託された信頼を未来へ──国境なき医師団日本のこれまでとこれから: 新旧事務局長対談 村田慎二郎 × 森川光世

2026年10月01日
2026年10月1日、国境なき医師団(MSF)日本の事務局長が交代。旧事務局長の村田慎二郎(右)から、新事務局長の森川光世(左)へバトンが引き継がれた © MSF
2026年10月1日、国境なき医師団(MSF)日本の事務局長が交代。旧事務局長の村田慎二郎(右)から、新事務局長の森川光世(左)へバトンが引き継がれた © MSF

2009年。海外派遣スタッフとして初めて活動地へ向かうことになった森川光世は、緊張した面持ちで成田空港にいた。そのとき、たまたま同じ飛行機に乗り合わせたのが、すでに複数回の派遣経験を持つ村田慎二郎だった。

移動中の機内で、活動地での暮らしや仕事について村田から話を聞いた。これから始まる未知の挑戦への期待や不安を抱えながら、その言葉に耳を傾けていたという。

あれから17年。二人はそれぞれ活動地と日本を行き来しながら経験を重ね、異なる立場で国境なき医師団(MSF)の活動に携わってきた。そして今、MSF日本の事務局長というバトンが渡される。

2026年10月1日、6年間にわたり組織を率いてきた村田が退任し、新たに森川が事務局長に就任した。支援者の皆さまへの感謝、変わることのない使命、そしてこれからのMSF日本について、新旧事務局長の二人が語り合った。

6年間の任務を終えた村田(右)。対談ではMSF日本を率いてきた思いと、支援者さまへの感謝があふれた © MSF
6年間の任務を終えた村田(右)。対談ではMSF日本を率いてきた思いと、支援者さまへの感謝があふれた © MSF

コロナ禍から始まった6年間──支援者さまに支えられて

──まずは今回の交代について、率直な気持ちをお聞かせください。

村田慎二郎(以下、村田):6年間の任期を終え、退任することになりました。まず何よりもお伝えしたいのは、長年にわたりMSFを支えてくださっている支援者の皆さまへの感謝です。活動を続けてこられたのは、皆さまのご支援があったからこそです。
 
森川光世(以下、森川):私は、この大きな役割を引き継ぐ機会をいただけたことに感謝しています。同時に、その責任の重さも感じています。でもそれ以上に、これからに対する期待も大きいです。

──この6年間を振り返って、印象に残っていることは何でしょうか。
 
村田:私が事務局長に就任したのは2020年、新型コロナウイルス感染症の流行の真っただ中でした。日本国内でも医療崩壊が懸念され、多くの人が不安を抱えていた時期です。

それでも、世界の人道危機に目を向け、多くの方がMSFに寄付をしてくださいました。ご自身も大変な状況にありながら、遠い国の人びとのために行動してくださったことに、本当に勇気づけられました。

2022年、バングラデシュでロヒンギャの人びとと話す村田 © Elizabeth Costa/MSF
2022年、バングラデシュでロヒンギャの人びとと話す村田 © Elizabeth Costa/MSF
その後も、ウクライナ、アフガニスタン、ミャンマー、スーダン、パレスチナ・ガザ地区など、世界では多くの人道危機が続きました。

本来であれば、MSFのような人道援助団体が必要ない世界が理想です。でも現実は逆で、援助を必要とする人は増え続けています。

そんな中で、日本の支援者さまの存在は私たちにとって大きな希望でした。

──在任中に活動地の視察もありましたが、現場を見て改めて感じたことはありますか。

村田:2025年、長年続いた内戦が終わったシリアを訪れました。これから復興が始まろうとする一方で、2024年頃から始まった各国政府による対外援助の資金削減によって、多くの人道援助団体や医療プログラムが縮小や撤退を余儀なくされていました。

実際に現地では、「通っていたクリニックが閉鎖されてしまった」「もう行き場がない」という声を聞きました。ニュースや報告で知ってはいましたが、現地の人たちから直接そうした話を聞いて、状況の深刻さを改めて実感しました。

2025年、シリアの避難民キャンプを訪れた村田(左から2人目) © MSF
2025年、シリアの避難民キャンプを訪れた村田(左から2人目) © MSF
こうした中で、MSFへの期待はこれまで以上に大きくなっていると感じました。他団体の支援が減り、MSFに頼らざるを得ない患者さんたちが増えている。だからこそ、私たちの責任もますます大きくなっていると思います。 
 
世界では人道危機が増え続けていますが、日本の支援者さまのご支援があるからこそ、私たちは活動を続けることができます。その重みを、シリアで改めて感じました。

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森川さんとは15年以上のお付き合いですね。最初に空港でお会いしたときにはご家族もたくさん見送りにいらしていて、びっくりしたのを覚えています(笑)。

そうでしたね(笑)。そのときはまさか、村田さんから事務局長を引き継ぐことになるとは、思ってもみませんでした!

