新型コロナウイルス:手洗いすら困難なナイジェリアの避難民たち
2020年04月14日 10年以上にわたって政府と反政府勢力との武力紛争が続くナイジェリアのボルノ州。約150万人の国内避難民が生まれ、重度栄養失調、マラリア、はしか、コレラが集団発生してきた。そこに、新型コロナウイルス感染症という新たな恐怖が登場したのである。
現在、大勢の人びとが大混雑のキャンプで暮らしている。給水設備も衛生設備も乏しい。石けんと水は衛生管理に不可欠だが、その量は限られている。そもそもプライベートなスペースがほとんどないのだ。ボルノ州では、医療体制もほとんど機能しておらず、患者の搬送体制も整っていない。多くの人びとが病気のまん延によって健康を脅かされている状態が続いている。現在、3つの点が求められている。それは、(1)最低限の人道援助を維持すること、(2)国内避難民キャンプにおける給水設備と衛生設備を改善すること、(3)最前線で働く医療従事者に医療用防護具がゆき渡ること、である。
2014年以来、国境なき医師団(MSF)はボルノ州で活動してきた。この間、劣悪な環境に置かれた国内避難民たちの実情を証言してきた。彼らの多くは、水因性疾患や、肺炎などの呼吸器感染症など、人口密集地域につきものの病気を患っている。いずれも、新型コロナウイルス感染症と合わされば、生命を脅かしかねないものだ。
人道援助を続けていくために何をすべきか
新型コロナウイルス感染症は、すでに世界各地において、医療、経済、人びとに対して甚大な被害を与えている。ボルノ州もその例外ではない。それに、この感染症の問題を抜きにしても、ボルノ州への人道援助は今後も必要不可欠だ。あと1カ月で雨季が始まり、マラリアと栄養失調にかかる人びとも増える。マイドゥグリ、ンガラ、プルカ、グウォザにあるMSF病院は、週7日昼夜を問わず稼働しているが、雨期の間は、常に来院者であふれかえる。2019年だけを見ても、MSFは、ボルノ州において1万人以上の栄養失調と3万3000人以上のマラリア患者を治療した。MSFの救急処置室に搬送された人びとは4万人以上である。新型コロナウイルス感染症がMSFの受け持つ患者たちに及ぼす影響を軽視してはならない。しかし、一方で、今回の感染流行によって人道援助活動が縮小に追い込まれたら、それもまた深刻な惨事になることは間違いない。
MSFは、新型コロナウイルス感染症がまん延し、これらの感染リスクが最も高い人びとに影響を及ぼしていくことを強く懸念している。現在、このウイルスはナイジェリアにも広まっているが、MSFとしては、既存の救命医療活動を維持して、患者やスタッフたちを保護することを最優先に考えている。そのために、MSFの医療チームとロジスティックチームは、感染予防策を強化した。地域社会に向けて新型コロナウイルス感染症に対する自衛策を周知したり、手洗い場や隔離エリアを地域ごとに設置するほか、MSFのトリアージ基準を現地事情に合わせる措置を取った。全世界で医療物資の需要が著しく高まっているなか、医療従事者用の防護具を調達することが極めて困難となっている。しかし、最前線で働く医療従事者たちを保護し、患者たちの治療を続けていくためにも、我々はこの問題を解決していかなくてはならない。
清潔な水がなければ感染症は防げない
プルカにおいて、MSFは総合病院を運営しており、アウトリーチ活動、外科、産科、性暴力被害者の治療などを展開しているが、状況は悲惨だ。プルカは、ナイジェリア政府軍が支配する駐屯地域である。人口は約6万3000人。そのうち、78%は、2015年以来、少なくとも一度は避難した経験を持つ。プルカにある国内避難民キャンプで暮らす人びとは約2万7000人。人口は過密状態だ。水、食料、医療などの生活基盤は不足している。プルカでも、近隣にある軍の駐屯地域のグウォザでも、新規受け入れ用の一時滞在キャンプは大勢の人であふれかえっている。グウォザにある一時滞在キャンプの人口は、定員の3倍に達した。本来は2週間ほどの一時的居住のために設計されたものだが、プルカにある共同避難所では、数カ月、数年間にもわたって居住している人びとすら存在する。
最近、MSFが給水に関する調査を実施したところ、プルカで供給されている水の量は、毎日1人あたり11リットルにすぎなかった。これは、人道援助上の最低基準を大きく下回っている。健康と衛生維持には20リットルが必要とされているのだ。この11リットルのうち、塩素消毒されり、安心して飲める水は平均2リットルにとどまった。以前に実施された調査で、1人につき4.5リットルしかない事例も記録されている。
プルカ在住の避難民アジア・アダムさんは語る。「十分な量の水が欲しいなら、早起きしないと駄目ですね。私には子どもが7人いて、とにかく水が足りないことがあって──ご近所にお願いして飲み水を分けてもらうことさえあります。毎日、井戸の周りでは女性たちのいざこざが絶えません。全員に行き渡るほどの量はないと、みんな知っていますからね」
ボルノ州の州都マイドゥグリでも、給水設備の状況は大差ない。1999年から2011年にかけて、MSFはマイドゥグリにおけるコレラ流行に7回対応してきた。2018年には、ボルノ州、アダマワ州、ヨベ州に位置する18の地方自治体において、4000人以上がコレラと診断された。
MSFの活動責任者シハム・ハジャージュは語る。「ボルノ州においてMSFが活動している国内避難民居住地を見ると、その全てにおいて、基本的な給水設備・衛生設備が不足しています。それだけに、新型コロナウイルスの脅威が余計に高まっているのが実情です。設備不足に加えて人口も過密している。人口過密によって生じる病気に医療インフラ不足という悪条件が重なったため、住民の健康に危機が迫っているのです。新型コロナウイルス感染症の危険はもちろん、ほかの病気も脅威として存在し続けています。今回の新型コロナ流行によって、ほかの医療援助活動が中断に追い込まれる事態だけは、なんとしても避けなければなりません。こうした状況においても、従来の診療活動を続けなければ、人びとの命が奪われていくだけです」
新型コロナウイルス感染症の脅威に直面しているのは、ボルノ州の人びとだけではない。このウイルスがナイジェリアを直撃すれば、すでに紛争、病気、栄養失調の恐怖に耐え忍んできた多くの人びとの健康がさらなる危機にさらされることになる。彼らにとって、ソーシャル・ディスタンシングはたやすく実行できるものではない。欠かさずに手を洗うという行為にしても、貴重な水の浪費を意味するのである。ボルノの医療体制は脆弱である。そこに新型コロナ流行という脅威がもたらされたらどうなるかは明らかだ。彼らのためにも、人道援助はこれからも続けなくてはならない。さもなければ、命が失われていくのである。