新型コロナウイルス:診療ボートに乗って──ブラジル・アマゾンの先住民を感染から守るために

2020年08月19日掲載

アマゾン川流域で小型船に乗り医療を届けるMSFと地元保健局のスタッフ © DiegoBaravelli/MSFアマゾン川流域で小型船に乗り医療を届けるMSFと地元保健局のスタッフ © DiegoBaravelli/MSF

アマゾン川流域で、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻さを増している。ブラジル当局による数の限られた抗体検査では、感染歴の有無を示すだけで、現時点での感染状況を知ることができない。また、広大な熱帯雨林地帯で感染者を追跡し、流行を阻止することは困難を極める。

外界からの感染症に特に脆弱なアマゾンの先住民にも、この新たなウイルスの脅威が忍び寄る。国境なき医師団(MSF)はこの地域でのコロナ対策へと向かった。

アマゾンの熱帯雨林へ入る

「当初、アマゾン川流域のへき地からは、まれに症例の報告がある程度でした」。こう話すのは、ブラジルでMSFの活動を統括するドゥニア・デキリだ。

「これらの熱帯雨林地帯では長年、医療サービスへの資金投入が満足になされていません。ただでさえ広大な地域です。遠距離で移動手段も不足するなか、感染経路の追跡や、高度な医療を要する患者をタイミング良く搬送することは、至難の業です。そのうえ難題となるのは、流域の先住民が通いやすい場所で治療を提供する必要がある一方で、感染症をコミュニティに持ち込むことがあってはならないということです」

アマゾナス州の州都マナウスから、船で川を2~3日にかけてさかのぼると、人口6万人の町テフェがある。この一帯で、新型コロナウイルスによる影響を最も受けた場所の一つだ。テフェ地域病院のタヤナ・オリヴェイラ・ミランダ院長は、感染が始まってからのいきさつをこう語る。

「最初の入院患者が確定した時点で、スタッフは警戒すると同時に不安を覚えました。入院患者の数は増え始め、少ない人員では手が回らない。ついに死者が出た時、私たちは衝撃を受けました」

「5月になっても患者は後を絶たず、死者は増え続け、体調を崩すスタッフも出てきました。患者数が多くて対応するスペースが足りないため、手順を見直し、専門病棟も作りました。ですが現場は混乱を極めていくばかり。ピーク時には41人が入院し、6人が酸素吸入を受け、州全域から救急輸送機の要請が相次ぎました。そしてその日、9人の方が亡くなったのです。当直医は泣き崩れ、スタッフは痛恨の思いで食事も取れないほどでした。皆、夜も眠れなかったことでしょう。少なくとも私は眠れませんでした。それでも翌日はまた病院のドアを開け、突き進まなければなりませんでした。他に選べる道はないのですから」

テフェ地域病院の研修。看護師がスタッフに医療器具の消毒の仕方を説明する © DiegoBaravelli/MSFテフェ地域病院の研修。看護師がスタッフに医療器具の消毒の仕方を説明する © DiegoBaravelli/MSF

MSFがテフェ入りする頃には、患者数は比較的対応できる水準にまで落ち着いてきた。同病院のスタッフたちは、何が必要なのかを痛感していた。新たな感染の波、つまり再び多数の患者が出る状況に備えるための研修だ。200名以上の医療・救急スタッフが、その後MSFによる講習を受けることとなる。

船上の診療所

治療を受けるため、医療船にやって来た地元の人びと © DiegoBaravelli/MSF治療を受けるため、医療船にやって来た地元の人びと © DiegoBaravelli/MSF

テフェ上流にて、船上の診療 © DiegoBaravelli/MSFテフェ上流にて、船上の診療 © DiegoBaravelli/MSF

テフェには、流域の人びとに基礎医療を届ける船上の診療サービスがある。2週間の航行で複数の場所に停泊しながら、河岸の住民の健康を支えるのだ。テフェに引き返す直前に立ち寄る居住地で、医療チームは小型ボートに乗り換え、各世帯への訪問診療に向かう。

「この地域の人びとは、外からの影響に対してとても脆弱です。そのため、彼らも医療スタッフも、診療中に感染しないよう、より一層気を引き締めます。MSFは都市封鎖が解除された直後に、船上診療での感染対策をサポートすると申し出たのです。最も無防備な人びとへの感染を、未然に防ぐことが重要だと判断したからでした」。MSFのナラ・ドゥエルテ看護師はそう説明する。

MSFの感染対策チームは、受診に来た人びとが船上で通る巡回路を、入口から出口まで設計するのに時間を費やした。夜、診療時間が終わると、同チームは常勤の診療スタッフと乗組員らに、感染予防策と呼吸器の救急ケアについて追加で研修を行った。

