細菌が顔を破壊する「水がん」 命をとりとめた子どもたちの未来を照らす再建手術

2019年01月09日

「携帯に入った息子の画像と今の息子を見比べると、胸が痛みます。とても受け入れがたくて……」。モハマドちゃん(2歳)の父親、グレマさんは沈痛な面持ちで語る。 

ナイジェリア・ヨベ州出身のグレマさんとモハマドちゃんナイジェリア・ヨベ州出身のグレマさんとモハマドちゃん

モハマドちゃんが体調を崩したのは、2週間ほど前。それが何の病気で、どの病院にかかればよいか分からずにいると、モハマドちゃんの顔はたちまち変形していった。国境なき医師団(MSF)の病院を紹介された時には既に感染が広がり、頬まで破壊されていた。今はものを食べることもできなくなり、栄養失調に陥っている。 

病気にかかる前のモハマドちゃんの写真を見せるグレマさん病気にかかる前のモハマドちゃんの写真を見せるグレマさん

「水がん(すいがん)」は、口の中の粘膜が病原菌によって破壊され、顔の表面にまで達して命を落とすこともある壊疽(えそ)性の口内炎だ。

栄養不良や不衛生な環境から引き起こされ、免疫力の低い幼児ほどかかりやすい。 

ヨベ州出身のアミナさん(18歳)は、幼少期に水がんを発症。頬に穴が開き、差別を受けてきたヨベ州出身のアミナさん(18歳)は、幼少期に水がんを発症。頬に穴が開き、差別を受けてきた

水がんは「アフリカ水がんベルト」と呼ばれるセネガル~エチオピアのサハラ砂漠沿いで多く見られるが、アジアや欧州、米国でも報告されている。

症状は歯肉炎と発熱から始まり、わずか数日で病原菌が頬の組織を食いつくし、顔面に穴を開ける。さらに感染が進むと鼻や目などに広がり、顔の部位が破壊されていく。 

水がんで上唇と頬が壊死した5歳の小児患者水がんで上唇と頬が壊死した5歳の小児患者

患者の多くは、へき地に暮らす貧困世帯。水がんは早期に抗菌治療をすれば2週間ほどで回復するが、地域に医療施設がない、治療費が払えない、受診できたとしても適切な処置がなされない、といった事情から手遅れになるケースが後を絶たない。 

MSFの車両で水がん病院に向かうハウワさん(左)とサキナちゃん(右)MSFの車両で水がん病院に向かうハウワさん(左)とサキナちゃん(右)

ナイジェリア北東部ソコト州の村に暮らすハウワさんは、娘のサキナちゃん(5歳)をすぐに地元の診療所やヒーラー(伝統的な治療師)の元へ連れて行ったが病状は悪化し、2週間後には頬に穴が開いた。「もっと早く正しい治療を受けられていたら……」とハウワさんは憤る。 

1999年に設立されたソコト病院で、MSFは2014年から水がんプロジェクトを開始1999年に設立されたソコト病院で、MSFは2014年から水がんプロジェクトを開始

MSFがソコト州で運営する水がん病院は、世界でも珍しい水がん専門病院だ。無償で水がんを治療しているほか、失った顔の一部を再建する外科手術心理ケア、地域での健康教育に取り組んでいる。

回復しても顔に後遺症が残り、社会から遠ざけられることが多い水がん患者にとって、同じ経験を持つ患者との交流も心の支えになる。 

コメディ映画を鑑賞する水がん患者と付き添いの家族。病院で行う心理ケアの一貫だ コメディ映画を鑑賞する水がん患者と付き添いの家族。病院で行う心理ケアの一貫だ

「水がん患者は、回復後も地域で厳しい偏見にさらされます。子どもは学校でいじめられ、家庭内でも孤立し、結果として心身の発達が遅れることも。自尊心が育たず、大人になってから日常生活に支障をきたす人もいます」。水がん病院のカウンセラーを指導するアデボワレ・ムラタラはこう説明する。 

牛飼いのアリユさん(27歳)は、2歳の時にできた水がんの傷痕を隠すため、常にスカーフで顔を覆う牛飼いのアリユさん(27歳)は、2歳の時にできた水がんの傷痕を隠すため、常にスカーフで顔を覆う

MSFの外科医チームが行う手術は、こうした患者たちにとって、人生を取り戻す絶好のチャンスだ。

4歳の時に水がんにかかったハジダさん(40歳)は、4度目の再建手術を受けようとしている。何年もかけて治療法を探し、ようやくソコト水がん病院にたどり着いた。

「水がんの傷痕があると、周囲からじろじろ見られます。兄弟でさえ差別してくるんです。でも、私は他の患者さんをこう励ましています——『笑われても、我慢だよ』と。水がんは治る病気ですから」 

「元通りの顔ではないけれど、やっと治療できて嬉しい」と笑顔を見せるハジダさん「元通りの顔ではないけれど、やっと治療できて嬉しい」と笑顔を見せるハジダさん

形成外科医や顎・顔面外科医は、「皮弁」とよばれる手術方法を用い、失われた顔の部位を再建する。これは、患者自身の皮膚から作った組織片を破壊された部位に移植するというもの。2度目の手術では同じ組織片を基底部から分割し、別の組織を再建していく。 

3ヵ月おきに世界各国から派遣される外科チームが執刀する3ヵ月おきに世界各国から派遣される外科チームが執刀する

水がんで上下のあごがくっついた開口障害の患者など、合併症が起きている場合は何時間にも及ぶ手術となり、術後も術後病棟での長期入院が必要だ。痛みの伴う入院治療のストレスや過去に受けた差別による心の傷をやわらげるため、入院中は水がん病院の心理ケアチームが患者をサポートする。

来院直後は恥ずかしがって話したがらない患者が多いが、徐々に心を開いて互いに悩みを打ち明けあうようになるという。 

水がん病院のカウンセラー、アデボワレ・ムラタラ(右)。毎日患者を訪問し、個別の事情をヒアリングする水がん病院のカウンセラー、アデボワレ・ムラタラ(右)。毎日患者を訪問し、個別の事情をヒアリングする

心理ケアチームは1日2回、包帯交換の直後に、傷の痛みをやわらげるエクササイズやゲームを行うほか、地元の伝統楽器カラバッシュ(ひょうたん)太鼓の演奏会やおもちゃ作りのワークショップも開催。

患者はこうした活動を通して理学療法や手洗いの習慣を身につけ、新たに習得した技術を退院後の生活に役立てることもできる。 

術後の経過観察で傷の状態をチェックし、手術の日取りを決める術後の経過観察で傷の状態をチェックし、手術の日取りを決める

水がん病院では退院した患者の経過観察を定期的に行い、必要に応じて追加の手術を施している。

「一番やりがいを感じるのは、経過観察で訪れた患者さんに会う時です。30年間も口を開けられなかった患者さんや、外見がひどく損なわれた赤ちゃんが、笑ったり食べたりできるようになるんです。保護者の方や病院チームの努力が実って、患者さんの顔に笑みが戻るのを見るのは格別です」(アデボワレ・ムラタラ) 

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