新型コロナウイルス:フィリピン、人口過密のスラム街での感染拡大 貧困層の患者に求められるケアとは
2021年01月28日2020年12月時点で、新型コロナウイルス患者が45万人を超えたフィリピン。その半数近くが、人口が密集する首都圏一帯で確認されている。
国境なき医師団(MSF)は、首都マニラにある感染症専門のサン・ラザロ病院で薬や個人防護具などの医療物資を提供したほか、新型コロナに関する感染予防・制御の研修やデータ管理を支援。そこで見えてきたのは、多くの貧困層が暮らすスラム街で感染者が直面する問題と、心のケアの必要性だ。
ごみが散乱、下水は垂れ流し……スラム街の劣悪な住環境
世界でも有数の人口密集地域と言われるマニラ北西部のトンド地区には、大勢の人がひしめき合って暮らすスラム街が広がっている。MSFで感染管理専門看護師を務めるアレン・ボルハは、スラム街を訪れた時のことをこう語る。
「私たちが援助活動を行った地区には、5万5000人から6万1000人くらいの住民がいて、ほとんどの家は、ビニールシートと何本かの木材を組み合わせた簡素な造りでした。路上にはごみが散乱し、下水も垂れ流しです。道端で排泄する子どももいます。多くの家庭で薪を使って火を起こしているので空気の汚染がひどく、息苦しいほどでした」
不安、孤独、苛立ち 患者が抱える心の負担
「トンド地区のスラム街に住む人が新型コロナウイルスに感染した場合、患者を隔離するスペースがある家はほぼ皆無です」そう話すのは、MSFのソーシャルワーカーを務めるライカ・ルセナだ。
「感染者の多くが職を失い、収入源が絶たれたことで、最低限の生活に必要な物さえ手にすることができなくなってしまいました。仕事に就いている人も、コロナ禍の移動制限によって出勤できず、働けません。以前から生活困窮者が多いこの地区で、人びとは食べ物を手に入れることすら難しくなっているのです」
ルセナは続ける。「自宅隔離中の人の大半は、家族や周りの人にうつしてしまうという不安や、再びコロナに感染するかもしれないという恐怖に苛まれています。家族と会えない孤独から、苛立ちや無力感を覚える人も少なくありません」
患者の心に寄り添ったケアを
患者のこうした症状に対処するため、MSFは自宅隔離中の人を対象とした遠隔通信による心のケアを実施。病気に関する身体的・心理的な苦しみを和らげるためのアドバイスをするとともに、家族、友人とつながりを持つことを勧めている。
「私自身もコロナ患者だったので、このウイルスに感染した時の大変さを知っています。一人ぼっちで、誰も私に近づきたがりませんでした。孤独は本当につらいものです」
「医療のことについては何も分かりませんが、私なりに患者さんを手助けする方法を考えた結果、清掃を担当するすべての部屋で患者さんに話しかけることにしました。声をかけて、患者さんのことを知ろうと思ったのです」
さらにシロリオは、病室に食事を届ける仕事を買って出た。「食事を運ぶのは清掃係の仕事ではなかったのですが、早く食べてもらえるようにと、私が行いました。食事を持って病室に入ると、笑顔で『ありがとう』と言ってもらえるんです。患者さんが退院するときに、家族のいるところまで付き添ってほしいと頼まれることもありました」
MSF看護師、チェビ・セストソは言う。「私たちが行うのは、身体的な治療だけではありません。大きなショックを受けた患者さんを励まし、支え、そしてご家族にも安心してもらえるよう努めています。私たちの仕事は、患者さんを“支援”することなのですから」