「日本社会と世界の危機をつなぐ橋」でありたい

──在任中、特に力を入れたことは何ですか。

村田:私が大切にしてきたのは、「日本社会の中に人道援助への理解と支持を広げる」ということです。寄付をいただくことも、人材を活動地へ送り出すことももちろん重要です。でも、それだけではありません。

MSF日本は、日本社会と世界の人道危機をつなぐ橋のような存在でありたい。そのために5年後、10年後を見据えながら組織づくりを進めてきました。

森川:村田さんは、医療への攻撃を訴えたアドボカシー活動や、さまざまなステークホルダーとの関係を構築するイベント「人道援助コングレス」をはじめ、世界の危機や人道援助について考える機会を、日本社会の中につくってくれました。

活動地で起きていることを伝えるだけでなく、「自分たちには何ができるのか」を考えるきっかけを提供し続けてくれたと思います。その流れは今後も大切にしていきたいです。

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良いことがあったら皆で祝い、失敗は責めるのではなく「次にどう生かすか」を考える。MSF日本は、そんな組織でありたいと思ってきました。

寄付に込められた思いに誠実であるために

──MSFが大切にしてきた「信頼」について、教えてください。

村田:私たちの活動は、支援者さまからの信頼の上に成り立っています。だからこそ、「集められるだけ寄付を集める」という考え方ではありません。象徴的な例が、2004年のスマトラ沖地震・津波への対応です。当時、世界中から多くの寄付が寄せられました。しかしMSFは、自分たちが実施する支援に必要な金額が集まった時点で、この災害向けの募金を終了しました(※)。
 
そのとき、私はMSFの別の活動地にいたのですが、その話を聞いて正直、「なんて頑固な団体なんだ」と思いました(笑)。でも今振り返ると、それこそがMSFらしさだったんですよね。もっと多くの寄付を集めることもできたはずです。でも、必要以上には集めない。

集まったお金は、本当に必要とされている場所で責任を持って使う。その姿勢を、MSFはずっと守り続けています。

お互いに活動地での思い出を振り返り、笑みがこぼれる © MSF
お互いに活動地での思い出を振り返り、笑みがこぼれる © MSF


森川
:私はちょうどその頃、日本事務局で寄付の担当をしていました。ご支援いただいたお一人お一人に電話をかけて、「スマトラ沖地震への支援に必要な資金は十分に集まったので、メディアに取り上げられていない他のたくさんの人道危機にのために活用させていただいてもよろしいでしょうか」とお願いをさせていただいたんです。この経験を通して、MSFが寄付に対してどれほど誠実であろうとしているのかを強く実感しました。

私たちは、「寄付なら何でも受け取る」という考え方ではありません。どのような資金を受け取り、どのように使うのか。きちんと説明し、責任を持ってお預かりする。

それもまた、支援者さまとの信頼関係を築くうえで大切なことだと思っています。

  • ※2004年のスマトラ沖地震・津波では、MSFは被災地で実施する支援に必要な資金が集まった段階で、同災害向けの使途指定寄付の募集を終了した。これは、支援者さまから託された資金を、その目的に沿って適切に活用するというMSFの方針に基づくもの。

民間寄付が、独立した活動を支える

──長年MSFに関わり続けているのはなぜでしょうか。MSFのどんなところに魅力を感じていますか。

森川:私が最初にMSFにひかれた理由の一つは、「政治・経済・宗教から独立している」という考え方でした。こうした組織のあり方をそれまで知らなかったので、とても新鮮だったんです。

2010~2011年、イエメンで現地スタッフと業務に当たる森川 © MSF
2010~2011年、イエメンで現地スタッフと業務に当たる森川 © MSF
活動地で働くようになって実感したのは、多くの寄付が民間から寄せられているからこそ、MSFは独立性を保ち、必要なときに必要な支援を迅速に届けられるということです。

紛争地をはじめ、さまざまな利害関係者が存在する環境でも、現場のチームが人びとのニーズを最優先に考え、活動内容を判断し、決断することができます。また、支援者さまから継続的に寄せられる寄付があるからこそ、緊急事態が発生した際にもすぐに対応できる体制を維持することができます。

