援助に従事する者はテロリストではない──。アメリカ同時多発テロ事件をきっかけに始まった「テロとの戦い」。対テロの強硬な政策は世界各国に広がり、援助の現場にも思わぬ波紋がおよんでいる。反政府側の地域にいる人びとがテロリストの支持者とみなされ、さまざまな被害を受けているのだ。
対テロ戦争が援助を行う最前線にどう影響するのか。国境なき医師団(MSF)で調査分析を担当するジョナサン・ホイットールとルース・サーベドラが、これまで語られてこなかったこの問題について記した。
「傷口に塩を塗られるようなもの」
「テロとの戦い」が始まってから20年が経った。MSFの現場スタッフは、この戦いがどれほど市民に影響し、また困窮する人びとへの援助活動を難しくするのかを目の当たりにしてきた。ナイジェリア、アフガニスタン、イラクは、中でも対テロ政策による影響を大きく受けている国々だ。MSFはこれらの国で活動したスタッフに調査を行い、先日、報告書をまとめた。対テロ戦とその影響を議論する場では、最前線で働く人たちの視点があまりに軽視されてきたからだ。
スタッフの話は胸に迫るものだった。ある同僚は、戦地での仕事はたださえ危険で過酷だが、対テロ政策下で働くのはさらに「傷口に塩を塗られるようなものだ」と言い表した。
際限なく広がった「テロとの戦い」は、医療・人道援助の最前線で働く人たちを残酷な状況に追い込んでいる。報告によると、MSFスタッフは病院内や周辺で、あるいは救急車で向かった路上で、殴られたり、嫌がらせや侮辱を受けたり、“テロリストを支援する者”だと非難されたりしてきた。また治安部隊からは、“テロリスト”の可能性がある患者は拒否するよう求められる。武装勢力からは敵視されることが多く、政府に近すぎないと認められた場合に限り容認されることもある。一方、政府は軍事的な目的に応じて、医療援助を許可することもあれば妨害することもある。その判断で私たちの活動が左右されれば、武装勢力側に疑念を生じさせてしまう。そしていずれの陣営にせよ、MSFが敵方を助けていると見なせば、攻撃してくる。
その結果、紛争の前線エリアにいる最も弱い立場の人びとに医療を届けられない事態に陥るのだ。
誰もが誰かにとっての“テロリスト”
多くの国家が、政府の敵となる勢力をテロリストと認定することによって幅広い権限を手にしている。ロシアがチェチェン共和国で行った先例にならい、米国と同盟国はアフガニスタンとイラクでの戦争で、そしてイスラエルとともにガザ地区とヨルダン川西岸地区で、後に他国が続く「対テロ」の道を切り開いた。カメルーン、マリ、モザンビーク、ナイジェリア、シリア、イエメンなど、数え切れぬ国々で行われている紛争は、いまやテロリスト指定した敵との戦いになっている。誰もが誰かの「テロリスト」なのだ。
このような情勢のなか、最前線で働くMSFスタッフは患者が病院のベッドで逮捕されたり、医療施設が無差別爆撃で狙われ破壊されたりするのを目撃してきた。こうした攻撃は、敵対行為に直接関わった人なのかどうかを問うことなく実行される。ただ「犯罪容疑」の覆いをかけられ、さらには“テロリスト”の支配地域に居合わせただけの人もあらゆる保護を失ってしまうのだ。一般市民はいつ終わるとも分からない包囲網の中に留め置かれ、直接攻撃を受けることさえある。援助は人道的な必要性からではなく、軍事上の優先事項によってさえぎられたり、届けられたりする。
対テロ戦争を行っている人びとはこうした状況でさえ正当化したり、その悪影響をまるでなかったことにしたりしている。テロとの戦いにおいては、「テロリスト」は国際人道法が適用される「敵対する武装勢力」とはみなされず、むしろ「犯罪者」であり、「法の執行」によって根絶してよい対象だと都合よく規定しているのだ。
しかしここで、戦争に関する戦時国際法と各国の反テロ法が対立することになる。政府にしてみれば、2つの法の間にグレーゾーンを設けることで、軍事行動への足かせを緩めるきっかけをつくり出せる。だがMSFの現場スタッフにとって、この問題はあいまいなものではない──負傷者や病人への援助活動は戦時国際法のもとで保護されているが、対テロの国内法では犯罪として扱われてしまうことがよく起こるからだ。
市民と医療は守らねばならない
援助の妨げとなる障害はたいていの場合、私たちの活動を受け入れてもらうよう全ての紛争当事者と交渉することで解消できる。それこそMSFが設立以来50年の歴史を通じ、数え切れぬ戦争や紛争の場面で実践してきたことだ。私たちの団体が役に立ち、どの陣営にも属していないことを示せれば、政府とも、武装勢力とも話し合いの席について、安全に活動するための合意を形成できる。
しかし対テロ政策下では、「敵か、味方か」という論理が極端な形で適用される。そのため私たちは、政府から武装勢力と交渉することを禁止されたり、武装勢力に不信感を持たれたりして、あらゆる紛争当事者との対話ができなくなってしまうのだ。
各国は、対テロ政策が現場で働く者におよぼす影響を認め、現代の紛争においても人道援助や医療活動の保護を継続させる姿勢をこれまで見せていない。その代わりに「テロとの戦い」という言葉と論理ばかりが、やみくもに増幅していった。
いま必要なのは、このような戦争の渦中にいる援助従事者と援助を受ける人びとへの扱いを改善することだ。報復を恐れることなく、患者のニーズのみに基づいた治療を行える環境が欠かせない。医療施設は、いかなる軍事・治安活動からも守られなければならない。私たちの活動地で暮らす人びとは、一般市民として扱われ保護される必要があり、“テロリスト支持者”と決めつけられて抹殺されるべきではない。また私たちは、MSFに危害を加えるかもしれない勢力とも、あるいは最も困窮する人びとへの接触を橋渡しできる勢力とも、“テロ支援”と非難されることなく対話できる環境を求めている。
公平な立場にある人道援助団体は、「テロとの戦い」を規定する法制や軍事作戦の対象から除外される必要がある。患者やその治療に当たる医師に対する脅迫、嫌がらせ、暴行、暴力を止めなければならない。公平な人道的活動が、対テロ政策の巻き添えで被害を負う状況は終わらせなければならない。
◆ジョナサン・ホイットール(MSFベルギー事務局、分析部長)と、ルース・サーベドラ(対テロ政策の援助従事者に対する影響をまとめた報告書で分析を主導)による共著
対テロ政策が医療援助の現場におよぼす影響を調査したMSFの報告書“Adding salt to the wound - Counter-terrorism and medical care”はこちらから(英文)
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