11月14日は世界糖尿病デー:治療を奪われた人びと──患者が語る「アクセスの壁」

2025年11月14日
糖尿病の治療に使われるインスリンペン © Carmen Yahchouchi/MSF
糖尿病の治療に使われるインスリンペン © Carmen Yahchouchi/MSF

糖尿病を管理することは容易ではない。たとえ最先端の医療機器や技術にアクセスできたとしても、血糖値の継続的な測定、薬の内服やインスリン注射といった毎日の治療が不可欠だ。
 
しかし、製薬会社の方針転換や紛争避難生活などによって、糖尿病患者が必要とする治療を手頃な価格で継続できなくなると、病状は急速に悪化し、命に関わる事態へと発展する危険性がある。
 
治療へのアクセスを失ったとき、糖尿病を患う人びとの生活はどう変わってしまうのか。その現実を、当事者の声とともに伝える。

企業の決定が患者の生活を揺るがす

糖尿病の治療に欠かせないインスリン。その市場の90%は、3つの製薬会社──イーライリリー社、ノボノルディスク社、サノフィ社が握っている。

この状態は、3社がインスリンの価格を自由に設定し、どの種類のインスリンや投与機器を市場に流通させるか、あるいは撤退させるかを決定できることを意味する。世界中の糖尿病患者の生活が、企業の判断によって大きく揺さぶられることになるのだ。

こうした事態は、糖尿病治療における「ダブルスタンダード」を生み出している。インスリンペンや新しい医薬品など、治療を簡略化し合併症のリスクを減らすことができる選択肢は、高所得国では利用可能な一方で、低・中所得国の糖尿病患者にとっては、手が届かないほど高価であるか、そもそも入手できない状況が続いている。

薬の小瓶をもし割ってしまったら──レクリティアさん

「インスリンペンを使い始めたときは、本当に楽だと思いました」と南アフリカで糖尿病の治療を続けるレクリティアさんは言う。
 
「ただひねって、注射すれば良かったんです。でも、バイアル(医薬品の入った小瓶)と注射器に戻ることになり、これまでとは全く違う生活になってしまうでしょう」

 レクリティアさんは、1999年に1型糖尿病と診断された。当初はバイアルからインスリンを注射器に移して使用していたが、この方法は痛みをともなううえに、扱いにくく、精神的にも大きな負担だったという。

インスリンは高価なため、もしバイアルを落として割ってしまうと、新たに購入できるまでの間、インスリンを節約するか、使わずに過ごさざるを得ないというリスクもあった。

2014年に南アフリカで、ペン型で簡単に注射できるインスリンペンが全国的に導入されたとき、レクリティアさんはとてもうれしかったという。

インスリンペンは、従来のバイアルと注射器に比べて使いやすく、痛みも軽減され、投与量も正確に管理でき、加えて、耐久性にも優れている。そのため、糖尿病患者の生活の質は大きく向上した。

糖尿病の治療に用いるインスリンペンと針のキャップ、血糖値測定器。 © Carmen Yahchouchi/MSF
糖尿病の治療に用いるインスリンペンと針のキャップ、血糖値測定器。 © Carmen Yahchouchi/MSF


しかし2024年、ノボノルディスク社は、南アフリカで広く使用されていた従来型のインスリンペンの製造を完全に中止すると発表。これにより、多くの糖尿病患者がほとんど事前の通知もないまま、命をつなぐ薬の投与方法を変更せざるを得なくなった。

各国政府は、この不足を補うために急きょ、十分なインスリン投与機器の提供に奔走することとなったのだ。

ノボノルディスク社は2025年7月12日時点で、南アフリカにおいて、インスリンの作用時間などを調整したインスリンアナログ製剤ペンを供給することを約束している。しかし、1本あたり3.95米ドルと高価なため、南アフリカのすべての糖尿病患者が公平に手に入れることはできない。

南アフリカ政府がインスリンアナログ製剤ペンを必要とするすべての人に供給するためには、ノボノルディスク社が価格を引き下げる必要がある。

「一番怖いのは、バイアルを割ってしまうことです」とレクリティアさんは言う。

もしなくなってしまったら、どうすればいいんでしょう? 予備なんて持っていないし、インスリンはすごく高い。だから……割れてしまったら、もう泣くしかないんです。

レクリティアさん 南アフリカで糖尿病治療を行う女性

避難がもたらす医療の空白

自宅を逃れるということは、多くの場合、安定したインスリンの供給を手放すことを意味する。その結果、インスリンを節約して使わざるを得ない、または、まったく使用できなくなるという患者もいる。

これは、深刻な健康被害や、最悪の場合は命の危険を引き起こす可能性がある。

薬が途絶え、何度も昏睡状態に──ガッサンさん

インスリンペンを持つガッサンさん © MSF
インスリンペンを持つガッサンさん © MSF
「旅の途中で持っていたバイアルの中のインスリンが尽きたとき、買おうとしたけれど、高すぎて手が出ませんでした。インスリンが手に入らないときは、状況に合わせて自分なりに工夫するしかなくて、食事の量を減らしたり、血糖値を下げるために運動したり歩き回ったりしていました」

