コロナ医療へのアクセス拡大に支持を──国境なき医師団と他団体が共同で呼びかけ

2020年12月11日
南スーダンの国立公衆衛生研究所にて、新型コロナの検体を診断 © MSF/Tetiana Gaviuk
南スーダンの国立公衆衛生研究所にて、新型コロナの検体を診断 © MSF/Tetiana Gaviuk

新型コロナウイルス感染症のパンデミック──この未曽有の緊急事態に覆われたいま、世界的な対応を迅速に広げていくため、世界貿易機関(WTO)で知的財産権の制限を一時的に取り払うという画期的な提案が話し合われる(※)など、新たな動きが始まっています。日本でもこの問題への関心と支持を広めるため、国境なき医師団日本は、他の国内団体と共に以下の呼びかけを行っています。

※参考記事:「WTOでの提案が世界のコロナ対策を大転換させるかもしれない5つの理由

新規医薬品・医療技術への途上国の平等なアクセスを阻む知的財産権保護を緩和し、新型コロナ克服の取り組みを世界全体で進めよう =世界の市民社会は動いている:日本の市民社会への呼びかけ=

「新型コロナウイルス感染症」(COVID-19)の世界的流行は、北半球における冬の到来を目前に激しさを増しています。東アジアに始まり、欧米を席巻したCOVID-19は、中東・北アフリカ、中南米、南アジア、サハラ以南アフリカなどの中所得国・低所得国(途上国)にも拡大し、12月頭の段階で6000万人以上の感染、145万人以上の死者をもたらしてきました。

COVID-19は世界の社会、経済、環境に多様かつ甚大な影響を及ぼしており、その対策も多岐に及びます。世界はこの1年足らずの間に新規医薬品の研究開発、社会・経済的影響の緩和のためのIT技術の開発と適用、その他様々な既存技術の活用を行ってきました。COVID-19は異次元のグローバルな脅威であり、開発された新規医薬品への世界全体の平等なアクセスを含め、COVID-19の克服のための手段は世界に開かれたものとしてあるべきです。2020年10月2日、南アフリカ共和国およびインド政府は、世界貿易機関(WTO)の「貿易関連知的財産権協定」(TRIPs)理事会に対して、各国が医薬品、診断薬、有望なワクチン候補等の製造を拡大できるようにするため、知的財産権保護を定めるTRIPs協定の特定条項を放棄することを要請しました。この提案には、ケニア、南部アフリカのエスワティニ王国、モザンビーク、およびパキスタンが賛同し、現在、WTOのTRIPs理事会で審議されています。

私たちは、日本の市民社会が、COVID-19に関連して、途上国における医薬品への平等なアクセスを阻む要因となっている、知的財産権を含む貿易ルールの問題について、より強い関心を払うこと、日本政府を含む先進国および一部の新興国政府に対して、COVID-19という異次元のグローバルな危機に際して、医薬品を始め、これを克服するための新規技術への平等かつオープンなアクセスを保障するように求める世界の市民社会の運動に合流することを、強く呼びかけます。呼びかけの理由は以下の通りです。

