イエメン:急性水様性下痢が流行──長引く内戦、国際援助の削減で医療ひっ迫が深刻化
2025年09月09日
特に西部のイッブ県やホデイダ県では患者が急激に増えており、すでにひっ迫している医療体制に追い打ちをかけている。長年続く内戦で弱くなったインフラと、削減される国際援助のなか、人びとは医療にたどり着くことすら難しい状況にある。
国境なき医師団(MSF)は下痢治療センター(DTC)や、補水所の設置を通じて対応を続ける一方、国際社会に対して援助の拡大を呼びかけている。
突然、襲われる悪夢
「私は悪夢に一人で立ち向かうことになってしまいました」
そう語るのは、タイズ県出身の母親ラウダさん。ある日、末娘のマラクさんが水様性の下痢をいきなり発症した。夫は離れた街で仕事を探している最中で、他に頼れる人はいなかったという。
ラウダさんは過去に3人の子どもを病気で失っている。時間がたったいまでもその心の傷は癒えておらず、「恐怖に押しつぶされそうになりました」と嘆く。
そんなとき、あることを思い出した。援助活動に来ていたMSFが以前、自身の別の子どもを治療したことがあったのだ。

「マラクの命は、何としてでも助ける」
遠出するのは簡単ではなかったが、MSFの活動地を目指して県外へ向かった。北の隣県・イッブ県の都市カーイダにあるDTCに着くと、MSFの医療チームがすぐにマラクさんの治療に当たった。 その結果、マラクさんは順調に回復している。
ラウダさんは「『今度はこの子を失ってしまうのではないか』という恐怖でいっぱいとなり、最初の2日間は何も食べられませんでした」と当時の心境を振り返る。
でもDTCに着き、マラクは治療を受け始めると少しずつ回復しました。私はいま、言葉で表せないほど感謝をしています。
急性の水様性下痢を発症した娘の母親 ラウダさん

MSFが支援するカーイダのDTCで治療を受けて快方に
向かっている=2025年8月5日 Ⓒ Sadiq Onundi/MSF
タイズ県出身のアリ・サーレフさんも、ある日突然、水様性の下痢を発症した。自然に治ることを願って3日間にわたり安静にしていたが、具合は日増しに悪くなっていった。
「ベッドから起き上がれないほど苦しみましたが、つらいことに医療施設へ行けるだけの交通費さえなかったのです」と説明する。
最終的に移動のバイク代だけは何とか工面できることに。MSFが支援するカーイダのDTCにたどり着き、すぐに治療を受けることができた。
体調は段々と良くなってきました。もしあの時に治療を受けられなかったら、いまごろどうなっていたか分かりません。
急性の水様性下痢を発症した男性 アリ・サーレフさん
不十分な水と衛生インフラ
こうした流行はイエメンでは決して珍しくない。むしろ近年、事態は深刻さを増している。
イエメンの医療システムは、10年以上に及ぶ内戦や政情不安、度重なる国際援助の削減によってひっ迫した状況となっている。にもかかわらず、国際社会からの関心と援助は減り続けている。

特に、イエメンでは水と衛生のインフラが不十分だ。雨季になると洪水や水たまりが発生し、元々もろい水道や排水設備にさらなる負担がかかる。汚染された水源により、急性水様性下痢が広範囲に感染する危険性を高めている。
人びとが医療を受けやすくするのはもちろんのこと、水と衛生のインフラ整備も重要だ。さらなる感染拡大を防ぐため、MSFは影響が深刻な地域で早急に整備を進める必要性を訴える。
地域の命を支える分散型ケア
MSFは現在、イエメン国内の6県で下痢の流行に対応し、命を守る医療と援助を届けている。
カーイダでは、イッブ県内に2カ所しかないDTCのうち一つをMSFが運営しており、対策に不可欠な場所となっている。

2025年4月~8月末の5カ月間だけで4700人を超える患者を受け入れ、そのうち8割以上が中等度から重度の脱水症状だった。7月中旬に雨季が始まると症例は急増し、ベッドの数を50床から100床に拡大した。平均稼働率は1日あたり80~90床に達した。
また、イッブ県の診療所3カ所に下痢患者用の補水所を設け、軽症の患者が自宅近くで治療を始められるように支援している。これにより、重症化の予防につながり、カーイダのDTCへの負担も軽減されている。

ホデイダ県では、MSFがザイディヤ地方病院を支援し、30床規模のDTCを併設した。2025年4月~8月末に、この病院だけで990人以上が急性の水様性下痢で治療を受けた。
さらに、県内のザイディヤ地区とダヒ地区にある補水所の運営を支援し、軽症患者が早期に治療を受けられるようにしている。

このように、イエメンでは地域の医療体制にかかる負担の大きさと、分散型の支援体制の必要性が浮き彫りとなっている。
雨季に感染拡大、援助強化を
急性の水様性下痢は雨季とともに急速に広がり、患者が増え続けている。
人道援助団体や支援者はイエメンを優先課題に位置づけ、資金援助と医療・水衛生インフラへの持続的な投資を早急に強化する必要がある。
イエメンのMSF活動責任者、デスマ・マイナは「長引く内戦で疲弊したイッブ県やホデイダ県の医療体制に、大きな負担がのしかかっていることを強く懸念しています。残念ながら、特にこの1年でイエメンへの援助は急減し、提供可能なサービスと実際のニーズの差は広がる一方です」と警鐘を鳴らす。
人道援助が継続的に、しかも十分な規模で拡大されなければ、人びとは必要な医療にたどり着けず命の危険にさらされ続けてしまいます。
イエメンのMSF活動責任者 デスマ・マイナ
