国境なき医師団日本、参議院「外交・安全保障に関する調査会」で意見陳述──人道危機の改善に向け、日本政府は国際社会へより一層の働きかけを

2024年02月28日
参考人として意見陳述を行うMSF日本事務局長の村田 Ⓒ MSF
参考人として意見陳述を行うMSF日本事務局長の村田 Ⓒ MSF

2月14日に開催された、参議院「外交・安全保障に関する調査会」に国境なき医師団(MSF)日本の事務局長の村田慎二郎が、赤十字国際委員会(ICRC)駐日代表の榛澤祥子氏、名古屋大学名誉教授の松井芳郎氏とともに、参考人の一人として出席した。「21世紀の戦争と平和と解決力~新国際秩序構築~」というテーマのうち、「武力紛争等と人道主義の実践・再構築に向けた取組と課題」について意見を述べた。

調査会は、イスラエルとパレスチナ・ガザ地区で続く戦闘やロシアとウクライナの戦争など、多くの市民が犠牲となる深刻な人道危機が起きているいま、国際社会が取り組むべき課題や日本の役割などについて話し合うことを目的に開催された。MSF日本が国会に参考人として呼ばれるのは初めてとなる。

参議院の調査会とは

参議院に解散がなく、議員の任期が6年であることに着目し、長期的かつ総合的な調査を行う目的で設けられた参議院独自の機関。調査会は、大局的な見地から国政の基本的事項に関して調査を行い、その成果として、議員立法、政策提言を行うなどの役割を果たしている。
出典:参議院ウェブサイト

人道危機を伝える「証言活動」

村田は参議院議員25人で構成される調査会(猪口邦子会長)で、およそ20分にわたりMSFの設立の経緯や医療・人道援助団体としての特徴と実績、そして、ガザをはじめとする人道援助をめぐる危機的な現状と課題について具体例を交えて説明し、国際人道法の順守を訴えた。

MSFは紛争地や災害地での「医療・人道援助活動」と、現地で目撃した人道危機について世界に発信する「証言活動」の両方を活動の柱としていることについて、設立の経緯も交えて説明し、「援助活動が注目されがちですが、例えば現在のガザ地区のように、どのような人道危機が起きているのか、現地から発信し国際社会の介入を訴えていくこともMSFの重要な活動の一つです」と話した。

また、MSFの活動は人道原則の「独立性」「中立性」「公平性」を堅持しており、いかなる国や団体からも干渉や影響を受けることなく、ニーズに基づいた支援を公平に届けるために、活動資金の95%以上を民間からの寄付で賄っていること、そしてその85%以上は個人からの寄付であることについても言及。各国政府からの資金については全体の1%ほどであり、中立性の観点から主に紛争地ではないプロジェクトに使用されていることを説明した。

国際人道法は、紛争地における実用的なツール

続けて、村田は活動地のおよそ3割が紛争下となるMSFの活動の方針について、例を交えて紹介。MSFは原則非武装で軍による護衛もつけずに活動を行うが、それを可能にするのが「独立・中立・公平」という人道原則の徹底した実践と、国際人道法である旨を説明した。

MSFは紛争地で援助活動を行う際、政府機関や他の援助機関だけでなく、政府軍や反政府勢力、地元の武装勢力などあらゆる紛争当事者と対話を重ね、活動の理由や場所、対象となる人びと、必要とされる活動について説明する。

「この交渉の際に、国際人道法において病院や医療スタッフは保護の対象であること、負傷した戦闘員は保護されること、病院は非武装ゾーンであることを説明し、MSFの活動に対し理解が得られるように努めます」と村田は語り、次のように続けた。

これらは、国際人道法の「医療保護」の原則、そしてそこで定められているルールに則っています。国際人道法は、MSFが人道援助を届けること、そして医療を必要とする人びとへのアクセスを確保するために、紛争地においては倫理的というよりは、実用的なツールとなっているのです。

いま紛争下で直面する課題とは

Ⓒ MSF
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国際社会が変化する中、紛争下で直面している大きな問題として、医療への攻撃対テロ政策など人道アクセスを阻む障壁を挙げた。

医療施設や医療活動に携わる人びと、救急車などの搬送車両は、国際人道法でも特別な保護下にある。しかし、このルールが守られず、医療への攻撃が行われている事実についてデータを交えて説明。2023年のパレスチナ、2022年のウクライナへの医療攻撃の件数を例に、国家の正規軍が国際人道法を尊重せず、紛争下の多くの人びとの医療へのアクセスを奪っていると指摘し、「病院への攻撃は、病院にいる患者や医療従事者が被害を受けるだけでなく、紛争地においてすでに貴重なものとなっている医療へのアクセスを、住民から奪うことにもなる」と強調した。

医療への攻撃

2023年はガザ地区やウクライナ、ミャンマーなどを含め19の国と地域で、1414件の医療に対する攻撃があり、738人が死亡し、1206人が負傷した。1414件のうち、820件はパレスチナで起きた。2022年は1683件の医療への攻撃が報告され、うち1270件はウクライナで起きている。
※世界保健機関(WHO)、2月8日時点のデータ

