「愛することは難しく、憎むことは簡単です」 占領下のパレスチナ 心的外傷にも苦しむ人びとの声

2022年05月18日
心のケアを行うMSFの診療所で、患者のラグダさんを抱きしめるMSFスタッフ © Alfredo Cáliz/El País Semanal
心のケアを行うMSFの診療所で、患者のラグダさんを抱きしめるMSFスタッフ © Alfredo Cáliz/El País Semanal

イスラエルによるパレスチナ自治区(ヨルダン川西岸地区とガザ地区)の占領以来、50年以上にわたり、パレスチナの人びとは度重なる心的外傷を体験してきた。また、失業や経済の衰退、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により、パレスチナ全域で人道ニーズは高まっている。

ヨルダン川西岸地区では、イスラエル当局がパレスチナ人を組織的に弾圧し続けた結果、家の取り壊しや強制移住、イスラエル人入植者による暴力が増加。このような経験は人びとに長期にわたる影響を与え、特に、暴力を振るわれたことがあったり、占領・経済封鎖下の生活で精神的ダメージを受けていた場合には、なおさらだ。

国境なき医師団(MSF)は、ヨルダン川西岸地区とガザ地区で、中度から重度の心の不調や精神障害を患う男性、女性、子どもたちの心のケアを展開。繰り返される差別と暴力が、人びとの心におよぼす影響とは──。写真家アルフレード・カリスが、占領下のヨルダン川西岸地区を旅し、占領下で暮らす人びとが負った心の傷を記録した(※)。

※カリス氏の写真は、スペインの新聞『エル・パイス・セマナル』からの転載。

パレスチナの母親はみな、困難な状況の中で生きています。私たちは強くなりましたが……

ラグダさん

© Alfredo Cáliz/El País Semanal
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心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断され、MSFの治療を受けているラグダさん。2013年、イスラエル軍の支配下にあるヘブロン市のH2地区に家を建てたが、完成直後に違法建築の疑いで取り壊し命令を受けた。ラグダさんは再審理を申し立てたが、命令は延期されたままだ。
 
その1年後、ラグダさんの息子は10代の入植者ともみ合いになった結果、逮捕され、2週間を刑務所で過ごした。その間ラクダさんは息子に面会もできず、最終的に、息子は入植者や軍に近づかないよう警告された後、釈放。思春期の息子を守るため、ラグダさんは息子を町に出さないようにした。
 
2019年、ラグダさんは自分に助けが必要だと気がついた。「パレスチナの母親はみな、困難な状況の中で生きています。私たちは強くなりましたが、それが限界になり、助けが必要になります。周りの人たちを支え続けるためには、自分の心が健康でなくては」

私がしっかりしていていなければなりません。私が弱ると家族も弱ってしまいます

ハルーンさんの母親ファリサさん

© Alfredo Cáliz/El País Semanal
© Alfredo Cáliz/El País Semanal

2021年1月1日、ハルーン・アブ・アラムさんは、イスラエル兵に首を撃たれ、一命を取り留めた。ただ、弾丸によって脊髄が傷つき、四肢麻痺となった。ハルーンさん一家が住むのは、ヘブロンの南にあるマセイファー・ヤッタと呼ばれる地域。伝統的な遊牧民であるベドウィンが暮らしてきた砂漠地帯であり、C地区の一部でもある。C地区は、1993年のオスロ合意によって定められたヨルダン川西岸地区の60%の地域で、完全にイスラエルの占領支配下にあるため、パレスチナ人が追い出されかねない状況にある。
 
ハルーンさんは、最初にヘブロンで、次いでテルアビブで入院。医療費はイスラエルの生活共同体「キブツ」が援助をした。ヘブロンにあるMSFの診療所で心のケアを受ける母親のファリサさんは次のように話す。「私がしっかりしていていなければなりません。私が弱ると家族も弱ってしまいます。ハルーンの世話をするのは私の務めですから」

たとえ傘一本しかなくてもいい。ここにとどまりたい

ネジメ・ナワジャーさん

© Alfredo Cáliz/El País Semanal
© Alfredo Cáliz/El País Semanal

イスラエルの人権NGO「ベツレム(B'Tselem)」によると、2021年、イスラエルはヨルダン川西岸でパレスチナ人の住宅199戸を取り壊した。ネジメ・ナワジャーさんの家も、この時に取り壊された。ネジメさんはMSFのもとで心のケアを受け、次のように語った。「惨めであっても心は強く感じます。自分を守ってくれるものがたとえ傘一本しかなくても、ここにとどまりたいです」

この地では、愛することは難しすぎ、憎むことはとても簡単です

シャーディさん

© Alfredo Cáliz/El País Semanal
© Alfredo Cáliz/El País Semanal

刑務所にいた頃、シャーディさんは拷問にかけられた。2019年、うつと怒りのため、心のケアを受けにMSFの診療所に。「この地では、愛することは難しすぎ、憎むことはとても簡単です。社会に溶け込めず、いつも不安で、生きていくのが嫌でした」とシャーディさんは話す。1年半の心のケアを経て、シャーディさんの心の状態は改善。最近、父親になったところだ。「苦悩の記憶を隅に追いやったんです」

私たちは恐怖の中で暮らしています

ランダ・アブ・シファンさん

© Alfredo Cáliz/El País Semanal
© Alfredo Cáliz/El País Semanal

イスラエルが支配するヨルダン川西岸地区H2地域に住む、ランダ・アブ・シファンさん。「私たちは恐怖の中で暮らしているため、みな心に何らかの影響を受けています」と話し、過激派の入植者たちから何度も攻撃を受けたという。娘の一人は、不安のためにMSFで治療を受けている。

イスラエル軍が支配するヘブロン旧市街、H2地区にある通路とアーチ © Alfredo Cáliz/El País Semanal
イスラエル軍が支配するヘブロン旧市街、H2地区にある通路とアーチ © Alfredo Cáliz/El País Semanal

H2地区に住むパレスチナ人は、日常的な暴力、軍隊による夜間の自宅侵入、嫌がらせ、検問所で待たされることなど、さまざまな形の卑劣な扱いに耐えている。
 
車や徒歩での移動が制限されているため、多くの住民、特に高齢者や障がい者、救急医療が必要な人びとにとって、医療は手の届かないものになっている。H2地区に住む約3万4000人のパレスチナ人は、いまも基礎的な医療を受けることすら困難な状況の中で暮らしている。

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