家庭内感染、誤診、そして貧困──アフガニスタン 広がる「薬剤耐性結核」の実態
2025年04月18日
アフガニスタン南部のカンダハル。国境なき医師団(MSF)の運営する結核病院で治療を受ける18歳のザイナブさんはそう語った。
アフガニスタンでは、薬に耐性を持ち、治療の難しい「薬剤耐性結核」のまん延が深刻だ。特にカンダハルでは、貧困、過密な住環境、医療インフラの不足といった要因が重なり、多くの人びとが適切な治療を受けられずにいる。患者の多くは女性や子どもたちだ。
なぜアフガニスタンで薬剤耐性結核がまん延するのか。そして女性や子どもたちの感染が多い理由とは──。MSFの活動現場から伝える。
家族が次々と結核に
アフガニスタンで暮らす15歳のナキブラーさんには、32人の家族がいる。そのうち16人が、1カ月の間に薬剤耐性結核と診断され、南部カンダハルにあるMSFの結核病院に入院した。
ナキブラーさんは、次のように語る。
「僕自身、結核の症状がすべて現れていました。咳が出て、頭痛もひどく、全身に痛みがあり、夜中に熱も出た。家族のうち、最初に結核になったのは祖母でした。薬を飲み続けて頑張っていましたが、今年の初め、3カ月ほど前に亡くなりました」
32人の家族が2部屋しかない家で暮らしています。狭い空間の中で、みんな結核に感染していったのです。
ナキブラーさん(15歳) 結核患者

MSFは、2016年からカンダハルで、薬剤耐性結核患者への対応を開始。検査室、外来、24 床の入院病棟を備えた病院で、薬剤耐性結核と診断された患者や結核治療薬の副作用が出た患者を受け入れ、治療にあたっている。 患者の多くは近隣の州の住民だが、数百キロメートル離れた遠方の州から病院を訪れる人びともいる。
また、MSFはアフガニスタンの「国家結核対策プログラム」とも連携。保健省の管轄施設で薬剤感受性結核(※)の治療にあたる医療従事者に対し、物資および経済的なサポートを実施している。
※標準的な治療薬が効く結核
結核治療のさまざまな障壁
アフガニスタンでは、多くの人びとが人道援助に頼る生活を送っている。深刻な貧困の中に置かれ、結核の治療を受けられない人びとも多い。また、結核がどのような病気なのかもよく知られておらず、それもまた結核に対応していく際の障壁となっている。
6人の子を育てる母親ナジカさんは、体調を崩して医療機関を受診した時のことをこう語る。
「最初、医師からは、ブルセラ症(細菌感染症)だと告げられたんです。1年間、ブルセラ症の薬を服用しました。でも、体調が良くなるどころか、むしろ悪化していきました。州立病院まで運ばれて、そこではじめて結核に感染していると分かったのです」
18歳のザイナブさんも、医師から「マラリアか微生物の病気だろう」と説明を受けた。しかし、地域病院で診察を受け、ようやく結核だと判明した。ナジカさんもザイナブさんも、その後、MSFの医療施設に搬送されている。

短期間で治療の終わるレジメンの導入
2024年には、MSFの病院で結核治療を受けた患者のうち、95%が無事に治療を終えた。これは、2023年から導入された6カ月という短期間で治療を終わらせる治療レジメン(治療計画)によるところが大きい。治療期間が短くなるため、副作用や合併症も少なくなり、患者も治療を続けやすい。
薬剤耐性結核の患者は、感染力がなくなるまでMSFの施設に入院し、その後は、自宅に戻って治療を続ける。治療期間中は、毎月1回ほど通院し、診察を受けた上で、薬を受け取ることになる。MSFは、患者の交通費を負担するほか、患者や家族に向けた情報提供や心理社会的サポートにもあたる。複雑な治療が必要な場合は、施設に入院することも可能だ。

過密な生活が感染を招く
MSFのチームは、カンダハルの地域住民を対象に、結核への理解を深めてもらうための健康教育活動を定期的に実施している。病院でも、患者や付き添う家族に向け、結核に関する情報を提供している。
また、感染者と接触した人の追跡調査も重要だ。感染者と接触した人をできるだけ多く発見し、結核がどこまで広がっているかを把握する。MSFでは、患者の家族に対する結核のスクリーニングを実施している。換気の悪い家屋で大人数が暮らしている場合、感染リスクが高まるからだ。
カンダハルで医療チームリーダーを務めるピュリティ・キニュアは、次のように語る。
「栄養失調にかかっている子どもたちの間で、結核の症状がよく見られます。結核は、子どもが栄養失調に陥る原因の一つなのです」
そのため、子どもを対象にした結核スクリーニングについては、重点的に取り組んでいます。子どもの免疫力は低く、大人よりも結核に感染しやすいのです。
ピュリティ・キニュア MSFの医療チームリーダー

女性や子どもの高い感染率
世界全体で見ると、結核感染者は男性の方が多い。しかし、アフガニスタンでは事情が異なる。2024年に結核と診断された結核患者のうち66%は、成人女性と15歳未満の子どもで、成人男性は34%だった。
この点について、先ほどのキニュアは、次のように説明する。
女性や子どもは、男性と比較して、換気の悪い室内で長時間を過ごす傾向があります。女性が感染すれば、その子どもたちも感染リスクが高まります。
ピュリティ・キニュア MSFの医療チームリーダー
また、女性患者にとって医療機関の受診はハードルが高い。女性が病院に行く際には、男性家族の付き添いが義務付けられているためだ。そこに経済的な負担も加わり、適切なタイミングで医療を受ける機会はさらに狭められている。
医療インフラの不足、治療期間の長さ、経済的負担の高さ──。適切な治療を受けることは、多くの患者にとって依然として大きな課題だ。MSFは、国家結核対策プログラムや地域の他の医療施設と協力し、薬剤耐性結核の患者を速やかに搬送し、治療を提供する体制の整備に取り組んでいる。
「医師が紹介してくれたため、カンダハルで治療を受けることができました。日に日に回復しています。ここに来たばかりの時は、自分が生き延びることができるとは思っていませんでした」 と、MSFの結核病院で治療を受けるザイナブさんは語った。
カンダハルにおけるMSFの結核の取り組み
また、患者の心のケア、現地における病院および周辺地域での健康教育活動を行うほか、結核検査を担う検査機関への技術・財政的なサポートも提供。保健省の数カ所の施設では、薬剤感受性結核の診断と治療に携わるスタッフに、医薬品を提供し給与サポートも行った。これらのチームは、4万4940件の薬剤感受性結核の患者に対する診療を行っている。
