新型コロナウイルス:感染者への差別をどう防ぐ?──HIVでの教訓を生かす南アフリカ

2020年09月07日掲載

南アフリカにて家庭訪問するMSFスタッフ。手の接触を避けて肘であいさつ © Daniel Steyn/MSF南アフリカにて家庭訪問するMSFスタッフ。手の接触を避けて肘であいさつ © Daniel Steyn/MSF

南アフリカ共和国で7月下旬、新型コロナウイルス感染症の指定病院が2カ所放火された。地元住民の手によるものと見られ、感染への恐れから差別が生じつつあることが明らかとなった。同国では、HIV/エイズや結核といった感染症でかつて得た知見をもとに、差別防止への取り組みを行っている。

差別の防止が感染抑止につながる

「差別は不安を感じている人びとの間で生まれる。デマが垂れ流しの状態であれば、さらに広がっていきます。政府は新型コロナが発生すると迅速に対応したものの、国民への情報提供は十分ではありませんでした」

こう話すのは、クワズル・ナタール州エショウェ地区で国境なき医師団(MSF)の医療コーディネーターを担うリースベト・オーラー医師だ。

新型コロナウイルス感染症の指定病院となることが発表された後、放火されたクワズル・ナタール州の病院 © Andrius Slavuckis新型コロナウイルス感染症の指定病院となることが発表された後、放火されたクワズル・ナタール州の病院 © Andrius Slavuckis

MSFは南アフリカでのHIV・結核プロジェクトで、病気による差別の問題を訴えてきた。その長年の経験から、新型コロナウイルスの感染が確認されると直ちに、国内4州での差別への取り組みに支援を始めた。

「感染者への差別を防ぐことは、感染抑制と死亡率低下の両方において重要となります。差別にあった人が診療所や検査を避け、身を隠せば、救える命であっても治療が手遅れとなってしまいますから」。西ケープ州カエリチャ地区のMSF患者支援マネジャー、リー・スナイマンはそう説明する。

この地区でMSFは保健局と連携し、新型コロナウイルス専門の仮設病院を開設したが、スナイマンらはこの病院への住民の反応がまず気がかりだったという。その頃、差別的感情がにわかに生まれつつあったからだ。

感染追跡で判明した濃厚接触者は、自宅や家族の安全を案じていた。追跡調査員は、世間の目や偏見を避けるために、特徴のない車に乗り、目立たない服を着なければならなかった。新型コロナウイルスと関わりのない患者でさえ、差別を恐れて病院の制服で自宅訪問しないようMSFスタッフに求めた──。目に見えない差別に対抗するため、MSFは地域住民への働きかけと教育活動に乗り出す。

自宅前でMSFフィールドワーカーと話す結核患者=2020年2月 © Tadeu Andre/MSF自宅前でMSFフィールドワーカーと話す結核患者=2020年2月 © Tadeu Andre/MSF

「毎日のように健康教育チームがタクシー乗り場や商店街、診療所を回り、情報提供を行いました。幸い住民はその意義を理解し、私たちの仮設病院を受け入れてくれたので、多くの命が救われました」とスナイマンは話す。

エショウェで2012年から続けてきたHIV・結核プロジェクトでは、地元リーダーとの話し合いが差別対策の鍵を握っていた。この地で新型コロナウイルスが流行し始めると、MSFスタッフは再び伝統的な指導者や治療師らに情報発信での協力を求めた。プロジェクト副コーディネーターのジョージ・マピイェはこう振り返る。

「例えばイスラム系住民は、マスジド(アラビア語で「モスク」の意)にある公共放送システムを使わせてくれました。町一番にぎやかな通りで、あるいはラジオを通じて、新型コロナ関連の情報を発信することができたんです。それまでHIVや結核への対策で関係を築いていたおかげで、さまざまな地域活動が速やかに運びました」

ウブントゥ(思いやり)を伝える

これまでの研究やMSFの現場では、次のようなことが知られている──周囲からの差別を感じた人は、自尊心の低下や抑うつ、回避型の対処行動、自己非難などに陥りやすい。また病気を持つ人では、差別を恐れて医療施設へ行くことを避ける恐れがある。HIV/エイズや結核といった病気では、差別によって治療をやめてしまう患者が特に多い。

“コロナ”(王冠)をモチーフにしたビーズ製バッジ © Daniel Steyn“コロナ”(王冠)をモチーフにしたビーズ製バッジ © Daniel Steyn

「南アフリカの言葉で『ウブントゥ』と呼ばれる、思いやりの文化を強めていかなければ、差別に打ち勝つことはできません」とスナイマンは言う。

南アフリカのMSFスタッフのうち、新型コロナウイルスに感染したのは52人(8月3日時点)。皆、無事回復したものの、差別を経験したと口にする者は多い。復職したスタッフを勇気づけるために、MSFは地元のNGOに王冠を模したビーズのピンバッジを制作するよう依頼した。

「“コロナ”とは王冠のこと。コロナウイルスから回復した人は誇りを持って王冠を戴く、という意味が込められているのです」

そう語るルラマ・シガサナさんは、ビーズ工芸で生活を支える高齢女性の集まり「イカンヴァ・ラバントゥ・シニア・プログラム」の責任者。反差別のシンボルをビーズで編み込んだのはこれが初めてではなく、過去にはHIVの赤いリボンも制作してきた。

カエリチャのMSFチームは、差別と闘うための歌も作った。他の医療施設のスタッフも巻き込み、やがてMSFが支援する他州の病院でも歌われるようになった。

「HIVとの闘いの初期にも、歌で地域住民を集めていました」と語るファネルワ・グワシュは、MSFのカウンセラー教育者で、南アの代表的なエイズ擁護団体のメンバーでもある。

「困難に直面しても、私たちは歌い続けます。差別を、不公平を、適切な医療ケアへの壁を歌い飛ばすのです。歌のなかでは、愛と支え合いによって新型コロナは乗り越えられることも伝えています」

感染追跡の調査を担うMSFスタッフ © Tadeu Andre/MSF感染追跡の調査を担うMSFスタッフ © Tadeu Andre/MSF

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