見えない深い傷 コンゴ、恐怖と喪失がもたらす心の苦しみ

2021年01月08日掲載

避難民キャンプに暮らすジャンヌさん 武装集団の襲撃や夫との死別から心に傷を負い、MSFの心理ケアを受けた © Lucille Guenier/MSF避難民キャンプに暮らすジャンヌさん 武装集団の襲撃や夫との死別から心に傷を負い、MSFの心理ケアを受けた © Lucille Guenier/MSF

繰り返される略奪や殺害……。暴力の激化で多くの人びとが家を追われている、コンゴ民主共和国(以下、「コンゴ」)イトゥリ州。非人道的な出来事を目の当たりにしたり、過酷な状況に身を置き続けたりする中で、多くの人びとが心に傷を負っている。それは目には見えないが、深い傷だ。 

「生きる意味が感じられなくなった」

ジャンヌさんは、村から逃げてきた日のことを思い出す。2017年のあの日、何もかもが穏やかなリュル村の自宅で、昼下がりの時間を過ごしていた。平和な村に突然、武装集団が恐怖をもたらした。略奪、性暴力、そして殺人までが起こり、彼女は考える間もなく家族とともに家から逃げた。住まいも家畜も全て残して。

数年前のその出来事を回想していたジャンヌさんは、一呼吸置いて思考と記憶の中をさまよう。まなざしは沈み、悲しみに打ちひしがれている。

「避難先のキャンプにたどり着いた時には、何もかも失っていました。苦労して老後のために備えたものが奪い去られてしまいました。夫はそれに耐えられなかったんです。命が何より大事だと慰めようとしても、夫はもう聞く耳も持っていませんでした」

その後、夫は生きる意欲を失って、亡くなった。

「夫の死後、私も生きる意味を感じられなくなりました。入浴も、食事さえもしたいと思わないのです。ただただ身体が痛むばかりでした」

暴力から逃れた避難民の中には、ジャンヌさんのように心に深い傷を負った人が数多く存在する。国境なき医師団(MSF)は、そのような人びとが苦しみから回復できるよう心理ケアを行っている。 

イトゥリ州の避難民キャンプ 生活環境は厳しい © MSF/Avra Fialasイトゥリ州の避難民キャンプ 生活環境は厳しい © MSF/Avra Fialas

心理ケアへの高いニーズ

2017年以降、イトゥリ州全域で暴力が過熱した。危険から逃れた多くの人びとが避難生活を送る60余りのキャンプは、厳しい環境だ。保健医療、食料、飲み水、そして屋根に至るまでの一切が確保できていない。

先行きが不透明で、将来の設計ができない。大切な人を失った心の傷がずっと癒えないままの人も多い。不安、抑うつ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの心の不調が生じた人には、速やかな助けが必要だ。

州の公的保健医療にはそのような問題に対処できる態勢にない。そこで保健省を支援するため、MSFはドロドロ、ニジ、アングムという3つの保健区を対象に、精神保健の施設を開設した。施設スタッフは地元住民と協力し、心の健康問題の認知向上を図り、心的外傷に苦しむ人の特定に協力。また、個別の相談や、互いに学び合える集団療法を行っている。

MSFの心理療法士であるグラースはこう話す。「恐ろしい光景を目の当たりにした人もいます。避難民キャンプにたどり着くころには心も傷だらけで、悪夢などの心の不調が生じ、目撃した光景を追体験して、つらい感覚を払しょくできないのです」

こうした精神疾患は、現実との完全な乖離を引き起こしかねない。「心に不調をきたすと、母親であれば子育てができなくなったり、男性であれば家族に暴力をふるうようになったりすることがあります」

心の健康問題は時に身体症状にも現れる。精神保健のスタッフは、専門的訓練を積んだ医療スタッフと緊密に連携し、予防と治療の両面に対応している。 

避難民キャンプで心理ケアの活動にあたるMSFのスタッフ © Lucille Guenier/MSF避難民キャンプで心理ケアの活動にあたるMSFのスタッフ © Lucille Guenier/MSF

自信を取り戻すために

心が傷つくことで、依存症に追い込まれることもある。ニジの避難民キャンプでは安価で手に入るアルコールに依存する人が少なくない。

「何もかも失くし、子どもたちの未来を切り開いてあげることができない。そのことを忘れたくて、飲んでしまうことがあります」。そう語るジェルマンさん(28歳)は、この2年、妻と2人の子どもとともに避難民キャンプで暮らしてきた。将来を考えるとひどいむなしさを覚える。

別の男性は、「私は空腹を忘れたくて飲むことがあります」と明かした。

つらい現実を忘れ、そこから逃れるための飲酒。MSFはそんな自暴自棄の行為に警鐘を鳴らし続ける。まず患者の話に耳を傾け、患者自身の健康と周囲の人の生活を台無しにしかねないアルコールの作用について丁寧に説明していく。「患者さんが発言する機会を設けています。自信を取り戻し、よりよい未来を信じられるようにするためです」

冒頭のジャンヌさんは、集団療法と個人療法を経て、以前より前向きに考える勇気が出てきたと話す。「私は存在していていいんだ。いまはそう考えられるようになりました」 

アルコールの危険性を学ぶ若い男性たち 避難民キャンプには、将来への不安からアルコール依存に陥る人びとが多い © Lucille Guenier/MSFアルコールの危険性を学ぶ若い男性たち 避難民キャンプには、将来への不安からアルコール依存に陥る人びとが多い © Lucille Guenier/MSF

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