流出したWTO合意案、コロナ医薬品格差の解決にならない4つの理由

2022年04月08日
コロナ医薬品への公平なアクセスを求めるキャンペーン=2021年アルゼンチン © BarbaraPardo
コロナ医薬品への公平なアクセスを求めるキャンペーン=2021年アルゼンチン © BarbaraPardo

600万人以上の命を奪った新型コロナウイルス感染症。世界貿易機関(WTO)では、新型コロナ医薬品の知的財産にまつわる提案が議論の的となってきました。3月中旬、この提案の代案とされる文書が流出。国境なき医師団(MSF)はその文書を分析し、この内容では新型コロナ医薬品の普及格差の改善は望めないとの結論に達しました。それはなぜか──?

これまでの流れ

パンデミック(世界的大流行)が始まって半年が経過した2020年10月、インドと南アフリカ共和国が、世界貿易機関(WTO)で画期的な提案を行いました。新型コロナのワクチンや治療薬、検査などについて知的財産権の壁(※)を一時的に取り払う案を提出したのです。より多くの国での生産と供給の拡大を促し、世界中で高まるニーズに対応する道筋を開くためでした。
※WTOの「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS)」に基づく知的財産権の保護義務

この知財保護義務を免除する案は、その後100カ国以上のWTO加盟国から支持を集めます。

しかし、全世界が健康を脅かされる危機に陥る中、英国、スイス、欧州連合(EU)の一部など、大手製薬会社を抱える国々が免除案に強く反対し、交渉は難航。米国は支持を表明したものの、対象をワクチンだけに限定しています。パンデミック宣言から2年以上経ったいまも、WTOでは免除案の合意に達していません。

その間、世界ではワクチンや有望な治療法のジェネリック薬の普及に大きな不平等が生じ、これまでの対応では解消されない状況が続いています。

そして今年3月中旬、EUと米国、インド、南アフリカの4者間で代案が議論されているとのニュースが報じられました。

この代案には欠陥があると、世界保健機関(WHO)、国連合同エイズ計画(UNAIDS)などの機関や指導者、知識人らも指摘し、WTO加盟国に合意を拒否するよう促しています。

提示されている内容は、新型コロナ医療ツールの生産と供給を妨げてきた知財の壁を解消するものではありません。すでに機能している仕組みにさらなる要件と複雑さを導入するものです。このまま修正されずに進めば、世界的な健康危機への対処において悪しき先例をつくることになります。

主な問題点は4つあります。

①ワクチンのみで、治療薬や診断検査などの医療ツールは対象外

パンデミックでより多くの命を救うために、医療従事者は利用できるあらゆるツールを必要とします。この文書はワクチンだけを対象としており、治療薬や検査への知財保護が維持されることになると、今後、将来のパンデミックに備えるには悪い前例になってしまいます。

製薬会社は有望な新薬に法外な価格を設定してきました。そのため低・中所得国では入手が厳しくなる一方で、富裕国が製品をすぐに買い占めてしまう事態が起こります。

ワクチン格差と同じことが、最近普及し始めた新たな治療薬でも繰り返されようとしています。新型コロナワクチンでは富裕国が先に買い占め、低所得国は援助や寄付の枠組みに頼らざるを得ませんでした。

WTO加盟国へ:ワクチンだけでなく全ての医療ツールを対象とする、意義のある結論につながる文書交渉をしてください。

②低・中所得国も対象除外となる恐れ

文書が提示している対象国の基準だと、製造能力のある低・中所得国の一部が除外される可能性があります。パンデミックにおいて全世界の人びとを対象にできないという悪い前例をつくるべきではありません。

WTO加盟国へ:生産と供給の規模を拡大し、世界中の誰もが恩恵を受けられるよう、どのような提案であれ、全ての国を対象とするようにしてください。

③すでに複雑な仕組みがさらに複雑化

この文書は、パンデミックへの解決策を提示できていないばかりか、保健上の危機の際に各国が特許権を無効化できるTRIPSの既存の仕組み(強制実施権)にはない新たな制限を加え、法的な不確実性を一層もたらす恐れがあります。

WTO加盟国へ:これまで合意された貿易における既存の柔軟性を損なわないようにしてください。

④特許のみで他の知財保護を含まず

知的財産権は特許だけではありません。例えば企業秘密や臨床試験データなどを独占する権利も、より安価な医薬品の製造と供給を妨げたり遅らせたりする大きな要因となります。これらの知的財産権によって、製薬会社は独占を維持し、他のメーカーが安価な代替製品を開発し提供することを阻んでいます。

WTO加盟国へ: 特許だけに限定せず、必要な医療ツールの生産と供給の拡大を制限する障壁となる、全ての知財権を対象としてください。

まとめ

この文書は、これまで100カ国以上が支持してきた「免除案」とは別のものです。対象となる範囲は狭められ、対象国の限定や新たな制限が導入されており、パンデミックの中で命綱となる医薬品を普及させるのに有効な解決策とはなっていません。この提案が向かう先は、コロナ禍において人びとのニーズを満たすことができなかった既存の仕組みと、多くの点で変わらないのです。

すべての人、すべての国、あらゆる医療ツールを支援の対象に──MSFはWTO加盟国に対し、この代案を拒否し、インドと南アフリカによる当初の提案に沿うような、革新的な免除の実現を目指すことを求めます。

◆この文書に対するMSFの詳細な分析レポートはこちら(英文)

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