「武装した男たちにすべてを奪われた」──畑仕事の日銭300円でしのぐ避難民…コンゴ・南キブ州で深まる治安の悪化

2026年05月22日
コンゴ民主共和国・南キブ州のバラカ総合病院にマラリアで入院した女の子(右)。父親(左)は2年前からこの地域で国内避難民として暮らしている。同州のオー・プラトー地域にあるミケンゲ出身だった=2026年4月20日 © Frederic OMEGA/MSF
コンゴ民主共和国・南キブ州のバラカ総合病院にマラリアで入院した女の子(右)。父親(左)は2年前からこの地域で国内避難民として暮らしている。同州のオー・プラトー地域にあるミケンゲ出身だった=2026年4月20日 © Frederic OMEGA/MSF

コンゴ民主共和国(以下、コンゴ)東部の南キブ州で、深刻な人道危機が起きている。

同州フィジ地区のバラカという地域では、周辺の高原地帯にあるオー・プラトー地域での戦闘に伴って治安と道路状況が悪化し、医療を届けづらくなっている。多くの患者は重症で医療施設に到着し、治療が手遅れとなって死亡する場合もある。

こうした状況にもかかわらず、現地での支援は明らかに足りていない。国境なき医師団(MSF)は、被害を受けた人びとに医療を提供する数少ない活動団体の一つとなっている。

住まいを追われ、困窮する人びと

「攻撃が始まったとき、命を守るために家族を連れて逃げました」

1年半前の出来事をこう振り返るのは、オー・プラトー地域ミケンゲ出身のイクペ・ロジェさん(60)。町を襲撃されたとき、妻と8人の子どもを連れて避難した。

現在はバラカに身を寄せている。子どもたちを養うために農業、漁業、小規模な養鶏で生計を立てるが、厳しい暮らしが続いている。

ロジェさん以外にも、多くの避難民の家族が同じような生活を送っている。

いま一番心配しているのは、暴力と不安定な治安が続くなかでも、バラカにとどまれるかどうかです。MSFが来て無償で治療してくれる前、私たちが医療を受けることはほとんどできませんでした。治療に10万コンゴ・フラン(約7000円相当)以上を払うことなど、とてもできません。

コンゴ・ミケンゲ出身の避難民 イクペ・ロジェさん

南キブ州フィジ地区に暮らす38歳の母親(右)。夫を亡くし、7人の子どもを育てながら農業を営む。バラカの診療所でマラリアの治療を受ける5歳の息子に付き添っている=2026年4月16日 © Frederic OMEGA/MSF
南キブ州フィジ地区に暮らす38歳の母親(右)。夫を亡くし、7人の子どもを育てながら農業を営む。バラカの診療所でマラリアの治療を受ける5歳の息子に付き添っている=2026年4月16日 © Frederic OMEGA/MSF


また、避難する道中で暴力を受ける人びとも多い。戦闘そのものによるけがに加えて、治安の悪い地域を通ることで襲撃を受ける場合もあるのだ。

ファトゥさん(40)も、戦闘地域のマコボラ村から急いで逃げた一人だ。

現在、ファトゥさんはムワンディガという場所で受け入れてくれた家庭に身を寄せているが、生活を支える手段はない。畑の日雇い仕事を見つけては、1日約5000コンゴ・フラン(約300円相当)を得て、何とか生き延びている。

逃げる途中で武装した男たちに殴られ、持ち物をすべて持っていかれました。私たちが村を出た時、もう村には誰もおらず、残してきたものはすべて奪われました。医療支援には本当に助けられていて、これがなければ私たちの状況はさらに厳しくなるでしょう。

コンゴ・マコボラ出身の避難民 ファトゥさん

南キブ州フィジ地区に住む農家の40歳女性(右奥)。地域にあるMSFの治療施設で受診した=2026年4月15日 © Frederic OMEGA/MSF
南キブ州フィジ地区に住む農家の40歳女性(右奥)。地域にあるMSFの治療施設で受診した=2026年4月15日 © Frederic OMEGA/MSF


しかし、日雇いの農作業で得られる収入は非常に少ない。人びとは貧しさから脱することができず、生活はさらに追い詰められている。

バラカのMSFプロジェクト・コーディネーター、ジャンピエトロ・カンペデリはこう説明する。

避難民たちは生活を支える手段を奪われています。多くの人は交通費を払うことも、基礎医療を受けることもできなくなっているのです。

バラカのMSFプロジェクト・コーディネーター ジャンピエトロ・カンペデリ

崩壊寸前の医療体制、支えるMSF

こうした人びとの状況が、バラカですでにひっ迫していた医療体制に大きな負担をかけている。

医療施設には紛争による負傷者が相次いでいる。さらに、コレラが繰り返し流行し、マラリアの患者も急増するなど複数の緊急事態に追われている。

南キブ州フィジ地区に暮らす農家の21歳女性(右から2人目)。生後9カ月の赤ちゃんの母親でもある。MSFの治療施設で受診した=2026年4月15日 © Frederic OMEGA/MSF
南キブ州フィジ地区に暮らす農家の21歳女性(右から2人目)。生後9カ月の赤ちゃんの母親でもある。MSFの治療施設で受診した=2026年4月15日 © Frederic OMEGA/MSF


