「医師がいなくなった」医療現場 いまの課題は──ミャンマー政変1年【前編】
2022年02月01日1年前の今日、国軍がふたたび権力を掌握したミャンマー。政変の数日後、抗議のために立ち上がったのは医師たちだった。デモに参加する医療関係者が病院を去り、コロナ禍も重なって、ミャンマーの医療体制は崩壊状態にある。
現地で活動する国境なき医師団(MSF)も難しい対応を迫られてきた。激動するミャンマーの医療現場で何が起きているのか。前編では医療のひっ迫で浮かび上がった課題について、後編では日本人医師が現場で目にした状況を伝える。
医療者らが抗議運動を先導
2021年2月1日に国軍が政権を奪取すると、抵抗の意思を示すため、医療者らは後にあらゆる職種の公務員も参加することになる「不服従運動」の先頭に立った。
そうした医療スタッフのほとんどは病院に戻ってきていない。抗議運動に加わりながら隠れて診療を行えば、当局の弾圧を受ける危険もある。事実、これまでに少なくとも28人の医療従事者が殺害され、90人近くが逮捕された。
さらに新型コロナウイルスの感染拡大が、困窮していたミャンマーの医療体制を崩壊に追い込む。感染がピークに達した時には、どの病院でもほぼ満床となり、火葬場では遺体が運ばれて来るペースに追いつけないほどだった。わずかに残った医療スタッフはコロナ対応に追われ、通常の診察や手術、予防接種は中止された。街では自宅で用いる酸素を得るために奔走する人や、パニックに陥って薬を買い求める人が殺到し、薬局の棚は空となった。
ミャンマー保健省によると、2021年末までのコロナによる死者数は2万人近く。東南アジアで4番目に高い死亡率だが、この数字に含まれているのは病院で亡くなった人のみだ。数え切れぬ多くの人たちが入院できないまま自宅で亡くなった。
政変後、MSFはミャンマーの医療空白を埋める活動に注力してきた。この国の医療現場にいま、どのような問題があるのだろうか。MSFの経験から挙げられるのは次の5つの点だ。
① HIV・結核対策に後退の恐れ
ミャンマーにはHIV/エイズや結核を患っている人が数多くいる。政変以降、国によるHIV・結核対策プログラムはごく一部しか機能しておらず、この20年で向上したHIV・結核対策が後退する恐れがある。患者が診断や治療を受けられなければ、感染が広がる可能性もある。
MSFは活動する地域で、国のプログラムの機能低下で影響を受けたHIV・結核患者を受け入れている。2021年に診断したHIV患者の多くは悪化した状態で診療所を訪れていた。
② 医療アクセスの課題
戦闘や治安の悪化、経済的な苦境、コロナ下の移動制限によって、医療へのアクセスが難しくなっている。2021年2月から年末までに、MSFの診療所でHIV感染者の予約が守られなかった件数は3468件。前年と比べ54%増加している。
③ 新たなコロナ感染の波への備え
2021年6月に新型コロナ第3波に襲われるも、人的・医療的資源が不足する公的医療システムでは対応できず、何万人もの人びとが治療を受けられずに亡くなった。
MSFはヤンゴンとカチン州に3つの新型コロナ治療センターを開設し、多くの命を救うことに貢献した。また新たな感染の波が起きても対応できる準備をしている。
④ 公的医療の不足
多くの公立病院や診療所が閉鎖され、現在機能している医療機関も限られたサービスしか提供できずにいる。公的医療では人びとのニーズが満たされず、高額な民間医療施設が唯一の選択肢となることも少なくない。
MSFは基礎的な医療の活動を拡大し、2021年の診療件数は前年の2倍以上となった。
⑤ 医療の脱政治化
医療は政治から切り離される必要がある。医師や看護師が脅迫や逮捕といった弾圧を受け、殺害されている。施設は占拠され、医療活動そのものが妨害されている。ミャンマーで2021年に起きた医療者や医療施設への攻撃事件は286件にのぼる。この件数は世界のどの国よりも多い。
MSFは、攻撃の標的とされている医療者と連帯し、すべての医療従事者が報復を恐れずに自ら選択した方法で医療を行う自由が与えられることを求める。
また軍政は、戦闘の影響が最も深刻な地域に緊急援助団体が支援を届ける自由を与え、今後起こりうる新型コロナ感染の再拡大に対応する活動を受け入れるべきだろう。