新型コロナウイルス:住民の25%が感染した都市も……終わりの見えないブラジルの「悪夢」

2020年06月25日
マナウスの隔離観察センターで先住民族の女性の血圧を測定する医療スタッフ © Euzivaldo Queiroz/MSF
マナウスの隔離観察センターで先住民族の女性の血圧を測定する医療スタッフ © Euzivaldo Queiroz/MSF

ブラジルでは、毎日1万5000人から3万人もの人びとが新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に感染し、数百人が命を落としている。6月中旬時点で同国で報告された感染者数は87万人を超え、死者数は4万3000人以上にのぼる惨状だ。

流行の波は富裕層から貧困層へ、そして沿岸都市から内陸部へと移動。スラムやバラック集落の住民、ホームレス、先住民やアマゾン川流域に住む人など、感染リスクが高いにも関わらず取り残された、大勢の人びとの命を脅かしている。 

病院はすべて満床。搬送した時にはすでに手遅れに

北西部に位置するアマゾナス州は、新型コロナウイルスによる死亡率が国内で最も高い州であり、州都マナウスの医療体制は壊滅的な状況に陥っている。「マナウスに4ヵ所ある大きな病院はすべて満床です。医療チームは懸命な努力を続けていますが、多くの患者は搬送されて来た時点ですでに重篤な状態で、助からない命も少なくありません」と話すのは、MSFの緊急対応コーディネーターとして今回の活動を立ち上げた、バート・ジャンセン医師。

驚くほど高い死亡率には、2つの大きな要因がある。一つは、集中酸素治療を必要とする人に対し、集中治療室(ICU)のベッド数が圧倒的に不足していること。特に6月は、何百人もの重症患者がICUのベッドに空きが出るのを待っている状態だという。

そしてもう一つは深刻なスタッフ不足。ブラジルでは医療従事者の感染が相次いでおり、4月上旬には230人だった陽性例(疑いを含む)が、5月上旬には1万1000人に増加。毎月100人近い看護師が死亡しているというのだ。

アマゾン川を一日半かけてボートでさかのぼった場所にあるテフという町は、深刻な状況に置かれている。「調査のために訪問した病院では、集中的な治療を必要としていた患者のほぼ全員が、すでに亡くなったと聞かされました」とジャンセン医師は話す。

 遅々として進まない検査体制も、状況を悪化させる原因だ。ブラジルは感染者数、死亡者数ともに米国に次ぐ世界第2の感染国であり、全国的に大規模な感染拡大が起きていることは明らかであるにもかかわらず、現在の実施状況は100万人あたり7500件にとどまっている。これは米国の10分の1、そしてポルトガルの12分の1という低い数字だ。

「ブラジルがこのような厳しい状況に立たされているのは、決して偶然ではありません。以前からこの国は深刻な格差社会で知られており、今回の新型コロナウイルスの爆発的な広がりは、結果として貧しい人やホームレス、またアマゾン川流域の住民など、多くの人びとが医療体制から締め出されているという事実を露呈することになったのです」と話すのは、MSFブラジルの事務局長アナ・デ・レモス。「州や自治体は総力をあげてパンデミックに対応していますが、中央政府と地方自治体が示すガイドラインや政策、全般的なアプローチが大きく食い違っているために混乱が生じることが少なくありません。政府による死者数の発表の際にも、死因を明確にしないことさえあるのです」

複数の問題を抱え、感染リスクが高いアマゾン川流域

広大な土地に先住民の集落が点在するアマゾン川流域は、特に感染リスクが高い場所だ。長年にわたり、鉱物の採掘、森林伐採、農地拡大、そして医療インフラ整備への資金不足といった問題を抱えるこの地域では、都市部からの流行の推移により、感染者が一気に増加する恐れがある。

「ウイルスの広がりは速く、予測がつきません」と語るのは、MSFの新型コロナウイルス感染症対応コーディネーターを務めるブリス・デ・ル・ヴィンヌ。現地の状況を「感染者が急増したマナウスでは、前もって現地入りしていた少人数のチームで、援助活動に最適な拠点を大急ぎで探さなければなりませんでした」と振り返る。

市内に入ったMSFチームは、48床のベッドと集中治療室、そして重症患者のための病棟を備えたデアゴスト28病院で診療を開始し、疲弊しきっていた医療体制の改善を図った。さらに新型コロナウイルスの治療経験を持つICU専門スタッフを他の国から招き、新しい治療手順を取り入れることで、院内で患者の受け入れを行う区画の安全性を向上させた。これらの活動により、5月28日にMSFが医療活動をスタートして以来、病棟内のベッドは80%以上が使用されているものの、症状がかなり進行した患者でも回復に向かうケースが増えているという。

