奪われた24人の命──アフガニスタン、産科病棟の襲撃から1年
2021年05月12日今日から1年前の2020年5月12日、アフガニスタンの首都カブールで国境なき医師団(MSF)が運営するダシュ・バルチ病院産科病棟が襲撃を受けた。これにより、16人の母親、7歳と8歳の子ども、そしてMSFの助産師を含む、24人の命が奪われた。
事件を受け、MSFは同病院からの撤退という苦渋の決断を下した。現場では何が起き、MSFはどう判断したのか。MSFオペレーション・ディレクターのイザベル・ドゥフルニー医師が語った。
妊産婦が狙われた
あの日、襲撃犯らは明確な意思のもとで、病床の妊産婦を次々に殺害していきました。産科病棟へのこれほど凄惨な襲撃は、アフガニスタンでも、MSFの50年の歴史の中でも前例がありません。あのような暴力が、出産を控えた無防備な女性に対して振るわれるとは全く想像していませんでした。
事件の後は、負傷した人たち、ご遺族、そして私たちのスタッフに心のケアなどの支援を提供すべく力を尽くしました。
誰が何のために
あの襲撃には、どの勢力からも犯行声明が出ていません。アフガニスタン政府は事件直後に反政府勢力「タリバン」によるものだとしたものの、タリバンはこれを否定。反政府勢力の「イスラム国ホラサン州」の関与だとする声も上がっています。しかし、これらの勢力の犯行を裏付ける証拠は一切公にされていません。
MSFが行った調査でも、襲撃犯を特定したり、動機を突き止めたりするには至っていません。
責任の所在は明らかになっていないものの、この事件にはアフガニスタン当局へのある種の報復が絡んでいる可能性がMSFの調査で示唆されました。アフガニスタン政府軍が行った「イスラム国ホラサン州」に対する軍事作戦で妊婦2人を含む女性3人が死亡したことや、「イスラム国ホラサン州」支持派とされる女性や子どもがアフガニスタン当局に拘束されたことで、ダシュ・バルチで妊婦が狙われたという可能性です。
他方で、少数民族のハザラ人であることが理由で彼女たちが狙われた可能性も否めません。ダシュ・バルチの地域では、この数年ハザラの人びとへの襲撃が続いているのです。
患者とスタッフの安全が確保されての活動
現地の人びとの医療不足は非常に深刻で、私たちにはアフガニスタンでの活動を続けたいという思いがあります。しかし、患者さんとスタッフの最低限の安全が確保されなければ、活動を行うことはできません。
2004年、スタッフ5人の殺害を受け、MSFはアフガニスタンから撤退しました。その後2009年に活動を再開しましたが、アフガニスタンは特に危険な活動国の一つだという認識はありました。
それでもその頃は、各方面の当事者との関係を復旧させれば、私たちにとって安全な活動の場をつくれると考えていました。しかしその後、クンドゥーズの病院爆撃とこのダシュ・バルチ産科病棟襲撃を経たいまとなっては、当事者との関係構築だけでは足りなかったと認めざるを得ません。
状況は地域によって異なりますが、俯瞰すると現在のMSFのアフガニスタンでの活動には制約と限界があります。そのため、私たちが活動するのは、確かな足掛かりを築けると考えられる地域のみです。MSFとの交渉に前向きなあらゆる当事者との関係を固めながら、情勢や治安を常に注視して活動を続けていきます。
MSFは1980年からアフガニスタンで活動。現在はカンダハル、ホースト、クンドゥーズ、ヘルマンド、ヘラートの5州でプロジェクトを運営している。2020年には診療11万2453件、分娩介助3万7898件、大規模な手術5669件を無償で行った。アフガニスタンにおける活動は民間の寄付のみを財源とし、各国政府による資金は一切用いていない。