「人道援助が届かない」世界で広がる対テロ政策 弊害が明らかに 調査結果

2022年02月21日
2016~2017年、「イスラム国」からモスルの旧市街を奪還するための紛争では、医療も犠牲になった © Sacha Myers/MSF
2016~2017年、「イスラム国」からモスルの旧市街を奪還するための紛争では、医療も犠牲になった © Sacha Myers/MSF

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件をきっかけに急速に拡大した「テロとの戦い」。現在では多くの国々が「対テロ政策」を展開している。「対テロ政策」と聞くと、一般市民を巻き込む無差別の暴力を防ぎ、人道援助のニーズを減らすことにもつながるというようなイメージがあるかもしれない。しかし、国境なき医師団(MSF)の活動地ではこれとは異なる現実が存在する──各国が対テロ政策を拡大解釈し、さまざまな形で適用した結果、紛争地域で人道援助を受けられない人びとが増えているのだ。また、公平な医療の提供がより危険で困難なものとなっている。
 
人道援助の現場で何が起きているのか。MSFは報告書「対テロ政策が『傷口に塩を塗る』──公平な医療のため人道援助の最前線で働くスタッフの証言」でその実態を明らかにした。

人道援助がテロ行為と見なされる現実

対テロ政策は人道援助活動にどう関わるのだろうか。例えばナイジェリアの北東部では、人道援助団体が政府軍の駐屯地域から外へ出ることを許されておらず、「反政府勢力」が支配する地域へ入ることができない。このため、イスラム過激派「ボコ・ハラム」の拠点があるボルノ州では、州内の4分の3以上の地域で援助が行き届いていない(2019年12月時点)。「反政府勢力の支配地域に暮らす住民」という理由で、重度の栄養失調に陥った子どもたちであっても治療を施せない状況が生じているのだ。もしこの子たちに接触を試みようものなら、援助団体はテロリズムの“ほう助”や“教唆”だとして非難され、最悪の場合、活動停止を命じられてしまう可能性すらある。
 
人道援助を届けるには、その地域を支配する勢力との接触が欠かせない。支援を求めている住民へのアクセスを確保するために、「独立、中立、公平」な立場で行われる活動の主旨を説明し、理解を得ることが必須だからだ。しかし、「テロとの戦い」が展開されている紛争地域では、政府がある武装集団を‟テロリスト”と指定すれば、そのグループにコンタクトを取ることさえ、テロ行為だと見なされる。そうした事例は実際さまざまな国で報告されている。

救命のための患者搬送を行う救急車が、対テロ戦争下では、止められたり妨害されたり、あるいは直接攻撃されたりしており、患者が治療を受けることができず、また医療従事者が危険にさらされている © Robin Meldrum
救命のための患者搬送を行う救急車が、対テロ戦争下では、止められたり妨害されたり、あるいは直接攻撃されたりしており、患者が治療を受けることができず、また医療従事者が危険にさらされている © Robin Meldrum

本来、戦闘行為の際には、国際人道法を守ることが紛争当事者に求められており、ジュネーブ条約と追加議定書が、医療・人道援助の従事者に対する保護を定めている。これらの国際的な法的枠組みは、誰に対しても区別することなく、独立、中立、公平な立場で医療を提供できることを保証するものだ。
 
一方で、対テロ政策が世界中で推し進められ、各国で新たな規制や制裁が課されるようになった。「対テロ」の名目で作られた国内法のもと、反政府勢力の支配地域にいる住民への援助や反政府勢力への接触など、実にさまざまな行為がいまや「犯罪」として規制の対象となっているのだ。

調査で明らかとなった「対テロ政策」の弊害

対テロ政策の影響が最も深刻なのは、ナイジェリア、アフガニスタン、イラクといった国々。MSFはこの3カ国で活動したスタッフに調査を行い、対テロ政策がいかに医療・人道援助の最前線にいる人びとを苦境に追い込んでいるかを調査した。
 
明らかになったのは、反政府勢力が支配する地域の住民への援助提供や反政府勢力に接触することが規制されてきただけでない。反政府勢力側の負傷者に医療を施すことも規制されていた。
 
さらに、人道的な医療活動を妨害するケースも多々起きている。患者や治療にあたる医療従事者、活動を実施するためにさまざまな勢力と交渉するMSFスタッフなどに対する脅迫、嫌がらせ、暴行、医療施設への攻撃が、この3つのどの国からも報告があった。また、対テロ政策として展開される軍事作戦は、コミュニティー全体への無差別攻撃、包囲攻撃、空爆を正当化し、より多くの一般市民の犠牲を生んでいることが分かった。

人道援助が妨げられてはならない

各国は対テロ政策が人道危機の現場で働く人道援助従事者に及ぼす影響を認め、公平な立場にある人道援助団体が「テロとの戦い」による規制や軍事作戦に妨害されることなく活動できるよう、事態を早急に改善していくべきだ。
 
医療・援助従事者が患者のニーズのみに基づいた治療を行うことができる環境が欠かせない。医療施設はどんな軍事行動でも標的にされるべきではない。支援を必要する民間人は適切に保護されるべき存在だ。たとえ反政府勢力が支配する地域に暮らそうとも、住民を安易に“テロリスト支持者”と決めつけ、人道援助へのアクセスを奪ってはならない。 

 
MSF主催のイベント(2020年)『人道援助をめぐるディスカッション ~「人道・医療要員の保護」と「対テロ政策下における人道スペースの確保」~』の内容はこちら

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