家族と別れ、愛する人の死を目撃…4人に1人が心の病に苦しむ今、わたしたちにできること

2018年10月23日
DVを受けた18歳の女性患者に寄り添うMSFの心理ケアスタッフ © Christina Simons/MSF
DVを受けた18歳の女性患者に寄り添うMSFの心理ケアスタッフ © Christina Simons/MSF

暴力や自然災害を経験した人にとって、「生き延びる」ことは身体が健康である以上の意味がある。体のけがが治っても、目には見えない心の傷が残っているからだ。国境なき医師団(MSF)は、患者の心の傷を癒やすため心理ケアを行っている。専門家が患者の言葉に耳を傾け、衝撃的な過去にこれからの人生を左右されないよう、サポートしている。 

命を救う活動を、どうぞご支援ください。

寄付をする

※国境なき医師団への寄付は税制優遇措置(寄付金控除)の対象となります。

世界で4人に1人が心の病に

ウクライナ東部の紛争で家をなくした女性の話を聞く © Maurice Ressel
ウクライナ東部の紛争で家をなくした女性の話を聞く © Maurice Ressel

世界保健機関(WHO)によると、世界で4人に1人は生涯に何らかの心の病を患うという。だが、そのうち約60%は助けを求めようとしない。この割合は、迫害を受けていたり、武力紛争や自然災害から避難が必要だったり、医療が足りないなどの要因で激増すると言われている。だからこそ、MSFは人道危機が起きたときの心理ケアを重要視しているのだ。
 
MSFは、1998年から心理ケアを緊急対応の一部に組み入れた。2017年までの10年間で、30万6300件の個人に対する心理ケアと、4万9800件のグループ・セッションを52ヵ国で行っている。MSFは診療やグループ・セッションを通して、ショッキングな出来事を体験した人びとが自身のストレス対処法を身につけられるよう、心理面・社会面のサポートを行っている。まずは患者の症状を和らげ、“普通”の生活を取り戻せるよう手助けすることが目標だ。
 

妻と7歳の息子とともに地中海を渡った男性 妻は亡くなった © Borja Ruiz Rodriguez/MSF
妻と7歳の息子とともに地中海を渡った男性 妻は亡くなった © Borja Ruiz Rodriguez/MSF

命の危険に脅かされた人は、激しい苦悩にさいなまれることがある。家族と離れ離れになったり、愛する誰かの死を目撃してしまったり、安全な場所を求めて長い間避難し続けている人も同じだ。特に、住み慣れた家を追われる経験は、既に精神疾患のある人に悪影響となる。治療やケアを受けられなくなって、症状がより重くなってしまう。 

南スーダン・マラカルの国連民間人保護区域では、自殺の問題が深刻になっている © Anna Surinyach/MSF
南スーダン・マラカルの国連民間人保護区域では、自殺の問題が深刻になっている © Anna Surinyach/MSF

南スーダン・マラカルにある国連の民間人保護区域(PoC)は、暴力的な戦闘に巻き込まれた現地住民を保護するために設置されたが、生活環境は劣悪で、人びとは絶望や閉塞感を感じ、また仕事をする機会もほとんどない。そのため、心を病む人が後を断たない。2016年には保護区内で自殺する人や自殺未遂が増え、子どもたちにも同じ傾向が見られた。 

心のケアが必要なのか気づかない

ケニアのダダーブ難民キャンプに到着したソマリアからの難民(2011年撮影) © Lynsey Addario/VII
ケニアのダダーブ難民キャンプに到着したソマリアからの難民(2011年撮影) © Lynsey Addario/VII

患者が心理ケアをためらう理由はたくさんある。そもそも心理ケアとは何なのか、どう役に立つのか、自分に必要なのかさえ分からない人が多い。MSFの心理療法士、デボラ・ドゥアルテはケニアのダダーブ難民キャンプに到着した人びとの様子を振り返る。「自分の身に起きたことが心に影響しているとわかっている人はいませんでした。助けなしにはどうにもならなくなって、そこではじめて症状に気づくのです」

 
また、言葉と文化の違いや、患者と会える時間が短いこと、周囲の偏見で重症化するなど、心理ケアにはさまざまな壁が立ちはだかっている。
 

患者に合ったさまざまな方法

過激派組織との戦いが終結したフィリピンのマラウィでは子どもたちへのセッションが行われている © MSF/Rocel Ann Junio
過激派組織との戦いが終結したフィリピンのマラウィでは子どもたちへのセッションが行われている © MSF/Rocel Ann Junio

