アフガニスタンの子どもを襲う医療危機──母親たちの苦悩、医師たちの闘い
2025年07月18日
子どもたちの泣き声、医療機器の電子音──小さな部屋に、さまざまな音が響きわたる。看護師はみなベッドからベッドへと駆け回り、子どもたちの症状を確認している。母親たちは、わが子の顔に酸素マスクを押し当てている。
ここはアフガニスタン南部ヘルマンド州ブーストにある病院の小児救急外来。そのドアを勢いよく押し開けて、1人の医師が入ってきた。
彼の名はアフマド。国境なき医師団(MSF)の救急医だ。
「17人もの患者たちが入院を待っている。でも、受け入れるスペースがどこにもないんだ」
時間はちょうど午後6時。夜勤が始まったばかりだ。
小児科のベッドは、すでにすべて埋まっている。1つのベッドを2人の患者が使っていることすら、ここでは珍しくない。そうしたなかで、さらなる患者が押し寄せている。

人手も薬も、何もかもが足りない
このような状況は、ヘルマンド州に限った話ではない。北部のバルク州、西部のヘラート州など、アフガニスタン各地で同様のことが起きている。
「ここアフガニスタンでは、どこの家庭も医療を受けるのに苦労しています」と、MSFで医療コーディネーターを務めるジュリー・パケローは語る。
多くの医療施設が人手不足に陥っています。基礎的な医薬品も足りません。検査機器すら整っていないのです。
ジュリー・パケロー MSF医療コーディネーター

米国の援助削減がもたらした危機
今年初め、米国の対外援助体制は事実上停止した。しかし、それ以前からすでに、状況は悪化していた。米国のアフガニスタン復興担当特別監察官によれば、米国際開発局(USAID)によるアフガニスタン関係事業の資金拠出は、10億ドル以上も取り消しになっていたという。
世界保健機関(WHO)によると、それ以来、アフガニスタンでは約422の医療施設が業務停止あるいは閉鎖に追い込まれた。それに伴って、6月10日時点で300万人以上が医療を受けられない状況にある。
「医療施設が閉鎖したり業務を縮小することで、特に深刻な状況に追い込まれるのが女性と子どもです」とパケローは言う。
「彼らは基礎的な医療すら、ますます受けにくくなる。治療を受けるまで待ち続けることになる。遠方の施設まで行かざるを得なくなる」
医療体制がこれ以上悪化すれば、子どもたちが死の危機に瀕しても、すでに手いっぱいとなっている各地の病院に送るしかなくなるのです。それどころか、医療施設にたどり着くことすらできず、治療を受けられないまま命を落とすことになるのです。
ジュリー・パケロー MSF医療コーディネーター
先ほどの救急医アフマドが、病院内に電話をかけている。小児科や新生児集中治療室に「空きベッドはないか」と聞いて回っているのだ。
そのそばで、他のスタッフたちも近隣の病院に電話をかけ、ベッドの空きがないかを確認している。
ベッドが見つからなければ、この子たちはここに留めておくしかない。この救急処置室にね。実際、ここで寝泊まりする患者だっているんだ。
アフマド MSFの救急医

押し寄せる患者、限界に近づく現場
アフガニスタン西部のヘラート州の病院でも、小児のトリアージが実施されている。大きな白いテントには、女性と子どもが大勢いる。順番を待つ人びとの一部は、テントの外にまであふれている。
この病院の小児トリアージを訪れる家族は、ここ数年増え続けている。現在、小児トリアージを受ける1日の平均患者数は1300人、日によっては2000人を超えることもある。重篤ではない子どもも多く、その場合、本来は基礎診療所での対応が望ましいはずだ。
「母親たちは子どもの病状が悪くなっていくのを恐れて、ここに我が子を連れてきます」と、現地で小児トリアージに対応しているMSFの看護師ジャミーラは言う。
「ほかに行くあてがないのです。地元の診療所では、十分な医療が受けられない。一方で、私立の診療所は治療費が高額すぎる。皆さん、そう口を揃えます。それで、無償で診察が受けられる、このMSFの病院を頼って来るのです」
トリアージ担当の看護師たちは、もともと過密な業務に追われていた。それが、さらに余裕のない状況に追い込まれている。生死をさまよう重篤な患者が増え続けているからだ。
2025年の1月から5月にかけて、救急処置室で診療を受けた子どもは、1日平均354人にのぼった。これは前年の同時期と比べて、27%も高い数値だ。
多くの家族が口にしているのが、まず病院に行くまでの交通費がないということ。だから、子どもの具合が良くなるのをただ待つしかない。あるいは、お金が工面できるのを待つしかない。その結果、治療が遅れ、子どもの症状が悪化していくんです。
ジャミーラ MSFの看護師

娘を守りたい──貧困と闘う母
ヘルマンド州の病院の小児集中治療室(PICU)──ザルミーナさんはそのベッドに座り、生後7カ月になる娘アスマちゃんの手を握っている。
3週間前から、アスマちゃんは母乳を飲まなくなった。発熱し、腹痛と下痢の症状も出た。しかし、ザルミーナさんにはお金がなかった。夫も障害があり、仕事に就くことができない。
ザルミーナさんは語る。
「ちょうど裁縫の仕事をもらうことができました。ただ、支払いは仕上がりの後なんです。できるだけ急いで縫いました。でも、縫い終わった頃には、アスマの容態はかなり悪くなっていました」
ザルミーナさんが病院に行ったのは、アスマちゃんの具合が悪くなってから2週間後のことだった。
「それまで3、4人の医師に娘を診てもらいました。処方された薬は、すべて合わせて1500アフガニ(約22米ドル)ほどかかりました。でも、全部飲ませても、良くならなかったんです」
手持ちのお金を使い果たしたザルミーナさんは、希望も失ったという。そんな折、彼女の兄が2人をMSFが支援するこの病院まで連れて来てくれた。アスマちゃんは現在、入院して治療を受けている。
「いまは発作もなくなりました」とザルミーナさんは言う。
ここの医師は、娘の状態をちゃんと分かった上で治療してくれます。アスマの具合が良くなったら、家に連れて帰ります。時間がかかってもいい。とにかく元気になってほしいんです。
ザルミーナさん 娘が入院中の母親

治療前に立ちはだかる“距離”と“制約”
「そこには、さまざまな事情がある。交通費の問題。薬代の問題。病状の深刻さが早期に分からないことだってある。それに、母親が子どもを連れて行く際には、マフラム──すなわち、男性の付き添い人が要求されます。そのことも大きいですね。もちろん、親御さんたちには伝えています。病気の症状が見えたら、できる限り早く、近くの診療所に連れて行ってください、と」
子どもの命を守るには、早期の治療が何より重要です。しかし、医療施設にたどり着くことそのものが、彼らにとっていかに困難なものか。その厳然たる現実もまた、私たちは直視しなければならないのです。
ファリード MSFの医師
何人かの患者を他の病院に移すことができ、ベッドもなんとか必要な数だけ確保できたという。今のところ、だれも救急処置室で夜を過ごさずに済んでいるようだ。
