医療崩壊の危機 薬や物資が不足するレバノンで援助活動に制限も
2021年09月22日世界最悪レベルの経済危機にあえぐ中東レバノン。昨年はベイルート港の大爆発を受けて内閣が総辞職し、政治空白が1年以上続いていた。新内閣は9月10日に発足したものの、極度のインフレにより国民の過半数は貧困に陥り、燃料や医薬品に深刻な不足が生じている。
「国内の病院では、サービスを制限し、患者に優先順位を付けなくてはならない状況です。電力供給や物資、スタッフが足りないために、予防したり簡単に治療できたりする患者であっても命を落とす可能性があります」と、レバノンで国境なき医師団(MSF)の活動責任者を務めるジョアン・マルティンスは指摘する。
「レバノンの危機を引き起こしたのは、長年の汚職です。汚職が戦争や自然災害と同じように、医療崩壊へとつながっていくのです。政治の機能不全はこの状況の原因であるだけでなく、解決の妨げにもなっています」
燃料も医薬品も足りない
経済危機は人びとの購買力を奪い、空前のインフレを招いたうえ、燃料の輸入を妨げている。国の電力網が遮断し、補助電源となる発電機のディーゼル燃料も不足しているため、病院でさえ連日、数時間にわたる停電が発生する。
MSFもこうした電力不足とは無縁ではいられない。ベッカー高原にあるMSF病院では、3日間で44時間以上もの停電に見舞われた。医療チームはその間、外科手術を半数に減らし、緊急事態に備えて燃料の使用も控えざるを得なかった。
また、日ごろMSFと連携する他の病院では、燃料を節約するために急患以外の治療を中止しており、患者の紹介でも困難が増している。先日も紹介先の一つである公立病院から、電力使用量を抑えるために精神科病棟を閉鎖したとの連絡が入った。
さらにレバノンでは、流通業者や薬局でも必須の医薬品が不足している。多くの物資を輸入に頼るこの国では、薬の生産もあまり行われておらず、供給をさらに難しくする。この数カ月間、MSFは「公共病院に治療薬がない」といって訪れた患者を、国内各地で受け入れている。
援助団体もまかなえないニーズの高まり
数カ月前、ベイルート南部にあるMSF産科医院の前で、女性たちが行列したことがあった。無償の妊婦健診や分娩介助を受けるために、何時間も待ち続けていたのだ。このような状況は妊婦にとってリスクとなるため、MSFチームはそれぞれの社会経済的な状況を聞き、最もニーズの高い患者から対応した。「他でケアを受けられない人を助けられるのは良いことですが、全ての人を救えるわけではないと痛感しています」と助産師マネジャーのジョアンナ・ディビアシは無念そうに話す。
民間の病院で支払うことができず、医療を受けるために人道援助にたどり着く人は他の地域でも激増している。MSFの診療所では、無償の医療サービスとともに、診察の際に食料などの支援を求める人も少なくない。医療チームは患者たちが日々、厳しい状況に追い込まれていくのを目にしてきた。
ベッカー高原でMSFは、リプロダクティブ・ヘルスケアや心のケア、慢性疾患の治療を提供しているが、特に慢性病を抱える患者の数は、昨年初めと比べ60%上昇した。レバノンでのMSFの患者は、シリア人などの難民がこれまで多く占めていたが、レバノン人の患者数が2倍に増加したのだ。
現地でMSFプロジェクト・コーディネーターを務めるセリーヌ・ユルバンは「ベッカー高原のヘルメル地区とアルサル地区では、慢性疾患の患者3500人に医療を提供しています。この増加は憂慮すべきことで、患者一人当たりの医療スタッフ数が限界に達しつつあり、ケアの質に影響を及ぼしかねません」 と話す。
マルティンスもこう訴える。「私たちは、最も弱い立場にある人びとに公平な医療を届けるため全力を尽くしています。ですがレバノン当局は、薬や物資、燃料が国内で入手できるよう、早急に措置を講じる必要があります。人道援助活動は、国全体の医療システムに取って代わることはできません」