こうした難しさを克服するため、MSFの心理ケアチームは臨機応変にケアのやり方を変えている。患者が自分の体験を言葉にし、感情を整理して気持ちに向き合えるよう、カウンセラーをトレーニングすることもあれば、心理療法士が個別の心理ケア・セッションを行うこともある。

 
患者に最善の対応方法を伝える心理教育もケアのひとつだ。患者だけでなく、地域社会に心理ケアの大切さを伝え、心の病の兆候や症状について教える。カウンセリングと同様にグループ単位で開催でき、あらかじめ状況に応じたテーマを決めておくことも可能だ。
 

心のケアには家族の理解も重要だ ジンバブエで入院中の男性患者を毎週訪問する父親 © Ikram N'gadi
心のケアには家族の理解も重要だ ジンバブエで入院中の男性患者を毎週訪問する父親 © Ikram N'gadi

アミールさん(仮名)はイラク北部の都市スレイマニヤでMSFの心理ケアを受ける35歳の男性。もともとはイラク中部にあるサラーハッディーン県の出身だが、過激派勢力「イスラム国」を名乗る武装組織が町を包囲して食糧が手に入らなくなり、故郷を離れた。それ以降、アミールさんは不安と不眠症に悩まされるようになった。
 
「考えすぎて不安になり、眠れないんです。夜通し部屋の隅に座って、朝まで起きています。それで病気になりました。胃と胸に痛みを覚えたこともあります。医者に診てもらっても、良くなりませんでした。MSFの心理療法士の治療を受け始めたら、すごくよかったんです。毎日必ず難民キャンプのテントから出ること、人と会って、運動をして、とにかく住居に1人でこもっているのは避けるように言われました」
  

コンゴ民主共和国では劇場型の教育活動で心理ケアについての理解を深めている © Sara Creta/MSF
コンゴ民主共和国では劇場型の教育活動で心理ケアについての理解を深めている © Sara Creta/MSF

独創的な方法で心理ケアの大切さを知ってもらう取り組みもしている。コンゴ民主共和国のムウェソには、多くの国内避難者が地元住民とともに暮らしており、ここでMSFは、心理ケア・カウンセラーが「演者」となって活動している。200人もの聴衆に、音楽、ダンスや劇を通じて地域の人びとの手助けをすることを伝えている。 

地域を理解することが鍵

2017 年9月のメキシコ大地震後、壁画を通じて感情表現をする地域の人びと © Consuelo Pagaza/MSF
2017 年9月のメキシコ大地震後、壁画を通じて感情表現をする地域の人びと © Consuelo Pagaza/MSF

ケアに際しては、患者の住む地域社会がどう成り立っていて、どのようなサポート体制があるのか理解することが不可欠だ。MSFの心理ケアチームが新しい地域で活動するとき、まずは地域のリーダーを探すことから始める。リーダーはその地域の人びとに最も合ったやり方を教えてくれる。地域全体で復興を必要としている場合も多い。MSFは、地域社会、そしてそこに暮らす人びとが、地域のなかにすでにあるものを使って自らを立て直すための手助けをする。 

メキシコ地震で被災した子どもたちの心理ケアを地域出身のスタッフが担う © Jordi Ruiz Cirera/MSF
メキシコ地震で被災した子どもたちの心理ケアを地域出身のスタッフが担う © Jordi Ruiz Cirera/MSF

MSFの心理ケア活動では、その地域の出身者がチーム・メンバーとして働いている。彼らは地元での社会的タブーや、人びとがさらされてきたショッキングな事件についてよく知っている。コンゴ民主共和国で活動しているMSFのカウンセラー、スタンレーは「彼らの話を聞くことで患者を助けられるのと同時に、自分も同じ体験をしていることで、患者と心を通わせることができます」と話す。
 
「家をなくして苦しんでいる人には、『本当に大変でしたね。実は私も同じなんです』と声をかけます。心理ケア・セッションは何よりも患者を助けるために行うものですが、自分も同じ体験をしていると考えると、私たちカウンセラーも気持ちが軽くなります」
  

命を救う活動を、どうぞご支援ください。

寄付をする

※国境なき医師団への寄付は税制優遇措置(寄付金控除)の対象となります。

この記事のタグ

関連記事

活動ニュースを選ぶ