ミリニ河畔の居住地に到着したMSFと地元の保健局のスタッフ。ボートを降りて、訪問診療で定例の検診と予防接種を行う © DiegoBaravelli/MSFミリニ河畔の居住地に到着したMSFと地元の保健局のスタッフ。ボートを降りて、訪問診療で定例の検診と予防接種を行う © DiegoBaravelli/MSF

訪問先の家族の健康状態を確認するほか、定期的な予防接種も行う © DiegoBaravelli/MSF訪問先の家族の健康状態を確認するほか、定期的な予防接種も行う © DiegoBaravelli/MSF

ミリニ河畔にある訪問先の家庭にて © DiegoBaravelli/MSFミリニ河畔にある訪問先の家庭にて © DiegoBaravelli/MSF

現地の人びとのニーズに応じる

アマゾナス州で2番目に大きい都市で、黒味がかったネグロ川の北岸に位置するサン・ガブリエウ・ダ・カショエイラ。MSFはこの町に、軽症・中等症患者を受け入れる新型コロナ治療センターを開設した。この施設は、さまざまな面で地元の伝統に適応している。住民の90%以上が先住民の出身だからだ。

例えば患者は治療中、施設内での付き添いが許されている。病院では通常、認められていないことだ。患者と付き添い人のためのハンモックも備え付けられた。この一帯で多くの人が用いる伝統薬も、併用による副作用がない限り、MSFの治療薬と合わせて使用することができる。先住民の霊的指導者であるシャーマンの見舞いや儀式も可能だ。唯一の条件としては、患者との接触による感染を避けるため、個人防護具の着用が求められる。

また、ニーズに沿った援助を受けられる場所があると住民に周知することが必要だ。MSFチームは先住民の指導者や関連団体と話し合い、住民からの質問に答えるために、村落向けに定期的に流されるラジオ放送に出演した。

先住民と無線で通信し、MSFのコロナ治療センターについて寄せられた疑問に答えるフェルナンダ・アブランテス医師 © DiegoBaravelli/MSF先住民と無線で通信し、MSFのコロナ治療センターについて寄せられた疑問に答えるフェルナンダ・アブランテス医師 © DiegoBaravelli/MSF

センター開設後、最初の2週間で受け入れた新型コロナウイルス感染症患者は10人。その全員が完治し、退院した。アントニオ・カストロさん(99歳)もそのひとり。呼吸困難から感染が疑われ入院したが、治療後ほんの数日で退院を果たした。

サン・ガブリエウ・ダ・カショエイラ市のMSFコロナ治療センターで、介助を受けるアントニオ・カストロさん(99歳) © DiegoBaravelli/MSFサン・ガブリエウ・ダ・カショエイラ市のMSFコロナ治療センターで、介助を受けるアントニオ・カストロさん(99歳) © DiegoBaravelli/MSF

まだ見えぬ終息への道筋

新型コロナウイルスに関する疑問の多くが解明されず、この大流行が終息するまでの道のりはいまだ見えてこない。ブラジルでの感染状況を注視してきたMSF医療コーディネーターのアントニオ・フロレスはこう話す。

「アマゾナス州での大流行は既に終わっていて、“集団免疫の獲得”を待てば良かっただけだ、などという話を耳にします。しかし、感染者が増えれば、亡くなる人も増える。その事実を度外視するのはとんでもないことです。私たちの目の前で医療が崩壊し、感染抑止への対応が遅れたことで数多くの命が失われたのですから」

同州での新たな症例は減少傾向にある。だがブラジル内陸部での状況は明らかでなく、そうした医療の受けにくい遠隔地域で人知れず感染が拡大していくのではないかと懸念されている。

先住民ヤノマミ族の指導者ヴィウマル・ダ・シウヴァ・マトスさん © DiegoBaravelli/MSF先住民ヤノマミ族の指導者ヴィウマル・ダ・シウヴァ・マトスさん © DiegoBaravelli/MSF

先住民ヤノマミ族の指導者ヴィウマル・ダ・シウヴァ・マトスさんは時折、地元のマトゥラカからサン・ガブリエウ・ダ・カショエイラの町に赴く。新型コロナウイルス感染症が自らのコミュニティの近くまで広がり、高齢者では重症化しやすいと聞いた時には、恐怖に駆られたという。

「私たちはもうおしまいだと思いました。何よりお年寄りのことが気懸りだったのです。ヤノマミの生き字引であり、語り部でもある先達たちを失うことになるのではないかと」

アマゾン全域で新型コロナウイルスの感染拡大を抑えることは、人命とともに、何世代にもわたって受け継がれてきた、かけがえのない知の尊厳を守ることでもあるのだ。

ミリニ湖畔の居住地で、子どもに手の消毒方法を実演 © DiegoBaravelli/MSFミリニ湖畔の居住地で、子どもに手の消毒方法を実演 © DiegoBaravelli/MSF

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