イベント報告
【イベント報告】人道援助コングレス東京2022「今、あらためて人道を考える」
2022年06月30日3回目となる2022年は、昨年と同様、赤十字国際委員会(ICRC)と共催し「今、あらためて人道を考える」をテーマに、4つのトピックについて議論が行われた。プレセッションではウクライナ紛争と国際人道法についての課題を考察。本セッションでは、薬剤耐性(AMR)のサイレント・パンデミック、人道的危機への民間セクターの役割、長期化するアフガニスタンの人道危機について議論した。
オープニングではMSF日本会長の中嶋優子が開会の挨拶を行い、ウクライナの人道危機が国際社会の注目を集める一方、他の地域で起きている人道危機への関心や支援が薄れてしまっている現実を指摘。いま、改めて今日の人道危機に対する理解を深め、極限状態にある人びとの生命と尊厳を守るため、国際社会に何ができるのかを考える機会にしたいと述べた。
オンライン形式で開催されたコングレスには、それぞれのトピックの専門家や活動従事者が、日本、ウクライナ、パレスチナ、アフガニスタンなど世界各地から出席。人道援助活動の現状や課題についての発表・紹介の後、視聴者から多くの質問が寄せられ、「人道とは何か」について改めて深く学び、考える2日間となった。
プレセッション:ウクライナ紛争と国際人道法
2月にウクライナ紛争が激化して以来、遠く離れた日本でも、連日悲劇を伝える映像が流れ、ロシアへの制裁の影響を受けて食料やエネルギーの価格が高騰し、ウクライナから脱出した人びとが入国している。もはや、「地球は一つであり、どこで起きている人道危機とも私たちは無関係ではない」。モデレーターのNHKワールド榎原氏の言葉とともに幕を開けたプレセッションでは、現地で直接人道援助に携わっているICRCとMSFから、4人のパネリストが登壇。セッションの前半では、現地の人道状況や課題が共有され、セッションの後半では、私たち日本人が、いかにこうした人道危機に関わって行くべきか、議論が行われた。
セッションの前半では、まず、ウクライナの首都キーウから参加した、ICRCのアンジェリク・アペルー氏が、現地の人道状況を報告。「食料や水、医療などの緊急支援から、シェルターの提供、水道施設などのインフラの再建まで、あらゆる支援が必要とされている。心のケアも重要。今後も前線へ支援を届けるため、アクセスを確保し続けることも課題。紛争が終わった後も、長期にわたり経済面での支援が必要」と尽きないニーズを列挙し、国際社会には、「ウクライナへの関心を絶やすことなく、支援し続けてほしい」と呼びかけた。
特に、マリウポリは、「気温が氷点下15度に達する中、電気も水もなく、物資も入手し難く、住居や病院は破壊され、通信は遮断され、砲撃や地雷の危険もあり」、ひっ迫した状況にあると指摘。ICRCは、住民の安全な避難のための交渉や、当面の暮らしのための現金支援を行っていることに加え、アゾフスターリ製鉄所では捕虜の登録を行ったと語った。
次に、MSFのトリッシュ・ニューポートが、現地の医療状況を報告。「一番の課題は、ニーズが膨大であること」と指摘。具体的には、「大勢の死傷者が発生し、医療崩壊が生じる」、「外傷患者への対応が優先され、プライマリー・ヘルスケアへのアクセスが難しくなる」、「前線付近の病院で、医療用品を含む物資の供給が途絶える」などの事態が起きていると列挙した。そうした中でMSFは、医療支援の他、物資の寄贈や、水や電気の供給、人びとの心のケア、移動診療所の開設など、多岐にわたる支援を提供していることも紹介した。
課題としては、「ウクライナにはもともと高水準の医療があることや、現地では多様な団体が支援を提供していることから、刻々と変化する状況の中で、満たされていないニーズをいかに特定し、対応して行くか」が難しいと説明。さらに、「『ドナー疲れ』が生じ、時間とともに支援の縮小や、満たされないニーズの拡大が予測される」ことに懸念を示した。
セッションの後半では、まず、ICRCのレジス・サビオ氏が、ICRCや日本赤十字社によるウクライナでの人道支援活動のための、日本政府からの多額の資金協力や、一般の人びとからの多額の寄付に謝意を表明。
その一方で、ウクライナ危機の影で見過ごされている国や人に光を当て、「世界には、アフガニスタンなど、他にも危機に見舞われている国々があることを忘れてはならない。8年にわたり続いていたウクライナ紛争も、今まで見過ごされていた」、また、「ウクライナ難民の受け入れは歓迎すべきことだが、難民認定基準は公平でなければならない」と訴えた。そのうえで、ウクライナ危機に対しては、日本を含めた国際社会が、「受け入れがたい規模の死や破壊が起きているいま、どうすれば、紛争下で国際人道法が守られるか、改めて議論する必要がある」と強調した。