また、各国で実施されている「対テロ政策」については、国際人道法で認められているはずの人道援助活動へ制限が課されるケースについても言及。テロリスト指定された勢力の支配地域に暮らす民間人への援助が制限や禁止されることや、テロリストとして指定された勢力と接触を持つこと、テロや犯罪の疑惑がある人物を医療・人道上の理由で搬送、治療することが犯罪と規定される場合もある。

MSFはここ数年、カメルーン、マリ、ニジェール、スーダンといった国々でこのような事例にいくつも直面している。村田は、たとえ反政府勢力が支配する地域に住んでいても、人道援助のニーズがあれば、民間人には援助が届けられるべきであると強く訴え、命を救うために必要な医療を提供しないことは医の倫理にも反する行為だと強調した。

スーダンの首都ハルツームから逃れ、避難所で生まれたばかりの子どもを抱く女性 Ⓒ Fais Abubakr
スーダンの首都ハルツームから逃れ、避難所で生まれたばかりの子どもを抱く女性 Ⓒ Fais Abubakr


こうした状況の改善を目指し、MSFは2016年から国連や各国に向け、対テロ法や制裁などの規制対象から人道援助を除外するよう呼びかけている。2023年6月にはカナダの対テロ法から人道援助を除外する法改正が実現。また2022年12月には国連安保理で、国連の制裁措置から2年間、人道援助を除外する決議が採択された。

これについて村田は「国連の制裁のみならず、全ての国際的な制裁において、人道援助を対象の除外とする措置が取られること、また国家による政策や規制によって人道援助が妨げられないように、日本をはじめとする国際社会によるさらなる取り組みを求めます」と訴えた。

日本だからこそできること

人道援助活動がかつてない危機に直面しているいま、日本政府が果たすべき役割については次のように述べた。

「現在MSFが政府から資金を受け取ることができる国として指定しているのは、スイス、カナダ、日本の3カ国のみです。日本は内戦や国際的な紛争においてどちらの勢力にも加担しない、中立的な立場にいることが多く、また紛争が起こる前は長い間これらの国でさまざまな開発支援を実施していることも多い」。そのような立場にいる日本だからこそ、果たせる役割があるのではないかと強調した。

具体的には、紛争の当事者双方に国際人道法を順守するよう働きかける、国の政策や規制によって人道援助活動の実施に制限がかかっている場合にはそれを取り除くよう当事国政府に働きかけを行う、また、国連安全保障理事会での外交活動などでは、真に人びとのニーズに基づいた公平な人道援助が実施されるよう、国際社会による取り組みをリードしていくことができるのではないかと提言した。

最後に村田は、「人類が長い年月をかけ作り上げてきた、人道に関するさまざまな国際的な規範やルールが、紛争当事者や国の政策によってないがしろにされる傾向が増加の一途をたどっています。ガザで人びとが直面している苦しみはその最たる例で、それはガザの人びとのみならず、人道援助の行く末を変え、人類の運命を変えてしまうかもしれない事態といえます」と強調し、「人びとのニーズに基づいた公平な人道援助が、世界のどのような場所であっても提供できるよう、人道主義の実践・再構築に取り組んでほしい」と改めて訴えた。

Ⓒ MSF
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日本政府はあらゆる努力を

意見陳述の後は質疑応答にあてられ、10人の議員から各参考人に多数の質問が寄せられた。質問の内容は、人道援助と開発支援の連携や、ガザやウクライナの状況に対する日本政府の役割、邦人の人道援助人材の確保と課題、活動国における日本への評価、援助活動における最新技術の活用、寄付に対する税制優遇措置の役割など、多岐にわたった。

MSFの活動については人道援助人材の確保という点から、日本からは毎年約100人が参加している現状に対する評価に対して質問が寄せられた。

「100人はMSFスタッフ全体の1.5パーセントほどにとどまり、日本社会は欧米諸国と比較して人道援助を仕事にすることに対する理解や支持が少ない」と村田は現状を述べ、フランスではMSFに年間およそ3000人の応募があることや人道援助活動が若い世代に職業の選択肢の一つとして浸透していること、またフランスには人道援助活動に参加する人に対し、雇用者はその人の雇用を確保しておかなければならない法律が存在することについても話した。

「一方、日本では医師も含め多くのスタッフがMSFに参加する場合は退職を余儀なくされることが多く、人道援助に携わるハードルがとても高い。法を整備することで、状況は変わって来るのではないか」と提言した。
 
ガザ、ウクライナの状況にいま日本政府は何ができるかという質問に対して、村田は「人道援助に紛争を止める力はありません」と述べたうえで、ガザの状況に関しては、次のように話した。

「現在パレスチナの市民が置かれている恐怖や苦痛については、それを的確に表す言葉が見つかりません。一般市民に対する集団的懲罰が行われており、ガザは完全に包囲されています。国際人道法で定められている人道アクセスも著しく制限され、医療への攻撃も深刻です。日本政府は即時かつ持続的な停戦に向けあらゆる努力を続け、その影響を行使してほしい」と改めて訴えた。

Ⓒ MSF
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※当日の調査会の模様はこちらから視聴可能。議事録はこちら。 

MSFのアドボカシー活動

MSFは医療・人道援助活動の現場で直面する問題を解決するため、政府機関、援助機関、医療団体、研究者など、さまざまな関係者に働きかけを行う「アドボカシー活動」を行っている。今後も世界の人道状況の改善に向け、さまざまな機会を生かし働きかけを行っていく。

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