCHK病院で、HIV患者を対象にケアを行うMSFの看護師 © Charly Kasereka/MSF

削減を元に戻さなければ、無数の命が失われることに

MSFは、紛争地域を含む困難な環境下でのHIVや結核の治療に長年携わってきました。 医療の中断や緊急事態への対応には慣れています。 しかし、今回の世界的な混乱の規模は、これまでに私たちが目にしたものとは比べものになりません。緊急事態においては備えが重要ですが、今回の事態は突発的であったため、プログラム、組織、政府が十分な計画を立てることはできませんでした。
 
米国は、国際援助に対する世界最大の資金提供国であり、人道援助全体の約40パーセントを占めています。世界のHIV資金の約70パーセント、結核およびマラリアに対する国際援助の3分の1は米国によるものです。
 
こうした大幅な削減を決定した政策立案者たちは、人道援助組織がそのギャップを埋められると想定していたのかもしれません。しかし、現実には厳しいものがあります。MSFは世界最大の人道援助団体のひとつですが、削減規模を相殺できるほどの能力は持ち合わせていません。

削減を元に戻さなければ、数え切れないほどの命が失われることになります。

この資金援助の打ち切りは、HIVと結核対策での長年の目覚ましい進歩を台無しにする恐れがあり、短期的にも長期的にも影響をもたらすでしょう。

短期的には、治療を必要としている人びとの命を守ることですが、長期的にはケアが予防の要となります。このケアがなければ、乳児を含め、新たな感染者の数は劇的に増加するでしょう。また、予算削減により、進行したHIVに対するケアの需要も増加します。

UNAIDSは、代替策のないままPEPFARが恒久的に廃止された場合、2029年までに世界中で成人のHIV新規感染が870万人、エイズ関連の死亡者が630万人増加する可能性があると推定しています。

MSFは、HIVや結核に感染した人、妊婦、子ども、性感染症に感染した若者など、これらの決定によって影響を受ける何百万人もの人びとと共にいます。また、しばしば犯罪者扱いをされたり、医療から排除されたりする性労働者、薬物使用者、LGBTQIA+コミュニティなど、特定のぜい弱な人びとへの悪影響や生命の危険についても懸念しています。

ジンバブエで若い性労働者に対して身を守ることの大切さを伝えるMSFスタッフ © Lourino Pelembe/MSF
ジンバブエで若い性労働者に対して身を守ることの大切さを伝えるMSFスタッフ © Lourino Pelembe/MSF

これらの削減は元に戻さなければなりません。新たな資金提供者が参入し、既存の資金提供者は支援を強化しなければなりません。影響を受けた各国政府は、これらの混乱を緩和し、重要なギャップを埋めるために早急に対応する必要があります。

サービスの継続を維持するためには、コミュニティの声と行動が不可欠です。アドボカシー活動、モニタリング、脱医療化サービスの提供などにおける努力は、維持されなければなりません。

過去20年間にわたり、数えきれないほどの組織や献身的な個々の人びととともに、私たちは健康危機を制御してきました。何百万人もの命を守った努力を、無駄にすることはできません。

今日、私たちが直面している脅威は、世界的な公衆衛生上の危機であるだけでなく、世界規模の人道的災害であるとMSFは訴えます。人びとの命を何よりも優先する即時の行動、協力、そしてグローバルなアプローチが求められているのです。

コンゴ民主共和国で、HIVや結核の治療について患者と交流するMSFスタッフ © Michel Lunanga/MSF
コンゴ民主共和国で、HIVや結核の治療について患者と交流するMSFスタッフ © Michel Lunanga/MSF

この記事のタグ

関連記事

活動ニュースを選ぶ