奪われる土地、生活、未来──ヨルダン川西岸地区で進む「民族浄化」の危機

2025年09月08日
イスラエル軍によって破壊されたパレスチナ・ヨルダン川西岸地区にある住宅。国境なき医師団(MSF)のスタッフががれきの中を歩いて視察する=2025年8月3日 © MSF
イスラエル軍によって破壊されたパレスチナ・ヨルダン川西岸地区にある住宅。国境なき医師団(MSF)のスタッフががれきの中を歩いて視察する=2025年8月3日 © MSF

パレスチナ・ヨルダン川西岸地区のあらゆる地域で、多くのパレスチナ人がイスラエル軍や入植者によって家やコミュニティから追放されている。この状況を目の当たりにしてきた国境なき医師団(MSF)は、西岸地区においてパレスチナ人に対する「民族浄化」の危険性が著しく高まっていると警告する。

36年にわたりパレスチナで医療や心のケアを提供してきたMSFの歴史の中で、イスラエルによる占領がもたらす苦しみがこれほどまでに日常化している状況は初めてだ。人びとを排除し、帰還の可能性を完全に断つことを目的とした、あからさまな政策と行動が行われている。

MSFはイスラエルと政治的、軍事的、経済的に密接な関係を持つ第三国、特に米国やEU加盟国に対し、パレスチナの人びとを傷つけ、強制的に追放する行為を止めさせるため実効性のある圧力をかけるよう、強く求める。そして、国際法違反である占領を終わらせるよう訴える。

拡大し、激化する追放の戦略

「ここ数年、イスラエルと入植者がパレスチナの人びとに対する暴力と支配を強めているのは明らかです」と、西岸北部のジェニンとトゥルカレムでMSFのプロジェクト・コーディネーターを務めるシモーナ・オナイディは言う。

「ガザ地区ではジェノサイド(集団殺害)が起こり、西岸地区では軍事的弾圧と入植者による暴力が激化しています」

こうした行動は、より広い意味での「入植者による植民地化」の一環です。パレスチナ人のコミュニティが強制的に追い出されることで「民族浄化」が進み、人口構成が永久的に変えられてしまう危険性があるのです。

シモーナ・オナイディ MSFプロジェクト・コーディネーター

先日イスラエルで承認された「E1入植計画」は、西岸地区を北部と南部に分断するとともに、東エルサレムを西岸地区の他の地域から切り離すことになる。これは、西岸地区に暮らすパレスチナ人の未来を完全に断とうとするイスラエル当局の思惑が、近年で最も明白に表れている試みの一つだ。

国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)によると、今年の初めから続くイスラエル軍の「鉄の壁作戦」により、西岸北部で4万人が強制的に追い出された。3つの難民キャンプが激しい攻撃にあい、人びとはみな退去させられた。住宅や学校、医療施設などのインフラも破壊され、排除が恒久化する恐れが高まっている。

これに対し、MSFはトゥルカレムとジェニンの42カ所に移動診療チームを派遣し、地元保健省の診察所も含め医療支援を行うとともに、避難民に必要な救援物資を届けた。

破壊された自宅を見つめるパレスチナ人の男性。「何の警告もなく取り壊されました。生涯の貯蓄を全て失った今、私には何も残っていません」=2025年8月3日 © MSF
破壊された自宅を見つめるパレスチナ人の男性。「何の警告もなく取り壊されました。生涯の貯蓄を全て失った今、私には何も残っていません」=2025年8月3日 © MSF

繰り返される住宅破壊、癒えぬ心の傷

2023年1月以降、イスラエルによる住宅の破壊により、6450人のパレスチナ人が退去を強いられている。2025年4月と5月だけでも、MSFは西岸地区南部ヘブロンの12カ所で、住宅を失った人びとに物資の支援と心のケアを提供した。ヘブロンでは少なくとも、97人の子どもを含む246人が強制的に排除されている状況だ。

