故郷を追われ、日常を失って──人びとを追い詰める紛争の傷跡:レバノン東部

2026年08月26日
イスラエルによる空爆で大きな被害を受けたレバノン東部ベカー地方の街。建物やインフラが損壊し、生活に欠かせないサービスが停止するなど、人びとの暮らしに深刻な影響を及ぼしている=2026年7月29日 © Sarah Sabra/MSF
イスラエルによる空爆で大きな被害を受けたレバノン東部ベカー地方の街。建物やインフラが損壊し、生活に欠かせないサービスが停止するなど、人びとの暮らしに深刻な影響を及ぼしている=2026年7月29日 © Sarah Sabra/MSF

レバノンでの紛争の影響は、南部や首都ベイルート南郊にとどまらず、シリア国境に接する東部の広大な農業地帯、ベカー高原にも及んでいる。経済危機による生活の悪化、資金不足に苦しむ医療施設、不十分な水・衛生インフラ、長期化する難民問題など、すでに複数の危機を抱えていたこの地域にとって、紛争はさらなる打撃となっている。

3月2日以降、イスラエル軍による爆撃の激化にともない、退避要求を受けた人びとがベカー地方の各地へ避難した。その結果、もともと深刻な状況に置かれていた地域住民やシリア難民への負担はさらに増している。

ベカー県の避難者数は4月にピークを迎え、避難所や受け入れ先のコミュニティで暮らす人びとは5万2935人に達した。現在は多くの人びとが自宅や地元地域へ戻りつつあるが、爆撃による施設の損壊をはじめ、医療アクセスを妨げるさまざまな障壁に直面している。

ベカー地方にとどまり、住居を探したり、避難所に身を寄せたりする人が多くいる一方、何年も前に離れた故郷へ戻る人も少なくない。しかし、爆撃が減っても、避難生活は終わってはいない。

収入も医療保険もない中で、多くの人びとは生活再建という長く困難な課題に向き合っている。にもかかわらず、こうした状況は国際社会から忘れられつつある。

家族18人とともに、避難を余儀なくされた85歳の女性。歩行が困難なため、病気になっても医療を受けることが難しい状況にあったが、移動診療を行う国境なき医師団(MSF)から、医薬品や生活必需品を受け取ることができた=2026年7月29日 © Sarah Sabra/MSF
家族18人とともに、避難を余儀なくされた85歳の女性。歩行が困難なため、病気になっても医療を受けることが難しい状況にあったが、移動診療を行う国境なき医師団(MSF)から、医薬品や生活必需品を受け取ることができた=2026年7月29日 © Sarah Sabra/MSF

避難しても得られない安定

西ベカーのカメド・エル・ロズは、農地と広大な渓谷が広がる地域だ。しかし、マハさんとハサンさん夫妻にとって、避難先で住まいを見つけることはできても、安定した生活には程遠い。

夫妻は3月、紛争によってレバノン南部ヒヤムの自宅を失い、避難を余儀なくされた。自力で動くことができないハサンさんを、妻のマハさんが介護している。当初はマハさんの姉が暮らすアパートの2階に身を寄せていたが、生活を続けることは難しく、その後カメド・エル・ロズへ移り住んだ。しかし収入はなく、故郷へ戻る見通しも立っていない。

家を離れて以来、生活はさらに困難になりました。夫の介護をしながら、すべてのことを自分一人でこなさなければなりません。

マハさん レバノン南部から避難してきた女性

マハさんは自身が必要な薬の費用も負担できなくなり、服用を中断せざるを得なかった。そんな中、この地域を訪れていた国境なき医師団(MSF)のチームと出会い、医療サービスを受けられるようになった。
 
MSFは3月2日以降、ベカー地方で1万3722件の診療を実施した。急性疾患や非感染性疾患、リプロダクティブ・ヘルスケア(性と生殖に関する医療)、5歳未満の子どもへの診療のほか、健康推進セッションも行った。

紛争の激化によりベカー地方への避難を余儀なくされた女性。MSFが運営する移動診療で診察を受けている=2026年7月29日 © Sarah Sabra/MSF
紛争の激化によりベカー地方への避難を余儀なくされた女性。MSFが運営する移動診療で診察を受けている=2026年7月29日 © Sarah Sabra/MSF


一方、ベカー県ザハレでは、新しい命を迎えようとしていた家族が、紛争によって大きな変化を迫られていた。 
 
ハリルさんと妊娠中の妻ミルナさんは、戦前はレバノン南部ナバティエで農業を営みながら暮らしていた。しかし紛争により、ハリルさんの故郷であるザハレへの避難を余儀なくされ、祖父から受け継いだ古い家で生活することになった。住まいは確保できたものの、暮らしは安定せず、出産の日が近づく中、その費用を賄う術もなかった。

