ロックダウン下で深刻化した性暴力 新型コロナ感染者数が世界で2番目に多いインドで
2021年02月17日 2012年、インドの首都ニューデリーで、バスに乗っていた23歳の女子学生が車内で6人の男から性的暴行と拷問を受け、車外に投げ出されて後に死亡したという痛ましい事件が起こった。社会に衝撃を与えたこの事件を受け、インドでは女性への暴力に対する取り組みが加速した。
しかし新型コロナウイルスの感染拡大に伴うロックダウン(都市封鎖)などの影響で、再び女性への暴力の問題が深刻化している。新型コロナウイルスの感染者が世界で2番目に多く確認されている(※)インドから報告する。(※2021年2月16日時点、世界保健機関)
24時間営業の診療所 性暴力被害者がすぐにケアを受けられるように
診療所では、医師や看護師、カウンセラーが、けがの治療からHIV/エイズの予防、望まない妊娠や性感染症などへの対応に当たっている。ここを訪れるケースで最も多いのが、配偶者や交際相手など親密なパートナーから暴力を受けた人びとだ。身体的、性的な暴力のみならず、心理的な暴力も少なくない。
性暴力では、被害を受けた人が自ら助けを求めないことが多い。国連によると、世界であらゆる種類の性暴力を経験した女性の少なくとも60%が、その事実を表に出していないという。このような状況の中で大きな役割を果たしているのが、援助を必要としている人びとを見つけ出し、必要な診察や治療につなげるアウトリーチ活動だ。
アウトリーチチームは、地域社会の中で、性暴力に対する人びとの意識を高めるとともに、暴力を受けた人を見つけ出して話をし、診療所へ連れてくる。チームは定期的に地域を巡回し、HIVをはじめとした性感染症の検査や、安全な中絶ケアなどにつなげるほか、心に傷を負った人たちへの心理ケアを行ってきた。
暴力を受けても逃げられない……ロックダウン下の家庭で
これらの活動が、新型コロナウイルスの感染拡大に伴うロックダウンのもとで、大きな影響を受けた。3月から5月の封鎖期間中、インド政府はMSFやその連携団体などに、新型コロナウイルスへの対応に集中するよう勧告した。この措置により、診療所以外の性暴力被害者への支援は一時中止に追い込まれた。
アウトリーチ活動をして支援が必要な人を新たに見つけ出すことができなくなったのみならず、既に治療や相談を受けていた人に、電話をかけることさえできなくなった。被害女性の多くは、自分の携帯電話を持っていない上に、自宅の中でプライバシーもなかったからだ。
本来であれば仕事ができたはずの時間帯に外出できず、不満や挫折感が高まりアルコールに依存した夫は多く、妻やときには子どもにまで暴力をふるった。特に低所得地域でその傾向が強かった。しかし、被害女性の大半は夫に頼る以外生活手段がなく、ロックダウンの間はシェルターも閉鎖されていたため、逃げることができなかった。また、インドの法律では、夫婦間のレイプを犯罪と見なしていないため、苦情の申し立ては難しい。さらに悪いことに、ロックダウンの期間中は裁判所も閉鎖されていたので、離婚の申し立ても不可能だった。
患者の安心感を生むものは
5月から徐々に封鎖が解除されて以降、診療所の患者の数は以前の3倍にもなった。外出ができない間、望まない妊娠の数が急増したことが明らかになっている。
多くの人がウミード・キ・キラン診療所を訪れるのはなぜか。MSFは、患者へのケアにおいてプライバシーの確保を徹底していると、診療所でカウンセリングと健康教育を担うデビヤ・バトラは話す。例えば、他人の前で患者の名前を出したり、患者に何度も同じ話を繰り返させたりはしない。他の診療所よりも被害者が安心した様子を見せているという。
「プライバシーをしっかり守ることが、患者にとって『この人たちなら信頼できる。また足を運んでも大丈夫』という安心感につながっているのです」