MSFの村田慎二郎は、2016年に国連安全保障理事会(安保理)で「紛争下の医療従事者及び医療施設の保護に関する決議2286号」が全会一致で採択されたにも関わらず、ウクライナ紛争下では今なお医療への攻撃が後を絶たない現状を危惧。6月に日本が安保理の非常任理事国に選出された場合には、「政府が、人道的な観点からのリーダーシップを国連外交の場で発揮することを期待したい」と語った。そのうえで、各国は、国際人道法を守り、医療施設や医療スタッフ、医療を必要とする人びとを攻撃してはならないと改めて訴えた。
セッション1:命をおびやかすAMR の「サイレント・パンデミック」に立ち向かう──医療・人道アクターの役割
このセッションではまず、世界保健機構(WHO)のアナンド・バラチャンドラン氏がAMRの国際的な統計や、163カ国が参加した統計結果を紹介。多くの国がAMRの活動対策を強化していく重要性を説き、認知度向上キャンペーンや医療従事者への包括的な教育、適切なデータ収集の必要性を示した。
続いて、MSFのガザプロジェクトで活動するホサーム・M・アルタルマス医師が2019年から2021年に実施した統計結果を紹介。統計によると408人の外傷患者のうち、86%が骨髄炎を罹患しており、55%が薬剤耐性菌に感染していた。特に、封鎖されているガザ地区においてAMR管理は困難を伴う。強い抗菌薬による治療の他、感染予防・制御策(IPC:Infection Prevention and control)が必要となり、ラボ設備を整え、検査に基づく適正な抗生物質の使用を訴えた。
また、日本感染症学会理事長の四柳宏医師が、日本におけるAMRへの取り組みや2004年に設立された日本医療政策機構(HGPI)について解説。製薬会社、学会、非営利組織などで構成されたAMRアライアンスなどを通じた日本政府への働きかけや産官学による新薬開発の現状を紹介した。
公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)のCEO國井修医師は、過去を振り返り、HIV/エイズ、結核、マラリア治療の薬剤耐性問題を例に「顧みられない熱帯病」の分野で薬剤が長年開発されない背景を指摘。GHIT Fundが世界160以上のパートナーと手掛けている開発について紹介した。また、AMRだけではなく総合的な感染症対策が重要であると述べた。
パネルディスカッションではAMRの認知度向上やコロナ禍における日本での抗菌薬使用、AMR発生の原因、紛争地における医薬品アクセスの課題などについて議論を行った。社会から取り残されている最も立場の弱い人びとにリーチを拡大していく大切さや、ワクチンを含む予防の重要性、G7など国際的な場でのAMR対応の議論に向け、異なる立場や視点から意見交換を行い、教育、研究開発、資金調達など各セクターを横断した連携への期待が語られた。
(本セッションは日英同時通訳付きで実施されました。音声は話者の言語となります)
セッション2:複雑化・長期化する人道的危機への対応における民間セクターの役割
冒頭にはICRCが、ニジェールでの家畜へのワクチン接種から、アゼルバイジャンでの水道管の敷設まで、2021年に世界各地で行った多岐にわたる活動のダイジェスト動画を紹介。続いて、UNHCRの駐日首席副代表のナッケン鯉都氏が開会の挨拶として、「複雑化・長期化する人道危機に対応するには、より迅速かつ柔軟で、最新技術を使った援助に変えて行くことが必要であり、そのためにも民間企業との『シェアード・バリュー・パートナーシップ』が求められる」ことを強調し、セッションが始まった。
最初のスピーカーは、日本電気株式会社(NEC)執行役員兼CCOとして、同社のグローバル事業全般を統括する室岡光浩氏。同氏は、2015年に立ち上げた、自社技術を活かし、国連などの国際組織が抱える課題の解決を支援するための部門をけん引。世界食糧計画(WFP)によるエボラウイルス病のチームに参加し、ロジ面で支援を行ったことを皮切りに、最近ではICRCとAIを活用した地雷探知の取り組みを実施する等、ICTや生体認証技術を活用し複数のプロジェクトを行うに至った現在まで、いかに事業を軌道に乗せてきたかを語った。
2人目は、株式会社ファーストリテイリンググループ執行役員であり、グラミンユニクロのCEOでもある新田幸弘氏。世界の平和なしにビジネスはできないという考えから、サステナビリティ活動を推進してきた同社は、2011年にUNHCRとグローバルパートナーシップを締結。以降、顧客から回収した自社の衣服の寄贈や、ユニクロ店舗における難民雇用などを行ってきた。新田氏は、同社はこれまでに累計5000万着近くを寄贈してきたが、世界の難民・国内避難民の数が世界で1億人に達するいま、自社の寄贈だけでは不十分だと訴えた。
