医師は不在、薬は来ない。どこで治療を受けたら……政情不安で脅かされるミャンマーのHIVケア
2021年12月15日今年2月1日に軍が政権を掌握したミャンマー。医師や看護師たちはいち早く抗議行動を起こし、数日後には職場を離れた。医療スタッフのストライキは続き、多くの病院が閉鎖や規模の縮小を余儀なくされている。それにより公的な医療体制は大きく揺らぎ、国家エイズ対策プログラムも機能不全に陥った。
このプログラムから投薬や診察を受けてきた、HIVとともに生きる15万人以上の人びとがいる。彼らはいま、どのような状況に置かれているのか。
国のケアが受けられなくなった患者を受け入れ
診断の遅れや治療の中断は、HIVとともに生きる人びとににとって命に関わる問題だ。血中のウイルス量の増加に伴って免疫力は低下し、健康な人であれば問題のない弱い病原体による感染症で、死に至るリスクもある。また、診断が遅れてHIVが進行してからでは、治療の効果も弱くなってしまう。これは、患者だけのリスクではない。ウイルス量が多いと、他の人にHIVを感染させる可能性も高まるのだ。
国境なき医師団(MSF)は20年以上にわたって、ミャンマー各地でHIVケアに取り組んできた。この数年は、国が主体となって治療を行えるよう、MSFの直接的な活動を縮小し、国家エイズ対策プログラムへ患者の引き継ぎを進めていた。
しかしいま、国家エイズ対策プログラムはこれまでのようにMSFからの患者を受け入れられる状態ではない。多くの医療現場で、新規患者の診断と治療開始は止まったままだ。都市から離れた施設では、スタッフが看護師が一人だけしかいないこともある。そうした場合、薬は投与できても、ウイルス量の計測に必要な血液検査や、HIV感染が進行してより危機的な段階に達した患者に対応することはできない。
この事態を受けて、MSFはHIV活動の縮小計画を撤回。MSFは現在、数年ぶりに大勢の新規患者を診断し、治療を開始している。軍が政権を奪取してから、すでに399人を受け入れた。また、国家エイズ対策プログラムで治療を受けられなくなった患者が、シャン州やカチン州にあるMSFの施設を訪れている。その数は7200件に上る。
いまミャンマーでは、医薬品の輸入が制限されている。例えば真菌性髄膜炎など、HIVとともに生きる人びとの健康を脅かす日和見感染症の治療薬や、初期の乳児のHIV診断に必要な機器が不足している。これらの在庫がなくなれば、患者の命に関わる。
MSFの診療所までの困難な道のり
ミャンマーのさまざまな場所で軍と抵抗勢力との衝突が発生し、暗殺や爆撃、土地を巡る争いが頻発している。
「もう子豚は売れない……」
新型コロナウイルスの流行に加え、ミャンマー軍が政権を握ったことで、ミャンマーの経済は壊滅的になった。多くの人が失業し、インフレによって食料品やガソリンなどの日常生活用品の価格は高騰した。
各国の資金援助が停止する中で
いまミャンマーで、HIVとともに生きる人びとが確実に医療を受けられるようにすることは極めて重要だ。このためには、国家エイズ対策プログラムの全面的な稼働と、それまでの穴を埋める支援が不可欠だ。
※記事中の名前は仮名を使用しています。