【ガザ、紛争激化から2年:海外派遣スタッフ・インタビュー】「泣くのは紛争が終わったとき」──極限のガザで見た人びとの静かな強さ

2025年09月29日
栄養失調で来院した赤ちゃんの体重をチェックする倉之段千恵(左) © MSF
栄養失調で来院した赤ちゃんの体重をチェックする倉之段千恵(左) © MSF

爆撃の音が響き、がれきと化した街にテントが密集する──破壊が進むパレスチナ・ガザ地区で、特に子どもや母親など弱い立場の人びとは最も過酷な状況に置かれている。
 
2024年2月から約1カ月、そして2024年12月から2025年2月にかけて、国境なき医師団(MSF)の看護マネージャーとして現地に派遣された倉之段千恵は、極限の環境下で暮らす母子の姿を目の当たりにした。
 
診療所に通う母親たちは、自身も低栄養状態にありながら、子どもを守るために懸命に生きている。避難先のテントから出勤するパレスチナ人の現地スタッフもまた、日々の不安と向き合いながら支援を続けていた。

「泣くのは紛争が終わったとき」──同僚の現地スタッフが語ったその言葉が示す覚悟、そして希望とは。

前回のガザ派遣時の記事はこちら

倉之段 千恵(くらのだん・ちえ)

千葉県出身。愛媛大学医学部看護学科卒。看護師として東京医科大学病院などで勤務した後、2017年よりMSFに参加。これまでアフガニスタン、イエメン、イラク、バングラデシュなど多くの地域で活動に従事。ガザへは2024年2月以来、今回が2度目の派遣。 

不安定から適応へ──人びとの変化

──2度目の派遣(2024年12月~2025年2月)のとき、ガザの街や人びとの様子について、前回(2024年2月~3月)と比べてどのような違いを感じましたか? 

ガザの診療所にて © MSF
ガザの診療所にて © MSF
前回よりも、さらに建物が壊されていて、至るところでテントがひしめき合っていました。まさに「密集している」という印象でした。
 
ガザへ入ってからMSFの宿舎までは地上作戦があった南部の街ラファを、宿舎から勤務先の診療所までは激しい攻撃を受けたハンユニスやデールバラハの街を、車で通りました。
 
その道中は、本当に「がれきの中を進む」といった感じでした。大地震など、災害が起きた後にそういう光景を目にすることがあると思うのですが、それよりもひどいと思わせるような破壊のされ方なのです。
激しく破壊されたガザ地区ラファの街=2025年1月21日 © MSF
激しく破壊されたガザ地区ラファの街=2025年1月21日 © MSF


しかし、このような惨状を人びとは受け止めているように感じました。前回の時は、紛争が激化してからまだ日が浅く、イスラエル軍から退避要求が出て移動せざるを得ない、家族と離れ離れになる、通信状況が悪くて電話も通じない──そんな大きく変わってしまった環境で、人びとの精神状態が不安定になっているのが手に取るように分かりました。

今回はそれから1年ほど経ち、人びとは状況を理解したというか、この中でどう暮らしていくかという方向性が定まったように見えました。MSFの病院も同様で、最初は手探りの状態でしたが、もはや何が必要で何をすべきかがスタッフの中で明確になったようでした。

もともとガザは教育熱心で、医療レベルも低くない地域です。

そういう国民性もあってか、最初はみな混乱していたものの、こんな状況でも生きていくんだ、という強い芯ができたように見受けられました。

多くの建物ががれきと化したラファの街で、所持品を探す人びと=2025年1月21日 © MSF
多くの建物ががれきと化したラファの街で、所持品を探す人びと=2025年1月21日 © MSF

治せるのに治せない 物資不足が招く限界

──看護マネージャーとして、どのような活動をしましたか?
 
3つの診療所を行き来しながら、外来患者の対応を行いました。大きい診療所には毎日500~600人もの患者さんが訪れ、中でも私が主に担当していた小児科の栄養失調プログラムには日々80人以上の子どもたちが来ていました。

また、妊婦さんや出産後のお母さんもたくさん来院していました。産前産後は赤ちゃんのためにもしっかり栄養を取らなければいけない時期ですが、食べ物がないためお母さん自身が低栄養に陥っているケースも本当に多かったです。

倉之段が活動していたガザ南部マワシ地区にあるMSFの診療所=2024年3月29日 © Mariam Abu Dagga/MSF
倉之段が活動していたガザ南部マワシ地区にあるMSFの診療所=2024年3月29日 © Mariam Abu Dagga/MSF


──活動中、困難を感じたことはありましたか?

