国境なき医師団がタリバンと話し合う理由──私たちの変わらない原則

2021年08月24日掲載

ヘルマンド州の州都ラシュカルガにあるブースト病院の新生児集中治療室=2020年 © Andrew Quiltyヘルマンド州の州都ラシュカルガにあるブースト病院の新生児集中治療室=2020年 © Andrew Quilty

武装勢力タリバンによってほぼ全土が制圧されたアフガニスタン。国際援助団体も多くが退避を余儀なくされる中、ひっ迫する医療を支え、命の危機にさらされる人びとを守るため、国境なき医師団(MSF)は国内にとどまり、クンドゥーズなど5つの地域で活動を続けている。それを可能にしているものは何か。MSFの上席人道専門家のクリストファー・ストークスと分析部長のジョナサン・ホイットールが共同で、MSFが貫いてきた原則を綴った。

全ての紛争当事者と合意を

米国が自らの史上最長の戦争に終止符を打ち、アフガニスタンから米軍を撤退させることで、何世紀にもわたって侵攻軍が現れては去っていったこの国には、また新たな時代が到来することになる。

メディアは、タリバンが複数の州都を数日で支配下に置き、反撃もなく首都カブールを掌握したことや、欧米の大使館員が荷物をまとめて現地を去る様子、アフガニスタン人が必死に出国しようとし、外国人が一斉に逃げ出す光景、また多くのNGOが活動を停止したことなどを大々的に伝えている。一方、MSFや少数の人道援助機関は、戦闘激化の最中も現地にとどまって活動を維持し、病人や負傷者の命を救う援助活動に当たり、いまに至っている。

それはなぜ可能なのか。MSFはアフガニスタンで成功も失敗も経験してきたが、私たちのアプローチの核心は変わらない。それは、全ての紛争当事者との間で明確な合意に達した上で活動するということだ。この当事者には、タリバン、米軍、アフガン政府軍、そして場合によっては地元の軍閥も含まれる。

MSFの原則である「独立、中立、公平」は、抽象的に見えるときもあるだろう。だが、全ての立場の人と話し合うこと、政府からの資金援助を拒否すること、他の利害関係者と混同されないように自らのアイデンティティーを明示することによって、MSFはこの原則を体現してきた。病院を「武器持ち込み禁止」にすることも、その一つだ。MSFの資金で運営されている病院に来る人は、文字通り入口で銃を預けなければ中に入れない。

クンドゥーズやラシュカルガの病院で活動するにあたり、私たちは米国、アフガニスタン、タリバンの兵士らに、いかなる患者も決して追い返すことはないと常に説明してきた。負傷した政府軍兵士であろうと、交通事故のけが人であろうと、負傷したタリバンの戦闘員であろうと、全ての患者を受け入れると。

MSFの病院では、医療的な必要性にのみ基づいてトリアージ(※)を行っている。私たちは、相手が犯罪者やテロリスト、兵士、政治家と見なされる人かどうかではなく、医療倫理に基づいて活動する。米兵やアフガン兵が病院を訪れた際には、武器を置いてくるよう要請しなければならないことも多かった。

※重症度、緊急度などによって治療の優先順位を決めること。

MSFの病院の入り口には武器持ち込み禁止の表示が掲げられている=2019年 © MSF/Elise MoulinMSFの病院の入り口には武器持ち込み禁止の表示が掲げられている=2019年 © MSF/Elise Moulin

圧力を受ける援助

MSFのアプローチとは対照的に、人道援助機関も含む国際援助体制は、アフガニスタンの国家建設や、アフガニスタン軍が制圧した地域の情勢安定化、米国が支援する未熟なアフガニスタン政府の正当性強化に貢献するよう、資金の提供元による圧力を受けてきた。国際援助活動は、アフガニスタン政府に対する住民の支持を勝ち得るために必要な「ソフトパワー」であり、「感情と理性に訴えかける」戦略の重要な要素として、軍事展開という「ハードパワー」を支えていた。

人道援助に資金を拠出しているある援助国の担当者にカブールで会った際、驚くべきことに彼らは人道ニーズが最も高い場所を把握しておらず、代わりに連合軍の支配地域を緑、タリバンの支配地域を赤、紛争地域を紫で示した地図を使っていた。緑や紫の地域に援助を送り、軍事力の後方支援を行っていたのだ。戦闘に参加した西側諸国から政府資金を得ている国際NGOは、資金援助の際に「クリア・アンド・ホールド(一掃し掌握する)」といった反乱鎮圧戦略の用語が使われていることにショックを受けたという。

