「僕は、生きている」──拷問を生き延び、地中海を渡った難民・移民の“痛み”と“希望”
2025年07月07日
暴力や貧困から逃れるために欧州を目指す難民・移民が、通過する国で拷問などに遭う被害が一向に止まらない。
地中海に面するイタリアは、北アフリカの沿岸から海路でやって来る人びとの主な上陸地。2024年はたどり着いた移民ら約20万人のうちおよそ3割を受け入れた。 だが、その多くは道中のリビアやチュニジアで激しい虐待を受けていた。
国境なき医師団(MSF)はイタリア南部パレルモで約5年前から、心身に深い傷を負った難民・移民の回復プログラムを続けている。人びとはセラピーなどの支援を通じ、それぞれの人生を取り戻そうとしている。
痛みの中に咲く希望
テーブルの上に、白と青の2色の紙箱が置かれている。中を開けると、巻かれたロープやさまざまな大きさの石、色とりどりの花、ろうそくが入っていた。
MSF心理士のグラツィア・アルメニアがロープをほどいて床に伸ばし、何かを始めた。

「苦しみ」の度にロープの上に置かれる石。「素晴らしい瞬間」を象徴する花。「喪失」を表すろうそく。そして一番端には、大きく鮮やかなピンクの花が置かれた。

これはMSFがパレルモで提供しているセラピーの様子。患者は石や花を組み合わせて自身の人生を表現することで、過去を見つめ直し、傷ついたアイデンティティーを癒すことができる。
グラツィアによると、激しい暴力を受けた難民・移民は時間の感覚を失い、被害に遭った瞬間だけが永遠に心に残るという。セラピーでは、患者と信頼関係を築くことから始め、再び自分で物事を決められるような安心できる空間をつくる。
グラツィアは患者に優しく語りかける。
生きている限り、物語は続きます。石の中にもたくさんの花があり、ロープの最後には必ず一輪の花が咲いているのです。
グラツィア・アルメニア MSF心理士
見えない傷、消えない記憶
性別は男性が75%と多くを占める。一方、女性は80%が性暴力を受けており、その多くは他の形態の拷問も伴っており状況は深刻だ。さらに、男性自身が性暴力に遭うケースや、目の前で妻や姉妹が被害を受ける事例も報告されている。
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患者の82%は通過国で拷問を受けた経験があり、最も多かった国はリビア(108件)、次いでチュニジア(41件)だった。さらに発生地のうち36.5%は、イタリア政府などが「安全な出身国」として送還の対象としているコートジボワールやガーナ、エジプトといった9カ国で起きていた。

拷問は、殴打やむち打ち、やけど、爪をはがすこと、感電、性暴力、窒息──など多岐にわたる。被害者は身体面だけでなく、心にも深い傷を負う。患者のうち67%が心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しみ、不安やうつ、悪夢、孤独といった症状を抱えている。
MSFの心理士、モニカ・ルガーリは「人びとは拷問によって傷つき、心を閉ざします。私たち支援者の仕事は、彼らの内で壊されたものを再び作り直し、人間らしさを感じられるようにすることなのです」とケアの必要性を強調する。
僕は、生きている
「もう人を信じられなかった。イタリアに着いたとき、私は不安で泣いてばかりいました」
コートジボワールからパレルモに逃れてきたオリヴィエは声を振り絞る。故郷と通過国の両方で拷問に遭い、心身は深く傷ついた。
「今でもたまに生きている実感が湧かなくなりますが、調子は徐々に良くなっています。セラピーは私にとって大切な癒しなんです」とほほ笑む。

自身の境遇をこう振り返るのは、ガンビア出身のカリファ。優しい目と恥ずかしそうな笑顔が印象的な、まだあどけない青年だ。

カリファは母国を出発した後、セネガル、マリ、アルジェリア、リビアを経由して欧州を目指した。リビアでは何カ月も拘束され、複数の収容所で拷問を受けた。「僕の目の前で人びとは殺され、女性は性暴力に遭った」と証言する。
過酷な体験を経てたどり着いたイタリア。到着時は命に関わる重篤な状態で、心臓移植の手術を受けて一命をとりとめた。「僕は今も生きているんです」。カリファは体力が戻ってきた現在、この言葉を確かめるように何度も繰り返す。
カリファは2024年10月からパレルモでMSFのケアを受け、心の傷を癒している。現在は歌を作ったり、裁縫の講座に通ったりして暮らしている。将来は、異なる文化を持つ人びとの橋渡しになるような存在になることを夢見ているという。
カリファの目は希望に満ちている。
まだできないこともあるけど、これからは働ける。美しい場所を見られる。小さな瞬間だって楽しめる。だって、僕は生きているんですから。
カリファ ガンビア出身/MSFの支援対象者
