【動画】「あれは皆殺し作戦だった…」10年に及ぶシリア内戦を生きる人びと

2021年07月03日掲載

自ら体験したシリア内戦を語る市民ら © MSF自ら体験したシリア内戦を語る市民ら © MSF

2011年、平和な反政府デモから内戦へと突入していった中東シリア。あれから10年が経ったが、いまも同国内では、東京都の人口のおよそ半数に当たる670万人が避難生活を送っている。また、周辺国などへ逃れて難民となったシリア人は660万人にのぼる(※)
※2021年3月現在、国連難民高等弁務官事務所の統計


北西部のイドリブ県は、たびたび戦火に追われてきた人びとがたどり着いた「最後の砦」だ。しかし空爆におびえる日々は続き、さらに昨年からの経済危機やコロナ禍によって、この地域の人道状況は悪化の一途をたどっている。

いまイドリブに暮らす3人の市民が、これまで自ら体験してきた内戦について語った。

“あれは皆殺し作戦だった…”

写真家のアナス・カルブトゥリさんは、首都ダマスカスの近郊にある東グータ地区の出身。反体制派の拠点となった東グータは、2013年以降、毎日のように爆撃を受け、食料や電気などの供給を止められた。爆撃で兄弟を失い、自身もけがを負ったアナスさん。2018年、政府軍とロシア軍による激しい空爆で、ついに地元を追われた。多数の死傷者が出た東グータでの「全滅作戦」、そして生まれ故郷を去る苦悩とは──。

“空爆で患者や同僚が病院の下敷きに”

反体制派が統制する地域では、「テロとの戦い」の名の下、病院や医療者が政府軍からの攻撃対象とされてきた。国境なき医師団(MSF)が支援する病院も例外ではなく、2016年2月、勤務先に駆けつけたマゼン・サウード医師が目にしたのは、がれきの山となった病院の建物、そして患者や同僚の死だった。

“盗聴されぬよう携帯バッテリーを外した”

トルコとの国境に面した北西部では、避難民の増加により人口が500万人に達した。水や食料、住まい、医療など、人びとの暮らしを支えているのは、海外から届く人道援助だ。生活の厳しさから国外へ去る人も多い中、風刺画家のアマニ・アリさんは、障害のある母とともにイドリブの自宅に残り、内戦を描き続けている。アマニさんが語る、統制され、爆撃をおそれる日常とは。



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