3人目は、グラミンユーグレナCEOであり、株式会社ユーグレナ社長補佐官の佐竹右行氏。同社は、2019年より世界食糧計画(WFP)と連携し、ロヒンギャ難民や、そうした人びとが避難した地域の住民の貧困撲滅と栄養問題解決のために、バングラデシュで「緑豆プロジェクト」を開始。佐竹氏は、自社を例に、官民連携と収益の確保により、小さな会社でも社会貢献ができることを強調。さらに今後に向けては、バングラデシュの事例をロールモデルに、より低コストで世界展開すべく挑戦していることを語った。
ここで、同じく株式会社ユーグレナのCFO(最高未来責任者)であり、16歳の川﨑レナ氏が、ユースコメンテーターとして登壇。「皆さんは、小さかった頃になりたかった大人になれているでしょうか」、「利益ではなく、小さかった頃になりたかった人物像を行動指針にすれば、たくさんの人を救うことができるのでは」など、若者の思いを代弁。その思いに打たれた登壇者からは、「自社でも、もっと若者の意見を取り入れて行きたい」などの声が上がった。
Q&Aセッションでは「支援事業をどう始め、どう進化させて行ったか」、「どんな困難に直面し、どう乗り越えたか」、「企業として、人道支援と収益をどう両立しているのか」など、さまざまな質問が寄せられた。登壇者からの回答の中で、人道支援に関わっていきたい企業の参考となる実践例が、惜しみなく共有された。
最後に、外務省国際協力局緊急・人道支援課長の松田友紀子氏が閉会の挨拶を実施。「複雑化・長期化する紛争に、気候変動・コロナ禍・ウクライナ危機が重なり、世界中で圧倒的な人道ニーズが発生しているいま、もはや政府など伝統的なドナーだけでは対応できず、企業への期待は大きい」と改めて強調、セッションは幕を閉じた。
(本セッションは日英同時通訳付きで実施されました。音声は話者の言語となります)
セッション3:長きにわたるアフガニスタンの人道危機、出口を求めて
このセッションでは、アフガニスタンの人びとが置かれた現状を理解し、深刻な人道危機に対して人道援助と開発のアクターが共に解決策を探るべく議論を展開した。
まず、ICRCアフガニスタン代表部のスーラヤ・アミリ氏が、現地で活動する立場から報告。高度医療スタッフが国外へ逃れ、多くの医療分野で専門スキルが不足している。「国内にとどまっている医療者は、給与が払われるのかという不安を抱えながら膨大な患者に対応している」と医療現場の状況を伝えた。
さらに、「アフガニスタンは人道的な大惨事にあるにも関わらず、国際社会から十分に注目されず孤立している」と危機感を示した。
続いて、MSFアフガニスタン・オペレーション・コーディネーターのガエタン・ドロサールが資金の観点などから問題を指摘。政府はこれまで海外から資金援助を受けて医療を提供してきたが、それが凍結されたことで医療システムが機能不全に陥っている。医療ニーズは増え続けており、人道援助への資金と対応が拡大されなければならないと訴えた。
「人道援助機関が公的機関の代わりになることはできない」と強調し、「人道援助が政治に利用されることなく、必要とする全ての人に届けられなければならない」と述べた。
世界銀行駐日特別代表の米山泰揚氏は、人道、開発、平和維持で線引きをせず、それらをシームレスにつなげる視点を提起した。
「伝統的な世界銀行の仕組みでは、政府が機能しなくなった環境で支援を続けるのは難しい」と課題を示した上で、人道支援の先にある教育や農業など中長期の開発ニーズに焦点を当てた支援が不可欠、そのためにも、難しい環境の中で関与を続ける方法を共に考えたいと呼びかけた。その一つの形として、人道援助機関とのパートナーシップがあると述べた。
教育支援に取り組むシャンティ国際ボランティア会事務局長の山本英里氏は、3月の新学期当日に、女子の学校復帰を遅らせるという通達が当局から出たと報告。「20年前にゼロから始まった教育支援は、いま成果が出ているところ。止めてしてしまうと再開が大変だ」と危機感を示し、支援継続の必要性を述べた。
また、日本に退避してきたアフガニスタン人への支援にも取り組んでおり、「人道的な観点から、彼らにもウクライナからの避難民と同じ手厚い対応が必要だ」と訴えた。
その後パネリストたちは、参加者からの質問に答えながら意見を交換。最後に、モデレーターを務めた上智大学教授の東大作氏がこれまでの議論を受け、「国際社会は長期的な観点で、アフガニスタンの経済を正常化し、自立と安定を確保する方向に舵を切る必要があるのではないか」と提起した。