熊本地震:避難所の巡回と講座で心のケア──国境なき医師団、八代市での活動を終了

2026年10月10日
支援活動について話し合う国境なき医師団(MSF)の心理士、福島正樹(右)ら=熊本県八代市で © MSF
支援活動について話し合う国境なき医師団(MSF)の心理士、福島正樹(右)ら=熊本県八代市で © MSF

2026年7月の熊本地震で被災した熊本県八代市。現地で心のケア支援を続けていた国境なき医師団(MSF)は9月、活動を終了した。

本格的に活動した9月4日までの約2週間に、市内3カ所の避難所で心身を健康に保つための「けんこう講座」を開いたほか、心理士が避難所で過ごす方々に話を聞く個別対応を延べ152件実施した。

現地に派遣されたMSFの心理士、福島正樹は、何らかの課題を抱え困っている人が身近な人に話し、聞いた人がそれを受け止める「受け止めの連鎖」が現地で続いてほしいと話す。

目に見えづらい心の負担

「避難所には誰かがいるから、安心するんです」

福島は、熊本地震の影響で避難した方々から話を聞く際、この言葉を繰り返し聞いた。目に見える被害だけでは分かりづらい心の負担に、どう向き合うか──。今回の活動で直面した課題だった。

熊本地震で被災した熊本県内の街の様子 © MSF
熊本地震で被災した熊本県内の街の様子 © MSF


MSFは8月2日、県内の複数の被災地域で医療ニーズの調査を開始。自治体や医療関係者、さまざまな年代の被災者から話を伺った。

対象地域では、直接的な医療ニーズが各機関の活動によっておおむね満たされていたほか、一見すると街や医療機関は機能しており、自宅で水や電気を使える人も少なくなかった。
 
しかし、長引く避難生活のストレスや先の見えない不安などから、心のケアへのニーズは高まっていた。また、再び地震が起きることを恐れ、避難所に身を寄せ続ける人が多かった。

「一人でいるときに何かあって、気づいてもらえなかったらどうしよう」

こうした心配から、日中だけ自宅で過ごし、夜は避難所に戻る人もいた。福島は被災者とのやり取りを振り返る。

避難所で被災者に話を伺う福島(右)=熊本県八代市で © MSF
避難所で被災者に話を伺う福島(右)=熊本県八代市で © MSF

最初は「私は大丈夫」と気丈に応じていた方でも、お話を始めると、地震が起きたときの状況や現在の不安を一気に話されていました。話し終えた後、「普段はこういうことを口にする機会がないから、話せてよかった」と言ってくださる方もいらっしゃいました。

MSFの心理士 福島正樹

MSFは、こうしたニーズに対する心のケアが必要と判断し、特にニーズと既存の支援の間にギャップが確認された八代市での活動を始めた。

体を動かし、人とつながる「けんこう講座」

「けんこう講座」は8月23日に開始し、約2週間に市内の避難所3カ所で実施した。

「いつもと違う環境で眠れないのは自然なことです。眠れない時は、眠ることより体を休めることを意識するようにしましょう」

福島が講師となり、不眠・不安への対処法や、災害時の心の保ち方について参加者にアドバイス。簡単なストレッチ、ボールを使ったアクティビティにも取り組み、避難生活で蓄積したストレスや不安を和らげた。MSFの理学療法士が講師に加わる回もあった。

福島(右奥)とMSFの理学療法士(中央奥)が講師となり、参加者と一緒に簡単なストレッチをした=熊本県八代市の避難所で © MSF
福島(右奥)とMSFの理学療法士(中央奥)が講師となり、参加者と一緒に簡単なストレッチをした=熊本県八代市の避難所で © MSF


講座の後には、参加者に対して心身に関するアンケートをすることで、個別の心理ケアニーズを把握して必要な支援につなげた。

さらに、避難所で生活する参加者同士が交流する場をつくることも目標とした。福島は、個人に加えて、コミュニティにも働きかける両面の心のケアが重要だと説明する。

個人への支援だけでは、周りのつながりが失われたままになるかもしれません。「けんこう講座」では、健康について考えるだけでなく、脳トレをしたり、少し笑い合ったりします。避難している方々の間で会話が始まれば、人と人がつながるきっかけになる。それも目的の一つでした。

MSFの心理士 福島正樹

9月2日の講座後には、参加者から「講座は楽しく、勉強になりました」「気持ちを吐き出すことも大事だと思いました」といった声が寄せられた。

MSF公認サポーターである『ONE PIECE』(尾田栄一郎・著/集英社刊)のキャラクター、トニートニー・チョッパーがプリントされたTシャツを着用してスタッフは活動した © MSF
MSF公認サポーターである『ONE PIECE』(尾田栄一郎・著/集英社刊)のキャラクター、トニートニー・チョッパーがプリントされたTシャツを着用してスタッフは活動した © MSF