最大の援助拠出国の一つである政府関係者は、カブールで私たちにこう説明した。「(敵対する)タリバンがこの州で勢力を伸ばしているので、(住民の支持を得るために)援助機関にこの州を覆うほど小麦を援助するように言ったら、彼らはその通りにした」と。

だが、私たちのやり方が常に私たちを守ってくれるわけではない。2015年にクンドゥーズ州が一時的にタリバンに占領された後、米軍の特殊部隊は同州にあったMSFの病院を爆撃。紛争地には「グレーゾーン」があると私たちは思い知らされた。援助は国家の正当性を強めるものであれば容認され、受け入れられる。だが、援助する場所が敵対勢力の支配地域だと指定されたり、国家が劣勢になったりすると、援助は破壊されやすくなる。このグレーゾーンは、国際法と国内法の間にある法的なあいまいさによって育まれ、米国当局が「間違い」と称した事件につながる土壌を作り出した。

病院が破壊された後、MSFは全ての紛争当事者と再び話し合い、医療活動が尊重されるべきことを改めて明確にした。MSFが人びとから幅広い支持を得たことと、米国側にとってはMSFへの攻撃が政治的コストになったことが、結果的には、その後、米軍やアフガニスタン軍による「間違い」から身を守る最大の防御策となった。

しかし2020年、ダシュ・バルチでMSFの産科病院が残忍な攻撃を受けたとき、このような交渉と世論の圧力による抑止力は役に立たなかった。この攻撃を行った可能性が高いアフガニスタンの「イスラム国」は、私たちの対話の相手の中に含まれていなかったのだ。

襲撃を受けたダシュ・バルチ病院産科病棟=2020年 © Frederic Bonnot/MSF襲撃を受けたダシュ・バルチ病院産科病棟=2020年 © Frederic Bonnot/MSF

必要な援助を届けるために

MSFは州都で活動できても、地方に行って医療ニーズに応えることはできなかった。過去数年間におけるMSFの活動で大きな課題が残った点の一つである。しかし、今回タリバンが都市部に入ってきたときも、私たちは患者の治療を続けられた。各地の戦闘の激しさに応じて活動内容を調整しながら、病人と負傷者の治療にあたることができた。ヘルマンド州、カンダハール州、クンドゥーズ州、ヘラート州、ホースト州でMSFは活動を続けており、各医療施設に満員の患者を受け入れている。

だからこそ、MSFは全ての紛争当事者との交渉に努める。そうすることで初めて、最も必要なときに援助を行うことができる。多くの場合、このような瞬間は権力や支配の転換期に訪れる。そのような背景から、MSFは援助活動を国家建設の政治プロセスに組み込む動きに抵抗する。MSFの施設やスタッフが危害を受けたときに、声を大にして訴えるのもそのためだ。

アフガニスタンの将来は不透明であり、MSFの活動も厳しい状況が続くだろう。私たちが直面する課題は変化を続けており、チームと患者の安全に対する注意は今後も必要だ。しかし、アフガニスタンを襲う嵐を乗り越えるためには、人道援助団体は政治の風に左右されるままでなく、いまここにあるニーズに基づいて、しっかりと自らの方向性を定めることが必要だ。

アフガニスタンは、外国主導の国家建設がいかにして失敗しうるか、またそのような努力に対して人道援助機関の貢献がいかに微力かを示している。そしてまた、国が造られつつあるとき、崩壊しつつあるときに、私たちができる限りの独立性を保つことで、より多くの命を救うことができる、ということも示しているのだ。

MSFはアフガニスタンで2020年に約7000件の外科治療を行った © Tom Casey/MSFMSFはアフガニスタンで2020年に約7000件の外科治療を行った © Tom Casey/MSF

アフガニスタンの5つの地域で医療援助を継続

■ヘラート
新型コロナウイルス治療センターと入院栄養治療センターを運営するほか、カデスタン診療所で外来診療や母子保健サービスを提供。ほかの医療機関が活動を停止したため、診療所の患者数が増えている。

■カンダハル
薬剤耐性結核プロジェクトでは、来院のために患者が戦闘地域を通らずにすむよう、遠隔通信での診療などを行った。

■ホースト
産科病院と8つの総合保健センターでの活動を続けている。7月には、ホーストの産科病院で1450件、総合保健センターで870件以上の出産を介助した。

■クンドゥーズ
8月16日にクンドゥーズ緊急外傷病棟のすべての患者を新しい外傷センターに移送。事故や戦闘で負傷した人たちの治療に当たっている。

■ラシュカルガ
戦闘が激化していた間に治療を受けられなかった人びとが来院している。呼吸器系の疾患、消化器系の疾患、戦闘や交通事故による外傷など、多くの患者で救急治療室が満床となっている。 

(2021年8月18日時点)

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