辛かったのは、こういった状況を目の当たりにしても、物資がなくて限られたサポートしかできなかったことです。例えば、本来なら5日分処方したい薬が、3日分しか出せない。紛争が激化する前は普通に手に入った栄養剤が、提供できない。いつ入荷するかも伝えられない。こういった問題がありました。

薬と栄養剤さえあればほとんどが回復する症状なのに、ないから治らない──治す方法はあるのに、何もできないジレンマは本当に心苦しかったです。

妊婦さんや子どもは病院に来るだけでも大変です。朝早くから並んで、ようやく受診したのに、何も受け取れずに帰らなければならない彼らの気持ちを考えると、申し訳ない思いでいっぱいになりました。

でも、それに対して怒りや憤りを見せる患者さんはいませんでした。周りを見れば納得せざるを得ない、と感じていたのだと思います。

栄養失調の診察を受けるために並ぶ人びと=2025年8月12日 © MSF
栄養失調の診察を受けるために並ぶ人びと=2025年8月12日 © MSF

「泣かない」と決めた女性 過酷な日常に光を

──現地で一緒に働いたパレスチナ人のスタッフは、どんな状況でしたか?

現地スタッフの「一生懸命、働く」という高い意識には、いつも驚かされました。彼らの中には、家を追われ避難先のテントから出勤している人もいました。自身も傷ついたり落ち込んだりすることが多くあるはずなのに、「誰かを助けたい」という思いの強さが忘れられません。
 
中でも印象に残っているのは、一緒に働いた看護師の女性です。5人のお子さんのお母さんでもある彼女は、「お腹がすいた」と言って泣きそうな我が子を見ると、自分の不甲斐なさにやりきれない思いだと話してくれました。そして、自分も精神的にかなり追い込まれているけれど、泣きたくはない、と言うんです。

そんな姿を子どもに見せたくない、そんな感情を周りに感染させるべきではない、と。そして、「私が泣くのは、紛争が終わったとき。だから今は頑張って働くのだ」と──。

ガザ南部マワシ地区の診療所で、銃撃された少年の手当てをするMSFの救急チーム=2025年7月10日 © Nour Alsaqqa/MSF
ガザ南部マワシ地区の診療所で、銃撃された少年の手当てをするMSFの救急チーム=2025年7月10日 © Nour Alsaqqa/MSF


また、食料の配給所では子どもと遊びながら待つなど、テント暮らしが少しでも楽しくなるような工夫をしていることも語ってくれました。

過酷な日常が普通になってしまっているけれど、子どもにはそういうことがない時代を過ごしてほしい──そんな彼女の心持ちが本当に素敵だと思いました。

子どもの心のケアという点では、MSFの診療所でカーニバルが毎週開催されていました。毎回たくさんの子どもたちが集まってきて、スタッフとワイワイ騒いで遊ぶんです。MSFはこういう場を通して、子どもが悲惨な状況にのみ込まれないように、気持ちを少しでも別の方向に向けさせるという活動もしていました。

MSFがマワシ地区の診療所で行っている「カーニバル」に集まった子どもたち。遊びを通じて、トラウマや痛み、湧き上がる感情の対処法を学ぶ=2024年3月29日 © Mariam Abu Dagga/MSF
MSFがマワシ地区の診療所で行っている「カーニバル」に集まった子どもたち。遊びを通じて、トラウマや痛み、湧き上がる感情の対処法を学ぶ=2024年3月29日 © Mariam Abu Dagga/MSF

停戦だけでは終わらない苦しみ その先にも目を向けて

──現在のガザの状況について、どのように感じていますか?
 
私がいた時ですら、こんな場所があるのかと非常にショックでした。爆撃音が響いて建物が壊されるとか、退避要求が出た場所に砲撃が続くという状況を何度も目にしました。

ただ、今ニュースで流れているような、配給所やシェルターにまで攻撃が及んでいるというのは、何と言ったらよいのか──もう安全な場所はどこにもないですよね。
 
ガザではいつも命が危険にさらされていて、現状を変えるにはまず停戦が大前提だと思います。

ただ、たとえ攻撃が止んだとしても、栄養失調の子ども、お母さんが回復するには時間がかかりますし、物資がなければどうにもなりません。

停戦だけでは、一番弱い立場にいる人びとの苦しみは変わらないのです。

紛争が激化する前の状況に戻るには、まず物資が入るようになることが重要で、そのうえでこの先何十年とかかると思います。

日本の方々や国際社会には、停戦のその先についても、ぜひ目を向け続けてほしいです。

栄養失調の子どもを病院に連れて来た母親たちもまた、低栄養状態であることが多い。彼らが回復するには長い時間がかかる=2025年8月12日 © MSF
栄養失調の子どもを病院に連れて来た母親たちもまた、低栄養状態であることが多い。彼らが回復するには長い時間がかかる=2025年8月12日 © MSF

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