避難所を巡回、一人一人の話を聞く

一方、心理士による避難所の巡回では、被災した方々に声をかけ、眠れているか、食べられているか、生活で困っていることはないかを尋ねた。活動開始時、市内には避難所が38カ所あり、2人の心理士が回りながら必要に応じて地域の医療機関などにつないだ。

活動した心理士の山下絵理奈は、ほかの支援団体とも情報を共有しながら一人一人に話を聞いた状況を振り返る。

MSFの活動に参加した心理士、山下絵理奈=熊本県八代市で © MSF
MSFの活動に参加した心理士、山下絵理奈=熊本県八代市で © MSF
避難所では、困りごとに限らず、それぞれの日常やこれまでの暮らしについて話してもらうことも意識した。

当初は環境になじめていなかった被災者が、話すうちに抱え込んでいた孤独、やり場のない思いを言葉にして、表情が和らぐ様子も目の当たりにした。避難所内の雰囲気も以前より明るくなったという。

被災者である前に、その方にはずっと続いてきた人生があります。何げない会話の中にも、その方が伝えたいことがある。心理士が一人一人の物語を聞き、大切に受け止めることが、次の一歩につながると思って避難所を回りました。

MSFの活動に参加した心理士 山下絵理奈

もう一人の心理士、濱野学は、いきなり気持ちを尋ねるのではなく、すぐにできることから支えることも心のケアだと説明する。

MSFの活動に参加した心理士、濱野学=熊本県八代市で © MSF
MSFの活動に参加した心理士、濱野学=熊本県八代市で © MSF
ある時、枕がなくて眠れない悩みを抱えた被災者に出会った。話を聞く中で、まずは眠れる環境を整えることが必要だと感じたという。

そこで、その場にあった毛布とタオルケットで枕を作って提供したところ、後日、その方から「眠れるようになったよ!」と声をかけられた。

話しにくいことを最初に聞いても、心のケアはうまく進みません。まずはその方が困っていることなどを聞きながら、気持ちの部分もお伺いする。心配事や不安、気持ちの落ち込みを和らげる方法は一つではなく、その人に一番合った方法をなるべく早く見つけることが大切です。

MSFの活動に参加した心理士 濱野学

避難所で被災者から話を伺う山下=熊本県八代市で © MSF
避難所で被災者から話を伺う山下=熊本県八代市で © MSF

地域の支援につなぎ、活動を終了

MSFは現地での活動や関係機関との対話を通じ、ニーズが当初の想定よりも地域の支援によって満たされつつあると確認し、この段階で活動を終了した。引き続き必要な活動については、地域の関係機関に引き継いだ。

ただ、被災地にはまだ心のケアのニーズが存在する。福島はこれまでの活動を踏まえ、悩みを抱えている人が周囲に相談し、その話を受け止め合うことの大切さを訴える。

熊本地震を受けて被災地で活動した福島 © MSF
熊本地震を受けて被災地で活動した福島 © MSF

困っていることがあれば、誰かに相談してほしいです。その相手は医療従事者に限らず、信頼できる人や身近な人でも構いません。そして、話を聞いた人は「話してくれてありがとう」と受け止めてほしい。こうした「受け止めの連鎖」が現地で続くことで、孤独や気分の落ち込みといった心の負担が少しでも和らいでいってほしいです。

MSFの心理士 福島正樹

日本におけるMSFの主な援助活動

1995年:阪神・淡路大震災

水や毛布などの物資提供、無料診療所での診察、および医薬品の提供

2011年:東日本大震災

岩手県宮古市および宮城県南三陸町において緊急医療援助活動として医療、心のケア、物資や通院用バスの提供、仮設住宅と医療施設の建設支援

2016年:熊本地震

熊本県南阿蘇村にある白水地区での仮設診療所を拠点に、所内での診察と周辺地域での移動診療を実施したほか、感染症や外傷、慢性疾患などに対応した。また、他の医療チームや地元保健師と連携し、小児科医の判断が求められる症例については紹介や相談を受け付けた

2020年:新型コロナウイルス感染症の感染拡大

長崎港に停泊中のクルーズ船内における新型コロナの集団感染への対応として乗員らへの医療援助活動を実施

2024年:能登半島地震

「けんこう講座」を実施し、被災した人びとに心のケアを提供した。また、「支援者支援」の活動として、自治体職員への心理カウンセリングに取り組んだ。避難所へ洗濯機の寄贈も行った

この記事のタグ

関連記事

活動ニュースを選ぶ