そう語るのは、2009年、パレスチナ・ガザ地区で2型糖尿病と診断されたガッサンさん。内服薬とバイアルからのインスリン注射で糖尿病を管理しており、生活と病状はコントロールできていると感じていた。

しかし2022年、ガッサンさんはガザを離れ、ヨーロッパで亡命申請をして息子たちと合流することを決意。ガザからトルコを経てギリシャへ、8カ月にも及ぶ過酷な旅に出た。
 
この間、定期的なインスリンの供給が途絶え、血糖値を適切に管理することができなくなった。血糖値が危険なほど変動し、命に関わる昏睡状態に何度も陥った。それでも彼は、命がけのルートを進み続けなければならなかった。

数カ月にわたり安定したインスリンの供給を受けられないまま、ガッサンさんはギリシャのアテネに到着。そこで国境なき医師団(MSF)の診察を受けた。インスリンペンが提供され、健康状態の綿密なモニタリングも受けることになった。
 
「とにかく、どんなインスリンでも手に入れることが何より重要でした」とガッサンさんは言う。

ただ、インスリンペンがあれば、ずっと楽だったと思います。便利だし、注射も軽くて痛くないんです。

ガッサンさん アテネで糖尿病治療を続ける男性

糖尿病を患いながら移動を続け、アテネにたどり着いたガッサンさん © MSF
糖尿病を患いながら移動を続け、アテネにたどり着いたガッサンさん © MSF

紛争が奪った医療機器へのアクセス

紛争や戦争がもたらす影響は広範かつ壊滅的であり、医療体制のひっ迫、施設の閉鎖、供給網の混乱などを引き起こす。これらすべてが、必要な医療機器や治療へのアクセスと供給を制限する要因となる。

状況によっては、人びとは避難を余儀なくされ、公的な医療機関を利用できなくなったり、施設そのものが閉鎖されたり、物資不足に直面したりする。その結果、必要なものを高額で購入するか、より安価な代替手段を探すか、あるいは何も使えずに堪えるしかなくなる。
 
さらに、紛争下での生活やその影響によってストレスが高まると、糖尿病患者にとっては血糖値の危険な変動を引き起こす可能性がある。治療を受けないままでいると、心疾患、失明、神経障害など深刻な合併症を招く恐れもある。

痛みとストレスを感じる慣れない測定器──サナさん

サナさん(奥) © MSF
サナさん(奥) © MSF
「紛争の間は本当にストレスが大きくて、血糖値が上がってしまうこともありました」と14歳のサナさんは振り返る。
 
「それでも、私たちは持っているものをなんとか節約しようと努めました。薬はほんのわずかしかありませんでした。センサーはもともと高価でしたが、紛争が終わった後は私たちにはとても手が出せないものになってしまいました」

2021年に1型糖尿病と診断されて以来、サナさんはレバノンのバールベック=ヘルメルにあるMSFの診療所で治療を受けてきた。

MSFがレバノンで行っている糖尿病管理プログラムの一環として、サナさんは持続血糖測定器(CGM)を使用して血糖値を管理していた。

彼女が「センサー」と呼ぶこの機器は、MSFの診療所を通じて無償で提供されていた。CGMは目立たずに血糖値を確認できることから、サナさんはこの機器を気に入っていた。

持続血糖測定器(CGM) © MSF
持続血糖測定器(CGM) © MSF


しかし、2024年9月、レバノンで新たな紛争が勃発。その時すでに、経済危機の影響で人びとは医療を受けるのにも苦労していた。この状況下で、サナさんの糖尿病管理は大きく変わってしまった。

紛争によってCGMの無償供給が途絶え、人びとは高額な機器を自費で購入するか、より安価な糖尿病管理ツールへの切り替えを迫られた。

サナさんも、血糖値の測定方法を変更せざるを得なくなり、CGMから指先穿刺(せんし)式の測定器に変更した。

この方法は比較的安価ではあるものの、サナさんは注射針への恐怖があり、使用時には痛みとストレスを感じるという。さらに、1日に5回の測定が求められ、目立たずに行うことが難しく、別の機器も必要になるため、血糖値を継続的に管理するうえでの大きな障壁となっている。

慣れない測定器を使うようになったことで、サナさんは学校にいる間、血糖値を測らずに過ごしてしまうことがよくある。

これは非常に危険だ。ストレスの増加は血糖値の上昇につながり、適切に管理されなければ、深刻な合併症を引き起こす可能性があるからだ。

「センサー(CGM)は一番の解決策です」とサナさんは言う。

「自分で血糖値を確認して管理できるからです。誰かに測ってもらったり、思い出させてもらったりする必要がありません」

センサーを使っていたときは、もっときちんと管理できていました。30分おきにチェックしていたんです。

サナさん レバノンで糖尿病治療を続ける女性

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