「仕事は失われ、私たちの人生は引き裂かれてしまいました」とハリルさんは話す。

紛争の影響は住まいだけではなく、収入や生活基盤、そして子どもを迎える準備にまで及んでいる。

子どもが生まれるとなったら、本来は未来について考えるはずです。でも私は、出産費用をどう工面するか、人生をどう立て直すかばかりを心配していました。

ハリルさん ザハレへの避難を余儀なくされた男性

MSFはザハレのリバノ・フランセ病院と提携し、ミルナさんが専門的な産科医療を受け、安全に出産できるよう支援した。 

ザハレで行われているMSFの移動診療=2026年7月30日 © MSF
ザハレで行われているMSFの移動診療=2026年7月30日 © MSF

必要な医療を、必要な場所へ

「レバノンの人びとは、長引く経済危機に加え、今なお続く紛争と不安定な情勢の中で、厳しい生活を強いられています」と、ベカー県でMSFのプロジェクト・コーディネーターを務めるアムロ・イブラヒムは語る。

「国内避難民や難民、社会的に弱い立場に置かれた人びとは、特に深刻な影響を受けています。過密な居住環境や限られた医療アクセスに加え、食料や住まいを確保することさえ困難な状況に直面しています」

民間人は保護されなければなりません。また、支援を必要とするすべての人びとに対し、人道援助と医療が安全かつ迅速に届けられるべきです。

アムロ・イブラヒム ベカー県のMSFプロジェクト・コーディネーター

MSFは長年にわたりベカー地方で医療活動を続けており、変化するニーズに応じて支援内容を柔軟に適応させてきた。現在はバールベック・ヘルメル県で、ヘルメルの基礎診療所の運営と移動診療を行っているほか、ベカー県全域で医療アクセスが限られている地域を巡回し、医療を届けている。

また、3月2日の紛争激化によってベカー地方へ避難してきた人びとに対し、衛生キットや毛布、マットレスなどの生活必需品の配布のほか、水・衛生設備の修復、燃料や水の供給を行ってきた。また、移動診療を通じて医療サービスも提供している。

ベカー地方でMSFの緊急対応コーディネーターを務めるルブナ・マルーフは、「人びとが医療にアクセスするうえで多くの障壁に直面している状況では、医療サービスが存在するだけでは十分ではありません」と話す。

私たちはすでに稼働している病院と連携することで、変化するニーズに迅速に対応し、安全な医療アクセスを確保してきました。

ルブナ・マルーフ ベカー地方のMSF緊急対応コーディネーター

MSFはまた、ベカー地方の二次医療施設において、緊急産科医療へのアクセス向上も支援している。病院の受け入れ能力を強化するとともに、質の高い医療を適時提供できる体制づくりを進めている。 

ベカー地方のバールベック公立病院で建設が進む小児集中治療室。MSFは、この地域における専門的な小児医療の強化に向けて支援を行っている=2026年7月30日 © Sarah Sabra/MSF
ベカー地方のバールベック公立病院で建設が進む小児集中治療室。MSFは、この地域における専門的な小児医療の強化に向けて支援を行っている=2026年7月30日 © Sarah Sabra/MSF

「二度と平穏は戻らない」

避難を余儀なくされた人びとも、故郷へ戻った人びとも、そして地域にとどまっている人びとも、今なお危機の中で暮らしている。失われた生計手段、損壊した住まい、そしてひっ迫する公共サービスが、日常生活に重くのしかかっている。

こうした状況に対応するため、MSFの活動も段階的に拡大してきた。当初は避難民への緊急援助が中心だったが、その後は長期的な医療提供や移動診療の運営、病院支援、基礎医療の提供、そして専門医療への紹介に至るまで、幅広いサービスを展開している。

この危機は、もはやニュースの見出しから消えつつある。しかしベカー地方では今も、多くの人びとが影響を受けながら生活している。医療アクセスを維持するためには、人びとが暮らす場所へ援助を届けるとともに、負担が増す医療施設を支え、必要な医療を受けられる環境を守り続けることが欠かせない。

マハさんは言う。

もう二度と、平穏を取り戻すことはできないでしょう。家を失ってしまったのですから──。心から安らげるのは、自分の家、自分の村があってこそなのです。

マハさん レバノン南部から避難してきた女性

イスラエル軍によって破壊されたベカー地方の街=2026年7月29日 © Sarah Sabra/MSF
イスラエル軍によって破壊されたベカー地方の街=2026年7月29日 © Sarah Sabra/MSF

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