これは、同時期に西岸地区で行われた住宅破壊のほんの一部に過ぎない。

「住宅の破壊や軍の侵入は初めてではありませんでしたが、今回は最も激しいものでした」とヘブロンに住むワルダさんは話す。

家を壊す前に、私物を取り出させてほしいと頼みましたが、拒否されました。彼らは私たちのものを家の外に出し、ブルドーザーで踏みつぶして破壊したのです。

ワルダさん ヘブロンの住民

入植者による襲撃は、そのほとんどが処罰されることなく、軍の保護下で行われているため、避難民の数は増え続けている。2023年初め以降、約2900人のパレスチナ人が、入植者の暴力や基本的なサービスへのアクセスを絶つための移動制限によって住まいを追われた。

また、ヘブロン南部にあるマサーフェルヤッタ地域の多くの村では、2025年6月以降、入植者による襲撃と軍の家宅捜索が毎日のように繰り返されている。

また、MSFはヘブロンの197世帯を対象に行った調査で、暴力を経験した人がいる家族は深刻な精神的苦痛を訴える可能性が2.3倍も高いことが判明した。過去3カ月間に少なくとも家族の1人が暴力を経験したと答えた家族は、28.1%に上った。

入植者による暴力により、23世帯が逃げることを余儀なくされた西岸地区の村=2025年8月3日 © MSF
入植者による暴力により、23世帯が逃げることを余儀なくされた西岸地区の村=2025年8月3日 © MSF

検問と水不足で圧迫される日常

西岸地区のパレスチナ人は、生活苦と追放を目的とした物理的な障壁にも直面している。例えば、検問所の増設による移動制限だ。2024年12月から2025年2月までのわずか3カ月間で、36カ所の検問所が新設された。さらに、不意に設置される一時的な検問所も116カ所(2023年10月~12月)から370カ所(2025年1月~4月)に急増した。

こうした制限は医療、教育、就労など基本的なサービスへのアクセスに直接的な影響を与えている。特に医療においては、専門的な治療が必要な人でさえ病院に行くことを諦めざるを得ず、MSFの移動診療を頼るようになっている。

さらに、水においても深刻な制限を強いられている。2025年5月以降、イスラエルの水道会社がヘブロンへの主要なパイプライン2カ所からの供給を大幅に削減し、この地域での公共水道の供給量は50%以上減少、約80万人に影響が及んでいる。

MSFは入植者による水道管の切断に関しても報告しており、2025年8月には南ヘブロンの丘陵の村で発生した事例で、50%が水不足に陥ったことを確認している。

これらの地域では広い範囲で水のニーズが非常に高まっており、MSFの緊急対応だけでは不十分だ。そこでMSFは、南ヘブロン丘陵の人びとに30基の貯水タンクを届け、限られた給水車の水を貯蔵するための支援も行っている。

西岸地区内を通る主要幹線道路。しかし、イスラエル軍によってパレスチナ人の通行は禁止されている=2025年8月3日 © MSF
西岸地区内を通る主要幹線道路。しかし、イスラエル軍によってパレスチナ人の通行は禁止されている=2025年8月3日 © MSF

生きることそのものを封じる占領政策

就労許可の取り消し、仕事へのアクセスを阻む移動制限、農業や牧畜への攻撃によって、パレスチナ人の生計はますます脅かされている。イスラエルはこうした措置を通じて、彼らが自立した生活を維持する力を弱体化させているのだ。

「問題は家を壊されることだけではありません。土地も収入源も奪い、ここで暮らすこと自体を不可能にしようとしているのです」とマサーフェルヤッタの住民の一人は語る。 

この地域ではみな、農業や牧畜で生計を立てています。でも、入植者たちは羊を放牧することすら妨害してくるのです。ここに住み続けても生活が成り立たなくなってしまいます。

マサーフェルヤッタの住民

イスラエルが占領下の西岸地区で進めている併合を目的とした政策は、国際人道法および人権法に明らかに違反している。占領の終結こそが、パレスチナ人が直面している深刻な苦難を緩和するための唯一の方法だ。 

生計手段の一つである牧畜も入植者に妨害されていると住民は話す。「毎晩、羊を守るために眠らずに過ごしています。いつ襲撃されるか分からないからです」=2025年8月3日 © MSF
生計手段の一つである牧畜も入植者に妨害されていると住民は話す。「毎晩、羊を守るために眠らずに過ごしています。いつ襲撃されるか分からないからです」=2025年8月3日 © MSF
  • パレスチナ人の名前はプライバシー保護のため仮名を使用している。

この記事のタグ

関連記事

活動ニュースを選ぶ