ケニア:HIV感染予防でカギ握る“キーポピュレーション”とは──心身の悩みに向き合う4人の当事者たち
2025年10月23日
エイズウイルス(HIV)感染対策の文脈で、重要な鍵を握る人びとの総称だ。さまざまな性的指向や性自認を持つ人たち、セックスワーカー、薬物使用者といった人びとが含まれる。
ケニア南部の都市モンバサでは、キーポピュレーションが医療機関で偏見や差別を経験することで、医療を十分に受けられていない問題が調査で明らかになった。
国境なき医師団(MSF)はモンバサで、キーポピュレーションのメンバー自身を「ピアエデュケーター」として育成している。同じような課題を持ち、仲間として教育やサポートをする人たちのことだ。
ここでは、実際にピアエデュケーターとして現地で活動している4人の声を紹介したい。
トランスジェンダーのピアエデュケーター ディー(仮名)
「ただ“自分”として生きたいだけ」
私は2019年からずっとセックスワーカーとして働いています。
当時の状況について、「家族は私に『お前は不吉な存在だ』と言い放ち、服を外に投げ出し、家から追い出しました」と振り返る。
拒絶され、住む場所を失ったディーは、生き延びるためにセックスワークを始めた。
ディーは「心理士と毎週水曜日に話せる時間がありました。MSFはなんの偏見も持たずに支援してくれたんです」と感謝の言葉を口にする。
ただ、自分として生きたい。それだけです。トランスジェンダーの人びとが安心していられる「安全な居場所」がほしいんです。
ピアエデュケーターがつなぐ、医療への架け橋
また、調査対象となったキーポピュレーションのうち、約半数が「医療機関で偏見や差別を時々または頻繁に経験している」と回答した。
さらに、「頻繁に偏見や差別を受けた」と答えた人びとが「医療へのアクセスが不十分である」と答える割合は、そうでない人に比べて3.6倍高いことも分かった。
MSFは、こうした状況を改善するために、キーポピュレーションのメンバー自身を「ピアエデュケーター」として育成している。
彼らは地域で使える医療サービスについて周知したり、基本的な健康情報を広めたりする活動を続けている。
ウガンダ出身のピアエデュケーター ブリジット(27)
「人は理解できないものを、恐れる」
ケニアでは、クィアの人たちは本当に多くの困難に直面しています。でもここなら誰もが歓迎され、自由に来られる場所なんです。クィアのコミュニティに関わるときは、まず安心感を与えることが大切です。そして伝えます。「私もあなたのコミュニティの一員です。あなたは“よそ者”じゃない」って。
この取り組みがどれほど人の人生を変えるか、ブリジットは何度も目にしてきた。
以前は恥ずかしがっていた仲間たちが、いまは自分から医療を受けに来るようになりました。「私はインターセックスです」「私はトランスジェンダー女性です」「医療を受けたい」。自分から言えるようになるのを見るたびに、希望を感じています。
シングルマザーのピアエデュケーター マディナ(28)
「大丈夫じゃなくて“大丈夫”」
マディナ(28)は、つらい離婚と、それに伴う偏見や差別を乗り越え、ピアエデュケーターとして活動するようになった。
両親は、私を息子と共に受け入れてくれました。でも、私の地域では離婚はタブー視されています。人びとは私に悪口を言い、陰で噂をしました。そのことで精神的に追い詰められ、命を絶つことまで考えました。
そんな彼女が立ち直るきっかけとなったのは、家族と、地域にある若者団体の支援だった。そこを通じて、ピアエデュケーターとして研修を受けられると知ったのだ。
「ピアエデュケーターとしての活動は、私の情熱です。私の身に起こったことは、あのときは知識がなかったことが原因だと思います。でもいまはその知識を共有することで、誰かの命を救えるかもしれません」
彼女が伝えたいメッセージは、シンプルでありながら、力強い。
「大丈夫じゃなくても大丈夫」。自分の心の健康を、いちばん大切にしてください。
セックスワーカーのピアエデュケーター サリー(仮名)
「健康だけは、お金で買えない」
サリーは信仰心のとても強い家庭に生まれた。しかし、家族は彼女の仕事を知らない。
「もし知られたら、きっと勘当されるでしょう」とサリーは言う。
深刻なのは、セックスワーカーが直面するジェンダーに基づく暴力だ。
それは心をむしばみ、精神をむしばみ、体をむしばみます。本当に疲弊します。そして多くの人が、最後には「死にたい」という気持ちを抱くようになるのです。
モンバサは宗教的な理由から多くの人びとがキーポピュレーションに否定的な態度をとる、保守的な地域だ。キーポピュレーションは自らのアイデンティティを隠さざるを得ないことで、つらい影響を受けやすい。
彼女はトラウマへの理解も深く、言葉や行動には常に細心の注意を払っている。
多くのキーポピュレーションは身を隠して生きています。病気になっても、自分のことを病院で話す勇気が持てないんです。人それぞれ、何が引き金になるかは違います。だから優しく接することが何より大切です。
サリーのメッセージは明確だ。そして、彼女にとってピアエデュケーターであることは、自分の中の「子どものころの自分」を癒すことでもある。
健康だけは、お金で買えない。たとえ億万長者でも、健康だけは買えないんです。だから、私はMSFの活動を全面的に支持します。健康がなければ、富も意味を持たないのです。私には、道を示してくれる人がいませんでした。だから思ったんです。「自分に足りなかったものを、今度は誰かに与えよう」って。
変化をもたらす人びと
私たちの活動は小さな一歩かもしれない。でも、それが認められることで、また次の新しい行動につながっていくのです。
ウガンダ出身のピアエデュケーター ブリジット




