故郷を追われ、日常を失って──人びとを追い詰める紛争の傷跡:レバノン東部
2026年08月26日
3月2日以降、イスラエル軍による爆撃の激化にともない、退避要求を受けた人びとがベカー地方の各地へ避難した。その結果、もともと深刻な状況に置かれていた地域住民やシリア難民への負担はさらに増している。
ベカー県の避難者数は4月にピークを迎え、避難所や受け入れ先のコミュニティで暮らす人びとは5万2935人に達した。現在は多くの人びとが自宅や地元地域へ戻りつつあるが、爆撃による施設の損壊をはじめ、医療アクセスを妨げるさまざまな障壁に直面している。
ベカー地方にとどまり、住居を探したり、避難所に身を寄せたりする人が多くいる一方、何年も前に離れた故郷へ戻る人も少なくない。しかし、爆撃が減っても、避難生活は終わってはいない。
収入も医療保険もない中で、多くの人びとは生活再建という長く困難な課題に向き合っている。にもかかわらず、こうした状況は国際社会から忘れられつつある。
避難しても得られない安定
西ベカーのカメド・エル・ロズは、農地と広大な渓谷が広がる地域だ。しかし、マハさんとハサンさん夫妻にとって、避難先で住まいを見つけることはできても、安定した生活には程遠い。
夫妻は3月、紛争によってレバノン南部ヒヤムの自宅を失い、避難を余儀なくされた。自力で動くことができないハサンさんを、妻のマハさんが介護している。当初はマハさんの姉が暮らすアパートの2階に身を寄せていたが、生活を続けることは難しく、その後カメド・エル・ロズへ移り住んだ。しかし収入はなく、故郷へ戻る見通しも立っていない。
家を離れて以来、生活はさらに困難になりました。夫の介護をしながら、すべてのことを自分一人でこなさなければなりません。
マハさん レバノン南部から避難してきた女性
「仕事は失われ、私たちの人生は引き裂かれてしまいました」とハリルさんは話す。
紛争の影響は住まいだけではなく、収入や生活基盤、そして子どもを迎える準備にまで及んでいる。
子どもが生まれるとなったら、本来は未来について考えるはずです。でも私は、出産費用をどう工面するか、人生をどう立て直すかばかりを心配していました。
ハリルさん ザハレへの避難を余儀なくされた男性
MSFはザハレのリバノ・フランセ病院と提携し、ミルナさんが専門的な産科医療を受け、安全に出産できるよう支援した。
必要な医療を、必要な場所へ
「国内避難民や難民、社会的に弱い立場に置かれた人びとは、特に深刻な影響を受けています。過密な居住環境や限られた医療アクセスに加え、食料や住まいを確保することさえ困難な状況に直面しています」
民間人は保護されなければなりません。また、支援を必要とするすべての人びとに対し、人道援助と医療が安全かつ迅速に届けられるべきです。
アムロ・イブラヒム ベカー県のMSFプロジェクト・コーディネーター
また、3月2日の紛争激化によってベカー地方へ避難してきた人びとに対し、衛生キットや毛布、マットレスなどの生活必需品の配布のほか、水・衛生設備の修復、燃料や水の供給を行ってきた。また、移動診療を通じて医療サービスも提供している。
ベカー地方でMSFの緊急対応コーディネーターを務めるルブナ・マルーフは、「人びとが医療にアクセスするうえで多くの障壁に直面している状況では、医療サービスが存在するだけでは十分ではありません」と話す。
私たちはすでに稼働している病院と連携することで、変化するニーズに迅速に対応し、安全な医療アクセスを確保してきました。
ルブナ・マルーフ ベカー地方のMSF緊急対応コーディネーター
「二度と平穏は戻らない」
こうした状況に対応するため、MSFの活動も段階的に拡大してきた。当初は避難民への緊急援助が中心だったが、その後は長期的な医療提供や移動診療の運営、病院支援、基礎医療の提供、そして専門医療への紹介に至るまで、幅広いサービスを展開している。
この危機は、もはやニュースの見出しから消えつつある。しかしベカー地方では今も、多くの人びとが影響を受けながら生活している。医療アクセスを維持するためには、人びとが暮らす場所へ援助を届けるとともに、負担が増す医療施設を支え、必要な医療を受けられる環境を守り続けることが欠かせない。
マハさんは言う。
もう二度と、平穏を取り戻すことはできないでしょう。家を失ってしまったのですから──。心から安らげるのは、自分の家、自分の村があってこそなのです。
マハさん レバノン南部から避難してきた女性