人口が200万余りのマナウスでは、ソーシャルディスタンシング(社会的距離の保持)が浸透しておらず、市外から大勢の人が訪れる市場では、クラスターの発生が懸念される。約3万人いるという先住民には十分に医療が行き届いていないため、MSF健康教育チームは地域の団体や地域社会のリーダーと協力しながら、感染症対策のアドバイスを行い、感染者を早期に発見すべく積極的な検査を実施している。他にもMSFは軽症の患者を対象にした居住型診療所も運営し、経済的な機会を求めてベネズエラからブラジルへと移住したワラオ族の人びとを受け入れている。 

診療所でワラオ族の男性の検温を行うMSFスタッフ © Euzivaldo Queiroz/MSF
診療所でワラオ族の男性の検温を行うMSFスタッフ © Euzivaldo Queiroz/MSF

住民の4分の1以上が感染……先住民に迫る危機

現在パンデミックの波は、アマゾン川流域に住む先住民へと迫っている。ベネズエラと国境を接する北部のロライマ州では、この2週間で感染が爆発的に広がっており、州都ボア・ビスタにいたっては住民の4分の1以上が新型コロナウイルスに感染したという。診療所から遠く離れた地域に住んでいる彼らは、そもそも医療を受ける機会が少なく、マスクを手に入れることも難しい。通院する際には混雑した公共交通機関を使わざるを得ないため、感染リスクがひときわ高いのだ。

現在、州の公立病院は完全にキャパシティーを超えており、患者は廊下で治療を受けるか、酷い場合には診察すらしてもらえずに返されることもある。

どうすれば最も良い方法で先住民と連携できるのか。MSFは検討を重ねる一方で、ブラジル北部の町テフェとサン・ガブリエウ・ダ・カショエイラにおいて、新型コロナウイルス感染症治療センターの開設準備を進めている。この施設の目的は、中等症から集中治療が必要な重症患者の治療を行い、既存の病院の負担を軽減することだ。どちらの町も、マナウスからは船か飛行機で数日程度の場所にあるため、先住民にとっては貴重な救命医療機関となる。またロライマでは、新たに700床のベッドを有するコロナ専用病院を設置し、ICU業務の研修と院内での監督業務を行うなど、効果的な病院運営に貢献している。 

先住民の女性の検温を行う医療スタッフ。ここでは軽症・中等症の患者を受け入れている © Euzivaldo Queiroz/MSF
先住民の女性の検温を行う医療スタッフ。ここでは軽症・中等症の患者を受け入れている © Euzivaldo Queiroz/MSF

感染は富裕層から貧困層へ。顧みられない人たちを守るために

リオデジャネイロやサンパウロといった大都市で、富裕層が住む一部地域で最初に感染が広まったのは、海外旅行から帰国した人がウイルスを持ち込んだためだと考えられている。しかし、いま死の危険にさらされているのは、ホームレス、薬物使用者、介護施設にいる高齢者など、貧しく、顧みられることのない人びとだ。

「サンパウロには以前から2万4000人ものホームレスがいるうえ、コロナ禍の影響で新たに大勢の人が仕事を失いました」と話すのは、サンパウロのプロジェクト・コーディネーターであるアナ・レティシア・ネリー医師。「極度の貧困に陥り、自宅も希望も失う人。苦しんでいるのに通常の医療すら受けられない人。そんな人たちを見ると心が痛みます」と唇を噛む。

しかしうつむいてばかりはいられない。ダウンタウン地区では、MSFのチームがホームレスやスラム街住民の援助活動を実施し、市や地元団体と協力して2つの隔離施設で軽症および中等症のホームレスの患者を受け入れているほか、クラコランディアと呼ばれる地域では、アルコール依存症やクラック・コカインという薬物依存者を対象にした健康教育と援助も実施する。またリオデジャネイロでは、陽性患者のモニタリングを行い、診療所や病院を訪れた人に感染予防のためにできることを伝えるなどして、限界に達しつつある医療機関の負担軽減に取り組む。

MSFは、さまざまな地域で感染予防と制御に関する技術指導を行う一方、医療従事者に対するメンタルケアにも力を入れている。また別のチームは、サンパウロで緩和ケア拠点の開設を検討しており、回復の見込みがないと判断された患者が残された時間を安らかに過ごし、尊厳を持って死を迎える準備を手伝っている。

他にも地元の医療当局と協力し、活動を拡大する方法を模索しているが、それでも受け入れ態勢の限界は近い。国内外からの直接的な援助と物資提供を通じて、感染症と最前線で闘う医療従事者を支えていかなければならない。 

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