きっかけは歯の痛み……顔面が溶け、目や鼻を失った少年が人生を取り戻すまで
2018年12月20日
前日に手術を受けたばかりのウマル君(8歳)は、病院のベッドで術後の痛みに耐えていた——国境なき医師団(MSF)のカウンセラーが与えた、小さなギターのおもちゃで遊びながら。
「始まりは1年前です。歯が痛むというので伝統薬を飲ませました。けれど、次第に頬骨が冒され、目にまで広がり、ウマルは友だちとも遊べなくなってしまいました」
こう振り返るのは、ウマル君の入院に付き添う伯父のザカリヤウさん(18歳)。収穫期で忙しい父親と産後まもない母親に代わって、顔の半分を失った甥を支えている。
ウマル君の病気は「水がん(すいがん)」だった。口の中の粘膜が病原菌に冒され、わずか数日のうちに顔の骨や組織が破壊される壊疽(えそ)性の口内炎だ。
水がんは、栄養不良や劣悪な衛生環境から引き起こされる。症例の大半がアフリカで、主な患者は貧困世帯で暮らす5歳未満の子どもだ。特に栄養失調やマラリアの患者は免疫力が低下し、水がんにかかりやすくなる。
世界保健機関(WHO)によれば、毎年14万人の子どもが水がんにかかり、その9割が感染後2週間以内に命を落としている。命をとりとめた場合でも、顔に大きな穴が開くなど患者の外見が損なわれ、社会的・心理的に孤立することも多い。
こうした水がん患者の社会復帰を後押しするのが、失った顔面の一部を再建する外科手術だ。MSFは2014年、ナイジェリア北東部ソコトで、再建外科を含む水がん治療を無償で提供するプロジェクトを立ち上げた。ナイジェリア国内で唯一、世界でも有数の、水がん専門病院だ。
ウマル君は、ソコト水がん病院で1回目の再建外科手術を受けた。片方の目は破壊が進んで手遅れだったが、顔の傷は閉じられた。
感染や合併症を防ぐため、術後は4~6週間の長期入院が必要となる。両親と離れて入院するウマル君は、父親と毎日電話で連絡をとりながら、術後病棟で回復を待っている。
ナイジェリア北部出身のビリャさん(20歳)は、1歳のときに鼻と上唇を失った。故郷の村では誰も原因が分からず、幼少期から差別を受けてきた。
「村を歩くと、僕を見て逃げ出す人もいました。人間とは思えなかったんでしょう」
転機が訪れたのは学生時代。昼休みに市場で昼食を買っていると、ひとりの男性に声をかけられ、ソコト水がん病院へ行くよう勧められた。
「こんな病気は僕だけだと思っていましたが、病院には他にも同じような人が大勢いて気が楽になりました」
4年近く手術を待ち、20歳の誕生日を迎えた直後にようやく1回目の手術を受けることができた。地元に戻って家族と再会したとき、最初はビリャさんだと分からなかったという。「母は泣きました。『息子に鼻が戻った』と…」。
ビリャさんは今、結婚を間近に控えている。好きな仕事に就くこともできた。水がんについての知識を地元で広める活動だ。
「水がんの症状を見分けられるよう、写真も配っています。『幼い子どもの歯茎が赤くなったら病院へ行きましょう』と」