欧州の難民政策、中東やアフリカから逃れた人びとの苦しみが続く

2022年03月28日
地中海を10時間以上漂流し、MSFにより救助された人びと。過密状態の木造船の底で10人が死亡していた=2021年11月<br> © Virginie Nguyen Hoang/HUMA
地中海を10時間以上漂流し、MSFにより救助された人びと。過密状態の木造船の底で10人が死亡していた=2021年11月
© Virginie Nguyen Hoang/HUMA

中東やアフリカ、アジアからの難民・移民の受け入れに対して、欧州連合(EU)の加盟諸国は厳しい姿勢を取っている。地中海では、命がけで欧州を目指す人びとの人命救助に対応しないばかりか、リビアへの強制送還を強化。またギリシャでは、欧州に逃れて来た人びとを劣悪な環境の施設に封じ込めている
 
人びとを追い詰めている欧州の政策に対し、国境なき医師団(MSF)のギリシャ事務局長とアドボカシー・マネジャー(地中海担当)が、連名で論説文を発表した。

苦しみを生み出すEUに戦慄

MSFギリシャ事務局長 クリスティーナ・プサラ
MSFアドボカシー・マネジャー(地中海担当) リザ・パパディミトリウ

リビアで拘束された16歳のある少年は、監獄から解放されるために必要なお金を払うことができず、連日殴られた上、強制労働を強いられた。そして何とか欧州へ逃れようと、ぼろぼろのボートに乗って命がけで地中海を渡ろうとした。ある若い女性は、トルコで監禁され、強制的な売春と連日のレイプに苦しみ、安全を求めて欧州へ逃れようとした──。
 
このような人びとに、欧州はどう応じてきたのだろうか。

欧州各国がそれぞれの国境で行ってきたのは、逃げてきた人びとの収監、金網と壁の設置、手の込んだ監視システムの構築、音響兵器による威嚇、理不尽な制度の構築、難民の権利の剥奪、そして、人道援助の取り締まりだ。

恐ろしい暴力から逃れて欧州に来た人びとが、今度は制度による暴力の犠牲になっているのだ。世界の難民の数は8200万を超え、史上最多となった。相次ぐ紛争、新型コロナウイルスをはじめとした感染症の流行、貧困、環境危機、自然災害への対応に世界が追われる中、EU各国の首脳たちは、自らが取ってきた移民・難民政策の過ちを認めようとしていない。

各国にとって、安心・安全と保護を求める人びとを助けようとする原動力は何だろうか。道義的責任感がその力にならないのであれば、理性が力になるはずだ。

幼い子どもや妊婦が地中海で救助されることもある=2021年8月 © Avra Fialas/MSF
幼い子どもや妊婦が地中海で救助されることもある=2021年8月 © Avra Fialas/MSF

イタリアは地中海での救命活動から手を引くにあたり、逃れて来た人びとをリビアの沿岸警備隊がリビアに強制帰還させることを後押しするようになった。これは2017年のイタリア・リビア間の取り決めにもとづいている。先駆けのEU・トルコ合意よりもはるかに粗雑な内容で、強制帰還のための技術・物資面の支援の提供のほか、さらに一歩踏み込み、地中海を監視と軍事化の中心としている。

リビアには2020年までに、欧州近隣機構(European Neighborhood Instrument: ENI)と、「アフリカのためのEU 緊急信託基金(EU Emergency Trust Fund for Africa: EUTF)」を通じて、約7億ユーロ(約895億円)が提供された。EUは同様に、トルコにも、2021年から30億ユーロ(約3861億円)の追加供与を約束している。また、EU加盟国は欧州対外国境管理協力機関(FRONTEX)に約10億ユーロ(約1287億円)を充当。地中海での監視活動にも充てられているが、毎年何千人もの人びとが命を落とすのを見守っているだけだ。

ギリシャは2015年以降、EUから30億ユーロ(約3861億円)以上の支援を受けている。しかしギリシャ政府は昨年、難民申請者の住居計画への支出を最大30%も削減した上に、難民として認定された人たちと申請が通らなかった人たちへの現金支給と食料支援を停止。2016年以降、ギリシャを目指す途中で命を落とした人は800人を超える。

移民や難民・難民申請者へ暴力を犯している者に対して、EUの諸機関は説明責任を問わないできた。時間のかかる司法制度に基本的な権利の保護を任せるか、個々の加盟国に責任を押し付けてきたのだ。

その結果、名指しされた国が、人道援助活動を犯罪扱いすることで妨害したり、手続き上のハードルを上げたりすることによって、人道援助が介入できる余地がなくなり、どんな非道な行為が行われているのかが見えなくされている。これでは犯罪行為に声を上げることもできない。

ギリシャ・サモス島で人びとが留め置かれる施設。劣悪な環境だ=2021年5月 © Evgenia Chorou/MSF
ギリシャ・サモス島で人びとが留め置かれる施設。劣悪な環境だ=2021年5月 © Evgenia Chorou/MSF

EU加盟国は、主にサハラ以南のアフリカ、北アフリカ、中東、アジアから来た人びとを欧州から締め出すための交渉カードとして、欧州内での人びとの移住や、保護、人道回廊を用いるようになった。欧州社会の排外的な層をなだめるように、人種差別的な国境管理制度が敷かれつつある。

現在の欧州は、その歴史の最も恥ずべき時代を経て設けられた保護制度を残らず解体する口実として、移民・難民問題を利用し、何度も危機を作り直そうとしている。首脳たちは良識からさらに遠ざかるように、EU・トルコ間、マルタ、イタリア・リビア間、モロッコ・スペイン間などの協定による、例外的な移民・難民対応制度の複製と定着を目指している。

欧州は、自らの政策が移民・難民の心身の健康と地域社会にもたらす打撃も、住民の分断も、かたくなに認めようとしない。保護義務も完全に無視されている。欧州の大勢の人びとが難民にならざるを得なくなったら、一体どうするのだろう?

EU圏と域外諸国との間の国境線では、基本的な権利が認められず、人命を危険にさらす行為が常態化している。欧州の歴史はいま、茶番劇ではなく、悲劇を再演しようとしているのだ。

MSFは今後も、人びとの苦しみを少しでもやわらげ、欧州の政策が負わせた傷口を縫い続ける。また、危険な移動で命が失われることを防ぎ、人びとの尊厳と主体性が回復されるよう取り組んでいく。しかし、結局のところ、病んだ政治を治療することはできない。欧州の人種差別的で非合理な国境警備体制が完全になくならない限り、また何千人もの人びとが、暴力と責め苦と死のサイクルに落とされ続けることになるだろう。

私たちの世界の良心に勝ち目がないのなら、世界の理性が勝たなくてはならない。
 

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