若者同士で「心」を支え合う場を──ジンバブエにおける国境なき医師団の挑戦

2024年10月31日
MSFの施設で交流を深める若者たちⒸ MSF
MSFの施設で交流を深める若者たちⒸ MSF

アフリカ南部に位置するジンバブエ。首都ハラレでは近年、薬物使用の影響により、医療や心理社会的支援を必要とする若者の数が増加している。

国境なき医師団(MSF)は、ハラレの2つの地区で心の不調を抱える若者たちのサポートに取り組む。カギとなるのは同世代の「ピア・エデュケーター」の存在だ。

若者の支えとなる、ピア・エデュケーター

ジンバブエの首都ハラレの郊外に、ある青年がいる。20歳のピーター・チムンタンダ(仮名)だ。彼は、MSFでピア・エデュケーターという仕事を務めている。心の問題を抱える同世代の若者たちと接して、彼らの支えになる情報を伝えていく仕事だ。彼自身、数年前は同じような心の問題に悩んでいた。だからこそ、同世代の若者たちの気持ちがよく分かるのだという。

ピーターは、自分自身が14歳だった頃を振り返る。

「暗がりの中でよく泣いていましたね。特に、学校では、ちゃんとした制服を着ていなかったり、食べるものがなかったりすると、からかってくる同級生もいますから。あの頃の僕は、自己肯定感がとても低かった」

当時の彼は、学校や家庭の問題で押しつぶされていた。現実逃避のために、薬物にまで手を出そうとしていた。しかし、MSFによる心のケアを受けたことで、人生の見方が変わったのだという。

以前はネガティブに感じていただけの物事が、自分を成長させるための糧になるんだと気づいたんです。

ピーター・チムンタンダ MSFのピア・エデュケーター

2年前、ピーターは、MSFのピア・エデュケーターとなった。人びとが苦悩を乗り越えるためのガイド役となることを決めたのだ。 

MSFにてピア・エデュケーターを務めるピーター・チムンタンダ Ⓒ MSF
MSFにてピア・エデュケーターを務めるピーター・チムンタンダ Ⓒ MSF


ピーターが自分の仕事ぶりを語る。

「日々の活動は、僕ら自身の地元が中心です。住民たちは、僕らのことをよく知っている。僕らだって、地元の若者たちのことはよく分かっている。彼らがAをしていないということは、Bをやっているんだな、という感じでね。だから、互いに打ち解けた雰囲気で話し合えるんです」 

同世代だから誰よりも理解できる

首都ハラレに、ムバレとエプワースという2つの地区がある。MSFは、この2地区において、協力パートナーらと提携しながら、心の不調に直面している若者たちをサポートしてきた。その内容は、医療ケア、HIV検査、性感染症ケア、避妊診療、啓発活動、心理社会的支援、地域へのアウトリーチ活動(医療援助を必要としている人びとを見つけ出して診察や治療にあたる活動)、個人や家族を対象とするサポートカウンセリングまで、多岐にわたる。

エプワース地区におけるMSFによるアウトリーチ活動 Ⓒ MSF
エプワース地区におけるMSFによるアウトリーチ活動 Ⓒ MSF


このプロジェクトは、ピア主導型アプローチ(同世代や同じ境遇の者たちによるサポート体制)を採用している。MSFのピア・エデュケーターたちが、支えを必要とする若者たちをMSFのユース・クリニックに紹介していく仕組みだ。彼らピア・エデュケーターは、心理的応急処置、薬物使用、心の健康などに関する研修を受ける。そして、困難を抱えている若者たちとMSFをつないでいくという重要な役割を担っていく。

18歳のヌグウェンデザさん(仮名)は、このプロジェクトを受けた一人だ。彼は、失業や近隣トラブルによって、ストレスや不満を抱え込んでいた。しかし、MSFが運営するユースハブ(若者たちの集う施設)にてレクリエーション活動やサポートグループに1年間参加するなかで、人生への前向きな姿勢が生まれた。薬物使用量も減少していったという。

MSFの若者向け施設に1年間通い続けたヌグウェンデザさん Ⓒ MSF
MSFの若者向け施設に1年間通い続けたヌグウェンデザさん Ⓒ MSF


ヌグウェンデザさんが、次のように語る。

ピア・エデュケーターから、心の健康や薬物使用について多くを学びました。友人関係のあいだにすら同調圧力がかかってくることも理解しました。いまは、付き合う仲間もよく選ぶようにしています。

ヌグウェンデザさん

19歳のタフマンさん(仮名)も、同様の体験を語ってくれた。彼は、今年4月から、MSFの運営するサポートグループに参加している。そのなかで、ストレスマネジメントのスキルを身につけたり、アルコール摂取量を減らしていけたのだという。 
 
「ピア・サポートはいいですね。同じ世代の人たちなので、僕の境遇をよく理解してくれるし、両親よりも上手く助言してくれます。両親は、僕のことを子どもとしてしか扱わない。あれをするな、これをするなと命じるだけです。僕は、意見を言うこともできません」 

ムバレ地区のユース・ハブ。若者たちが自分の感情や経験について自由に話し合える環境が整えられている Ⓒ MSF
ムバレ地区のユース・ハブ。若者たちが自分の感情や経験について自由に話し合える環境が整えられている Ⓒ MSF

心の健康なくして健康なし

近年、ムバレ地区では、薬物使用問題を抱えて医療や心理社会的支援を求める若者たちが増加している。2021年から2024年8月までの期間において、MSFは心の健康に関する相談を1095件ほど受けてきた。そのうち28.4%は、薬物使用に関係するものだった。相談者たちの使用している薬物類は、大麻、結晶メタンフェタミン(非合法のアンフェタミン)、ブロンクリア(麻薬性の咳止めシロップ)、違法アルコールなどが挙げられる。

ムバレ地区でもエプワース地区でも、MSFは、若者がゲームやサポートグループを通じて仲間たちとつながっていける安全で自由な施設を整備してきた。

ムバレ地区において、MSFの看護チームスーパーバイザーを務めるレジーナ・マゴアは、こうした場を設けることの重要性を強く訴える。 

MSFのユースハブでは、心理教育を実施し、問題解決スキルを教えるようにしています。こうした取り組みを通じて、若者たちが実社会において対人関係を良好に築けるようサポートしていくのです。

レジーナ・マゴア MSFの看護チームスーパーバイザー

精神面に課題を抱える若者たちには、何らかの支えが必要だ。しかし、ジンバブエでは、心の問題に対する偏見が根強く残っている。MSFは、心の健康に対する社会的意識を向上させ、偏見をなくしていくことが重要だと訴えてきた。また、そうした心の問題について話し合える自由で安全な場を作ることも大切だ。

先ほどのレジーナはこう語った。

「偏見や差別と闘うことを決してやめてはなりません。この闘いは、私たち一人一人の行動から始まります。心の健康なくして健康はないのです」 

MSF施設でボールゲームに興じる若者たち © MSF
MSF施設でボールゲームに興じる若者たち © MSF

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