MSFは2026年1月から4月にかけてバラカ総合病院を支援した。

暴力によってけがをした患者に適切に対応できるよう、医療物資などを提供し、医療スタッフへの研修も実施して病院の対応能力を強化した。この支援により、426人の負傷者が治療を受けることができた。

そのうえ、重いマラリアや急性呼吸器感染症など、重症の状態で搬送された患者の治療費も負担した。

さらに、MSFはマラリアと下痢の患者を速やかに見つけられるよう、地域保健センター7カ所を支援した。治療を受けた患者は計2万6234人に上り、このうち1万6574人がマラリア、2953人が下痢、3832人が肺炎だった。

南キブ州フィジ地区の国内避難民キャンプにある医療施設で、診療前の検査をするMSFスタッフ。コレラの流行とマラリア患者の急増に対応するため、バラカ総合病院と周辺施設で活動を拡大している=2026年4月16日 © MSF
南キブ州フィジ地区の国内避難民キャンプにある医療施設で、診療前の検査をするMSFスタッフ。コレラの流行とマラリア患者の急増に対応するため、バラカ総合病院と周辺施設で活動を拡大している=2026年4月16日 © MSF


また、コレラの流行に対応するため、MSFは2026年1月から4カ月間、バラカのコレラ治療センターで診療を支援。ここでは計1002人の患者が治療を受けた。

コレラの流行は落ち着き、現在は活動の重点が感染予防に移った。MSFは、給水所での水の塩素消毒、バラカ、ムワンガザ、ムシンバキエの各保健区での手押しポンプの修理、コレラ治療センターに入院した患者への衛生キットの配布を進めている。

南キブ州フィジ地区・バラカ中心部から5キロの場所にあるキマンガ国内避難民キャンプで、避難民に生活必需品キットを配布するMSFスタッフら=2026年4月20日 © MSF
南キブ州フィジ地区・バラカ中心部から5キロの場所にあるキマンガ国内避難民キャンプで、避難民に生活必需品キットを配布するMSFスタッフら=2026年4月20日 © MSF


加えて、バラカ中心部から5キロの場所にあるモンゲ・モンゲの避難民居住地では、避難民488世帯に石けん、毛布、皿、蚊帳などの生活必需品キットを配布。女性870人にはそれぞれのニーズに合った衛生キットを提供した。

「より多くの援助団体の参加を」

病院、バラカ診療所、地域の保健施設でのMSFの緊急対応は終了した。

MSFは現在、バラカ診療所でリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)と、性暴力サバイバーへのケアに活動の重点を置いている。また、モンゲ・モンゲ避難民居住地では水・衛生に関する活動を継続している。

南キブ州フィジ地区にある、MSFが支援する保健センターで治療を受ける患者たち。MSFはコレラの流行とマラリア患者の急増に対応するため、バラカ総合病院と周辺施設で活動を拡大している=2026年4月16日 © Frederic OMEGA/MSF
南キブ州フィジ地区にある、MSFが支援する保健センターで治療を受ける患者たち。MSFはコレラの流行とマラリア患者の急増に対応するため、バラカ総合病院と周辺施設で活動を拡大している=2026年4月16日 © Frederic OMEGA/MSF


しかし、医療・人道面での懸念はいまも続いている。

多くの家族が、無償で医療を受けられることを望んでバラカに到着し続けている。支援は続いているものの、患者側の需要の多さが受け入れ側の対応能力をはるかに上回っている。

カンペデリはこう強調する。

MSFの存在は不可欠ですが、それだけですべてのニーズを満たすことはできません。健康面でも社会面でもぜい弱な状況に置かれている人びとを支援するためには、他の人道援助団体の参加がどうしても必要なのです。

バラカのMSFプロジェクト・コーディネーター ジャンピエトロ・カンペデリ

南キブ州フィジ地区・バラカ中心部から5キロの場所にあるキマンガ国内避難民キャンプで、避難民に生活必需品キットを配布するMSFスタッフら=2026年4月20日 © MSF
南キブ州フィジ地区・バラカ中心部から5キロの場所にあるキマンガ国内避難民キャンプで、避難民に生活必需品キットを配布するMSFスタッフら=2026年4月20日 © MSF

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