長年にわたって活動を支えてくださる支援者さまの存在が、こうしたMSFの強さそのものだと思います。

事務局で働いていたとき、支援者さまに「いただいた寄付は直接活動に使われています」とご説明していましたが、自分自身が活動地に出て、それが本当にその通りだと実感しました。寄付をいただく側から、使わせていただく側になって、支援者さまとのつながりをより強く感じるようになりましたね。

村田:僕にとってMSFの好きなところは、一緒に働いている人たちを尊敬できるところですね。そして、活動そのものに誇りを持てることです。もちろん課題もありますが、それでも「もっと良くしていきたい」と思える組織なんです。

活動地で働く現地スタッフやコミュニティの人たちの中には、「MSFの活動は政府のお金で成り立っているのでは」と思っている人もいます。でも実際には、活動資金の約9割が民間からの寄付に支えられています。

「この病院も、薬も、机も、皆さんからの寄付で成り立っている」と伝えると、そういった人たちがみんな遠い日本から支援してくださる皆さまの存在を思い浮かべるんです。このつながりは、とても大切だと思っています。

海外派遣スタッフとして数々の活動地を経験してきた二人。現場では困難も多いものの、「MSFで活動できてよかった」「MSFだからこそ届けられた支援がある」と感じる瞬間があるという © MSF
海外派遣スタッフとして数々の活動地を経験してきた二人。現場では困難も多いものの、「MSFで活動できてよかった」「MSFだからこそ届けられた支援がある」と感じる瞬間があるという © MSF

海外派遣スタッフの選考に、実は2回落ちたんです。でも、本気でやりたいなら大丈夫。足りないものを一つずつ身に付けていけば、きっと道は開けます!

活動に参加したいと思っても、その時々のライフステージによっては難しいこともあります。でも、挑戦できるタイミングは人それぞれ。 やりたいという気持ちを大切にしてほしいです!

「理解する」から「一緒に行動する」へ

──今後、どのようなMSF日本を目指したいですか。

森川:私は一度MSFを離れ、民間企業で働きました。その経験を通じて感じたのは、人道援助に関心を持っている人はとても多いということです。でも、「自分に何ができるのだろう」と思って、一歩を踏み出せない人も少なくありません。
 
だからこそ、これからは人びとが世界の問題を知り、理解するだけでなく、自分なりの行動につなげていけるような機会をつくっていきたいと思っています。一緒に考え、一緒に動く。そのきっかけをもっと増やしていきたいですね。
 
また、支援者さまと直接お会いできる機会は限られていますが、皆さまの思いはいつも心にあります。私自身、活動地で資金管理を担当していた際には、「この活動は世界中の支援者さまの寄付によって支えられている」と現地スタッフに伝えていました。

支援者さまから託されているのは、お金だけではありません。その思いも含めて活動地につないでいくことが、私たちの大切な役割だと思っています。

海外派遣スタッフになる前は、日本事務局で寄付担当として働いていた森川(左)。支援者さまから託された思いを胸に、活動地での仕事に向き合ってきたという © MSF
海外派遣スタッフになる前は、日本事務局で寄付担当として働いていた森川(左)。支援者さまから託された思いを胸に、活動地での仕事に向き合ってきたという © MSF

変わらない使命を、次の世代へ

──最後に、支援者さまにメッセージをお願いします。

村田:6年間、本当にありがとうございました。皆さまの温かいご支援があったからこそ、世界中の人びとへ人道援助を届けることができました。

私はこれから再び活動地へ戻ります。立場は変わりますが、医療を必要としている人びとのそばで活動を続けていきたいと思っています。

森川:いつも温かいご支援をありがとうございます。皆さまから託された思いを、これからも確実に活動地へ届けてまいります。

そして、世界で起きている人道危機をより多くの人と共有し、ともに行動できる社会を目指していきます。

新たな一歩を踏み出す森川(左)と村田。立場は変わっても、必要な人びとに医療を届けるMSF日本の使命を果たすべく、挑戦はこれからも続く © MSF
新たな一歩を踏み出す森川(左)と村田。立場は変わっても、必要な人びとに医療を届けるMSF日本の使命を果たすべく、挑戦はこれからも続く © MSF

森川さんはいろいろな経験をしてきた人。僕にはない視点をたくさん持っているので、新しいリーダー像を見せてくれると期待しています!

村田さんから受け取ったバトンを大切にしながら、私らしく挑戦していきたいです!

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