携帯電話を持っているだけで殺されることも──難民・移民にとって無法国家リビアの実態とは

2021年04月02日掲載

母国の紛争を逃れ、リビアに到着した直後に身代金目的で誘拐された母娘。友人たちの支援で生き延びている ©  Giulio Piscitelli母国の紛争を逃れ、リビアに到着した直後に身代金目的で誘拐された母娘。友人たちの支援で生き延びている © Giulio Piscitelli

地中海を挟んで欧州の反対側に位置するリビア。ここから危険な海を越え、渡欧しようとした多くの人が、沿岸警備隊によって捕らえられ、虐待が指摘される収容施設へと送られてきた。

リビアは安全な国ではないとよく言われるが、果たしてその実態は知られているだろうか。国境なき医師団(MSF)のアドボカシー・マネジャー、ビアンカ・ベンヴェヌーティが難民や移民にとっての現状を報告する。

昨年12月のクリスマスの時期に、国境なき医師団(MSF)は1本の電話を受けました。首都トリポリにある大学病院の医師が、ある女性の治療を拒んでいるというのです。女性には滞在許可証がなかったからです。MSF医療チームは彼女を診療所へ搬送し、すぐに集中治療室へと運びました。容体がひどく、透析が必要でしたが、MSFは装置を保有しておらず、他の病院で治療する手立ても見つかりません。数日後、彼女は亡くなりました。名前も、どこから来たのかさえ知られずに。家族に連絡し、訃報を伝えることもできませんでした。

リビアにいる難民・移民の多くは、何の権利を持っていません。普通の生活を望むことはできないのです。犯罪者に狙われても、自らが逮捕されてしまうかもしれず、警察に助けを求められません。雇い主が給料を支払わなくても、なす術はありません。疲れ切って仕事から帰る道すがら逮捕され、拘置所に連れて行かれるかもしれないのです。

5年前に紛争の激しいマリからリビアへ来た男性。祖国に戻りたいが旅費が足りない。自治体で働くほかゴミ捨て場で金属くずを集めて収入を得ている ©  Giulio Piscitelli5年前に紛争の激しいマリからリビアへ来た男性。祖国に戻りたいが旅費が足りない。自治体で働くほかゴミ捨て場で金属くずを集めて収入を得ている © Giulio Piscitelli

犯罪者に狙われる難民・移民たち

家族に仕送りするため、リビアに移住した17歳のハサンさん。不安をたたえた彼の目は、それを隠すかのように足元に向けられていました。「アフリカのあちこちを移動してきましたが、黒人が受けるのと同じような扱いをされている白人を見たことがありません。僕らは床の上で食事をし、そこで寝て、トイレも同じ部屋にある。ひどいものです」

過酷な肉体労働をして働いても、給料をもらえないことが多いと話すハサンさん。住む場所でも油断ができず、夜になると強盗が来るため、服を着込んで寝ています。彼のような人にとって、リビアは無法地帯なのです。

スーダン難民のハサンさんがリビアに来たのは1年前。これまで複数の収容センターで拘束されてきた ©  Giulio Piscitelliスーダン難民のハサンさんがリビアに来たのは1年前。これまで複数の収容センターで拘束されてきた © Giulio Piscitelli

トリポリにある難民や移民が多い地区では、同じような話を何度も耳にしました。犯罪組織や民兵は、こうしたエリアを組織的に狙っています。盗まれるようなものがなくても、携帯電話を持っているだけで殺されることがよくあるというのです。

「誰もが怖がっています」と、話すのは笑顔がすてきな少年のオスマンさん。彼は内戦下のソマリアを逃れ、より安全なヨーロッパを目指していました。しかし、航海するには頼りないボートに乗船しようとした夜、警察が密入国あっせん業者のアジトに突入。追いかけられたオスマンさんは、建物の2階から転落しました。以来、歩くことができなくなった彼は、荒れ果てた廃屋内にある、洞窟のように暗い小部屋に閉じこもっています。「強盗が来ると皆逃げる。でも僕は毛布をかぶり、見つからないようにするしかないんです」

多くの人びとが彼らのように、リビアから欧州に向けて地中海を渡る決意をしました。しかし2020年から2021年の間にリビア沿岸警備隊に捕らえられ、強制送還された人の数は1万5000人以上。こうした人たちはその後、収容センターで拘束されたのです。

スーダン出身の男性。リビアの犯罪組織に二度誘拐され、肩にやけど跡を負う拷問を受けた。移民・難民の生活環境は非常に危険で、路上で強盗や暴力にさらされ、恐喝のために誘拐されることも多い © Giulio Piscitelliスーダン出身の男性。リビアの犯罪組織に二度誘拐され、肩にやけど跡を負う拷問を受けた。移民・難民の生活環境は非常に危険で、路上で強盗や暴力にさらされ、恐喝のために誘拐されることも多い © Giulio Piscitelli

「生きていることを母に知らせたい」

私たちはトリポリにある収容センターを訪れました。ここで唯一差し込む光は、天井近くの高窓からだけです。窓はほぼすべて割れていて、適切な換気どころか、冷気や雨が吹き込むのにしか役立ちません。MSF医療チームは、栄養失調の子どもに与える高カロリーのピーナッツペーストを配布。大人の彼らに配るのは、十分な食事を摂れていないことが明らかだからです。こうした施設での重度栄養失調については、以前にもMSFによる症例報告があります。

収容センター内で、人びとは長い列をなしてしゃがみ込んでいました。150人ほどが住むには、その小さな空間はさぞかし窮屈なことでしょう。背中を丸めてうなだれる彼らを見ながら、ある人が「移民の人としっかり目を見て接することは、影響を及ぼすふるまいだ」と言っていたのを思い出しました。人間性を取り戻させるからです。その言葉の正しさがこの時感じられました。

話を聞いた人の多くは、あらゆる希望を失っていました。解決策も選択肢もなく、八方ふさがりのように感じていたのです。故郷へ帰ることも、収容センターで耐えがたい扱いを受け続けることも、リビアに留まることもできません。渡欧を試みたとしても、捕まってしまいます。

難破した船の生存者たちに会った日のことです。その事故で弟を亡くしたという男性に、こう頼まれました。「母に電話させてもらえるよう、守衛を説得してください。母は私も死んだと思っているでしょうから、生きていることを知らせたいんです」

リビアの首都トリポリの町 © Giulio Piscitelliリビアの首都トリポリの町 © Giulio Piscitelli

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