  • (1)
    COVID-19の流行に際して、米国をはじめとする先進国はその資金力により個人防護具(PPE)や医薬品を大量購入するとともに、開発系製薬企業が開発するワクチンの事前大量買い取り契約を結び、これらの市場を独占しています。結果として、世界の大半を占める途上国・新興国が、これらの物資を確保するうえで大きな支障が生じています。
  • (2)
    こうした問題を解決するため、4月24日、WHOおよび保健に関わる国際機関、民間財団が連携して、新規医薬品の開発と途上国における平等なアクセスの確保を一体で手掛ける「ACTアクセラレーター」(COVID-19関連製品アクセス促進枠組み)が発足しました。また、WHOとコスタリカのリーダーシップおよび世界37か国の支持により、COVID-19に関する新規技術に関わる知的財産権をプーリングし、途上国における安価な供給につなげる仕組みとして「C-TAP」(COVID-19関連技術アクセス・プール)も発足しました。しかし、ACTアクセラレーターは11月16日の段階で、年末まで43億ドル、来年分を含めると239億ドルという巨大な資金不足に直面しており、C-TAPについては、多くの先進国から支持を得られず、製薬企業からも公に拒絶の表明があるなどして、機能が発揮できない状況が続いています。
  • (3)
    こうした状況下で、COVID-19への取り組みを世界全体で推し進めるには、ACTアクセラレーターなどの革新的な仕組みを十全に活用するのみならず、途上国・新興国自身の資源動員と、医薬品の開発や製造、普及の能力と意欲の拡大が不可欠です。
  • (4)
    COVID-19の脅威は、世界の社会・経済・環境の持続可能性の低下と強く結びついています。COVID-19は「最後のパンデミック」ではありません。世界は今後も登場するパンデミックへの準備度を向上させるとともに、パンデミックのリスクを拡大する様々な非感染性疾患やその他の基礎疾患等に対するレジリエンス(対応力、復元力)を増大させる必要があります。そのためには、COVID-19の教訓を踏まえ、知的財産権をはじめとする、国際保健に関わる諸制度を柔軟に変革していく必要があります。

WTOのTRIPs理事会において、途上国・新興国の多くが南ア・インド政府の要請を歓迎したのに対して、残念なことに、日本をはじめ、米国、西欧諸国など先進国の多くは、これを拒否する姿勢を示しました。グローバルな異次元の危機としてのCOVID-19の一刻も早い克服のために、また、今後のパンデミックに備え、真に持続可能で健康な社会・経済・環境を創っていくために、私たち市民社会は可能なあらゆる手段をとって働きかけていく必要があります。私たちは今後、この課題を前に進めるために、以下の取り組みをしていく予定です。

  • (1)
    インド・南ア政府のTRIPs協定の知的財産権関係の一部条項の放棄の呼びかけに否定的な立場をとっている日本政府の政策を変えるための政策提言・働きかけ
  • (2)
    COVID-19に関わる新規医薬品やその他の技術の途上国・新興国への平等なアクセスを阻害している知的財産権など貿易ルールの問題に関する情報提供や啓発などの取り組み、可能な形でのキャンペーンなど

ごく最近、市民社会の取り組みによって、貿易ルールを変えた実例があります。去る11月15日に妥結された「地域的な包括的経済連携」(RCEP)協定」の交渉では、TRIPS+の条項を求める日本など先進国に対し、後発開発途上国(LDC)を含むASEAN諸国の政府・市民は、知的所有権の保護強化によって医薬品アクセスが阻まれないよう、粘り強い働きかけを行ってきました。その努力の結果、TPP協定にあったような医薬品特許に関わる条項の多くは取り入れられませんでした。これは、限定的ではあるにせよ、途上国・新興国の人々が、貿易協定における知的財産権がいかに途上国・新興国の医薬品アクセスを阻害するかについて理解し、運動を進めてきた成果であると言えます。また、日本政府も、南ア・インド政府の呼びかけには反対する一方、医薬品に関する世界全体での平等なアクセス自体については、その重要性を一定程度認識し、G7、G20などでは、COVID-19に関わる「特許プール」の必要性などについて積極的に発言しています。医薬品への平等なアクセスを求める途上国・新興国の市民社会の運動に連帯するためにも、私たちは、COVID-19に取り組む日本の市民社会関係者の皆様に、この問題に関心を持つこと、COVID-19の克服のために取りうる手段を途上国にも開いていく取り組みに協力することを強く訴えるものです。

<呼びかけ団体>

(特活)アジア太平洋資料センター(PARC) 共同代表 内田聖子
(公財)アジア保健研修所(AHI) 事務局長 林かぐみ
(特活)アフリカ日本協議会 共同代表理事 津山直子・玉井隆、国際保健ディレクター 稲場雅紀
(特活)国境なき医師団日本 会長 久留宮隆
(特活)シェア国際保健協力市民の会 共同代表 本田徹
世界民衆保健運動(People’s Health Movement) 日本代表幹事 宇井志緒利
(公社)日本キリスト教海外医療協力会 会長 畑野研太郎

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「新型コロナに対する公正な医療アクセスをすべての人に!」連絡会
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