イタリアからの度重なる妨害と制裁──国境なき医師団、地中海での捜索救助活動の実態を訴える報告書を発表

2025年06月19日
移民・難民の人びとが乗っていた過密状態のボートが転覆し、海に投げ出された人びとの救助に当たる国境なき医師団(MSF)スタッフ。この後、45人全員が無事に救出された=2024年3月16日 © Simone Boccaccio
移民・難民の人びとが乗っていた過密状態のボートが転覆し、海に投げ出された人びとの救助に当たる国境なき医師団(MSF)スタッフ。この後、45人全員が無事に救出された=2024年3月16日 © Simone Boccaccio

地中海から海難捜索救助船を組織的に排除することは、リビアでの恐ろしい暴力から逃れてきた人びとの命綱を断つ行為だ──これは、国境なき医師団(MSF)が発表する報告書「死と隣り合わせの作戦:地中海中央部における妨害と暴力(Deadly Manoeuvres: Obstruction and Violence in the Central Mediterranean)」のまとめの一節だ。
 
報告書には、捜索救助船「ジオ・バレンツ号」に乗船したMSFスタッフが、2023年から2024年にかけて収集した医療データや、生存者の証言などが掲載されている。

ジオ・バレンツ号(奥)と移民・難民の人びとが乗っている小型ボート=2023年9月16日 © Stefan Pejovic/MSF
ジオ・バレンツ号(奥)と移民・難民の人びとが乗っている小型ボート=2023年9月16日 © Stefan Pejovic/MSF

エスカレートする制裁措置

アフリカや中東などでの紛争や混乱、迫害などから逃れるため、アフリカ北部のリビアを経由し、地中海を渡って欧州を目指す移民・難民が後を絶たない。小さなボートに大勢が乗った命がけの渡航で、海上で命を落とすケースも頻発している。MSFはこのような人びとの命を守るため、2015年以来、地中海中央部で捜索救助活動に取り組んできた。
 
しかし、移民・難民の入国を阻もうとするイタリア当局によって、2024年12月、ジオ・バレンツ号は運航の中止を余儀なくされ、現在も活動は中断されたままだ。

報告書には、救助活動にさまざまな制約を加える、いわゆる「ピアンテドージ令」や、遠方の港への寄港指定といったイタリアの厳しい法律と政策のもと、2年以上にわたって捜索救助を続けてきた中で活動が著しく制限され、最終的に中止に追い込まれた経緯が詳細に記されている。

ボートからジオ・バレンツ号へ救助される人びと=2024年9月19日 © Mohamad Cheblak/MSF
ボートからジオ・バレンツ号へ救助される人びと=2024年9月19日 © Mohamad Cheblak/MSF


こうした制限の影響により、2024年にジオ・バレンツ号が救助した人びとの数は、2023年の4646人から2278人に半減した。それにもかかわらず、医療機関への紹介件数、特に緊急性の高い事案は14%増加しており、救助された人びとのうち、重篤な状態にあり、陸上での専門的な治療を必要とした人が大幅に増加したことを示している。

 
「ピアンテドージ令は、民間の捜索救助活動を妨害するための、これまでにないほど構造化された制度的な仕組みです」と、MSFの海難捜索救助活動責任者、フアン・マティアス・ギルは言う。

これらの制裁の影響は年々悪化しており、MSFの救助活動の能力はことごとく奪われ、意図的に妨げられてきました。

フアン・マティアス・ギル MSF海難捜索救助活動責任者

転覆したボートから救出された赤ちゃん。安全と保護を求める人びとが小さなボートで身を危険にさらしながら地中海を航海している=2024年3月16日 © Simone Boccaccio
転覆したボートから救出された赤ちゃん。安全と保護を求める人びとが小さなボートで身を危険にさらしながら地中海を航海している=2024年3月16日 © Simone Boccaccio

海上での暴力や強制送還の実情が明らかに

報告書にはリビアからの脱出に成功した人びとの証言も紹介されており、彼らが海上で受けた暴力や、リビアへの強制送還の実態が記録されている。これらは、欧州への到着を阻むための「外部化政策」の一環として行われているものだ。
 
「私たちがこれまでに収集した証言やデータ、証拠は、イタリアとEUがリビア沿岸警備隊や武装勢力と共謀し、人びとを阻止して、強要や虐待の連鎖へと押し戻している現状を明らかにしています」とギルは説明する。

ジオ・バレンツ号の船内で、MSFスタッフと遊ぶ子ども=2024年9月22日 © Mohamad Cheblak/MSF
ジオ・バレンツ号の船内で、MSFスタッフと遊ぶ子ども=2024年9月22日 © Mohamad Cheblak/MSF


MSFの医療データによると、2024年、ジオ・バレンツ号で心理士が診察した124人全員が、旅の途中で身体的、心理的な暴力の被害に遭ったと報告している。その半数は、主に「拘禁施設」で虐待を受けたと話した。

報告書では最後に、イタリア当局に対し、海上での人命救助活動を妨害する行為や、NGOの捜索救助船に対する制裁の即時停止を強く訴えている。

また、EUおよびその加盟国に対し、リビア沿岸警備隊への財政的・物質的支援を直ちに停止し、人びとをリビアに強制送還することを意図的に助長する行為を止めるよう求めている。

ジオ・バレンツ号の前で「救助は犯罪ではない」というメッセージを掲げるMSFスタッフ=2024年9月25日 © Mohamad Cheblak/MSF
ジオ・バレンツ号の前で「救助は犯罪ではない」というメッセージを掲げるMSFスタッフ=2024年9月25日 © Mohamad Cheblak/MSF

地中海におけるMSFの海難捜索救助活動

MSFは2015年以来、地中海中央部で海難捜索救助活動に取り組んできた。単独または他のNGOとの連携により、これまでに8隻の船を運航し、9万4000人超を救助した。2021年6月から2024年12月まで捜索救助船「ジオ・バレンツ号」を運航、190回の救助活動で1万2675人を救助し、安全な場所に運んだ。この間、24人の遺体を収容し、1人の分娩を介助した。
 
2023年1月、導入した内務相の名から通称「ピアンテドージ令」と呼ばれる2023年政令第1号が施行された。これはイタリアで民間救助船にのみ適用される新たな規則で、違反に対する制裁措置が定められた。制裁は、船舶の港での20日間の拘留(強制停泊)から没収まで、段階的に強化される内容となっている。
 
ピアンテドージ令の施行以来、ジオ・バレンツ号には4回にわたって制裁措置が科され、計160日間、港での拘留を命じられた。また、イタリア当局の妨害行為により、2022年12月から2024年12月まで、救助した生存者を下船させるために、シチリア近郊の港ではなくイタリア北部の遠隔地までの航行を余儀なくされた。その結果、ジオ・バレンツ号は追加で6万4966キロメートルを航行し、海上での航行を163日延長せざるを得なかった。

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