マスクを選ぶくらいならパンを買う──紛争とコロナ禍で追いつめられたシリア北西部の暮らし 

2020年12月02日
シリア北西部のデルハッサン避難民キャンプ。約50世帯ごとに1つの貯水タンクと3つのトイレを共同利用し、最低限の手洗いもままならない © Abdul Majeed Al Qareh
シリア北西部のデルハッサン避難民キャンプ。約50世帯ごとに1つの貯水タンクと3つのトイレを共同利用し、最低限の手洗いもままならない © Abdul Majeed Al Qareh

紛争による避難で人口がおよそ400万人にのぼるシリア北西部。新型コロナウイルスの感染者数が急増し、11月4日までに合計で7059人に達した。現地当局は11月6日から局地的な都市封鎖を実施し、市場や学校など大勢が集まる場所はすべて閉鎖された。

空爆、経済危機、そしてコロナによる封鎖。度重なる苦難のなかで、この地の人びとはいま、どう暮らしているのか──。

封鎖でも外へ出て働かざるを得ず

「コロナで外出するのは危ないと分かっていますが、選ぶ余裕はありません。ウイルスも怖いけれど、家族に食べさせるものがなくなってしまいますから」と、アブ・ダリ・キャンプに暮らすカマル・アドワンさん(25歳)は言う。

15人家族で唯一の稼ぎ手であるカマルさんは、パンデミック(世界的大流行)そのものよりも経済的打撃のほうが命に関わる、と訴える。都市封鎖が始まる前は事あるごとに建設現場で仕事を請け負い、決して安定してはいなかったものの、家族を養うために力を尽くすことはできた。

2019年2月、故郷であるハマー県が激しい砲撃を受けたため、同キャンプに避難したカマルさん。現在は両親と12人の家族と共に、2つの隣り合わせになったテントで暮らしている。

シリア北西部のイドリブ県には、人口の半分にあたる200万人以上が国内避難民として暮らす。1万6000人の住民がいるこのキャンプでは、時として6平方メートルほどの狭いテントのなかで、親戚家族が共に住まう。

過密状態のキャンプでは、新型コロナの感染リスクが高い上に、自主的な隔離は不可能に近い。人びとはタンクに貯められた水を共同で利用しているため、こまめな手洗いも困難だ。

アブ・ダリ・キャンプで、MSFが配布した1000個の衛生キットを受け取るために並ぶ人びと © MSF
アブ・ダリ・キャンプで、MSFが配布した1000個の衛生キットを受け取るために並ぶ人びと © MSF

マスクが買えず登校できない

ウンム・フィラスさん(39歳)も一家の大黒柱として、前述のカマルさんと同じ苦境にある。夫は1年余り前の空爆で重傷を負い、半身不随となったため働けずにいる。

数カ月前まで、ウンムさんは他の住民のテントを改装したり、マットやシーツを修繕したりして、夫と9人の子どもたちを養っていた。だがいまは家族が必要とする収入と、外に出て働く危険を天秤にかけなくてはならない。「感染して、子どもたちにうつしてしまうのではないかと恐れています。でも仕事を探さないわけにはいきません」とウンムさんは言う。

9人いる子どものうち、3人の娘が学校に通っている。シリア北西部の学校では、感染対策として生徒たちにマスクの着用を求めるようになった。薬局で買えるマスクの値段は1トルコリラ(約13円)。だが、その費用さえ出せない親は多い。

「教師は『マスクを着けるように』と言いますが、それに娘たちがどう応えられるというのでしょうか。私はマスクを買ったことがありません。パンを買うのがやっとですから。選べるときは、いつもパンにしています」

マスクを買う余裕がないばかりに、子どもの通学をやめさせる親たちも現れた。そのためいくつかの学校は、古い布の端切れで顔を覆うことでも受け入れることにした。

行き場がなく立ち往生する人びと

長年の紛争によって打撃を受けてきたシリア北西部の医療体制は、新型コロナの流行で新たな困難に直面している。400万人が住むこの地域でコロナ治療を行う病院は9カ所。ほかに軽症患者への基礎的な医療を担う隔離治療センターが、36カ所あるのみだ。

国境なき医師団(MSF)のロジスティクス・マネジャーのハッサンはこう話す。「イドリブ県は“吹きさらしの巨大な刑務所”と化しています。人びとは南にも北にも移動できず、この地に踏み留められているのです。誰もがいずれ自分も感染すると思っているようですが、ここの医療体制で対応できるように、感染爆発が起きないことを願うばかりです」

MSFはこの地方で、国立病院の新型コロナウイルス治療センターを支援するほか、避難民キャンプでの感染予防啓発や衛生キットの提供を行っている。

MSFは感染対策のため石けん、洗剤、バケツなどが入った衛生用品キットをシリア北西部各地で避難民に配布 © Abdul Majeed Al Qareh
MSFは感染対策のため石けん、洗剤、バケツなどが入った衛生用品キットをシリア北西部各地で避難民に配布 © Abdul Majeed Al Qareh

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