吹き飛ばされた家族の日常 地雷が奪う子どもたちの命

2019年02月05日

イエメン南西部、タイズ県モウザで除去された地雷やロケット弾を見つめる少年 © Agnes Varraine-Leca/MSFイエメン南西部、タイズ県モウザで除去された地雷やロケット弾を見つめる少年 © Agnes Varraine-Leca/MSF

12月のある日。イエメン南西部の町モカにある国境なき医師団(MSF)のテント病院。庭に鳴り響くベルの音が、患者の到着を告げる。救急処置室の前にピックアップ・トラックが音を立てて止まり、4人の患者が降ろされた。2人は包帯を巻かれた子ども。あとの2人は、すでに亡くなっている。ほんの数時間前、4人はここから30kmほど離れた町で、家族と一緒に畑にいた。その時、誰かが地雷を踏んだ——。 

一般市民が地雷の被害にあっている

モカの町を歩く住民 © Agnes Varraine-Leca/MSFモカの町を歩く住民 © Agnes Varraine-Leca/MSF

2018年の初頭、イエメン西部のタイズ市とホデイダ市の間で、フーシ派のアンサール・アッラー軍とサウジアラビア・アラブ首長国連邦率いる連合軍の戦闘が激化。連合軍側は紅海に面し戦略上重要なホデイダ港に前進。2018年6月13日にはホデイダ市への攻撃を始めた。

有志連合軍の地上部隊が前進するのを防ぐため、イエメン西部のこの地域には何千もの地雷と簡易爆発物が道路や野原、畑などに埋められた。殺傷力の高い危険物で最も被害を受けているのは民間人で、多くの人は何も知らずに爆発物を踏んで、命を落としたり手足を失ったりしている。 

MSFはモカに病院を開院し地雷被害者を治療している © Agnes Varraine-Leca/MSFMSFはモカに病院を開院し地雷被害者を治療している © Agnes Varraine-Leca/MSF

2018年8月、MSFはタイズ県モカ市に病院を開院。地雷で負傷した人びとに救急外科手術をしている。患者の3人に1人は子どもだ。医療活動とともに、MSFはイエメン当局と専門団体に働きかけ、一般市民が暮らす地域の地雷除去活動を拡充して死傷者数を減らすよう、訴えている。 

いつもの野原で突然の爆発が

モカの病院で治療を受ける14歳のナセルさん © Agnes Varraine-Leca/MSFモカの病院で治療を受ける14歳のナセルさん © Agnes Varraine-Leca/MSF

14歳のナセルさんは、地雷の爆発で大けがをした。数年前には、左手に銃弾が当たって親指を切断したばかりだ。初めて松葉杖を使い、立ち上がってバランスをとろうとしている。2018年12月7日、ナセルさんは伯父やいとこたちと野原で羊の番をしていたところ、地雷を踏んでしまった。

その日のうちに、ナセルさんはモカにあるMSFの外科病院で手術を受け、右脚を膝下で切断した。親指がないので、松葉杖は使いづらい。MSFの理学療法士、ファルークの手を借りて、ベッドが並ぶ入院病棟で歩く練習をする。「骨が完全に砕けてしまい、残せるものがない状態でした」とファルークは話す。 

ナセルさんは初めて松葉杖を使って歩く練習をしている © Agnes Varraine-Leca/MSFナセルさんは初めて松葉杖を使って歩く練習をしている © Agnes Varraine-Leca/MSF

事故のとき一緒にいたナセルくんの伯父は、地雷の破片が眼に入ったため、専門的な治療が必要となり、モカから270km離れたイエメン第2の都市アデンにあるMSF病院に搬送された。この事故以来、ナセルさんの父モハメドさんは、周辺の野原を歩きたがらなくなった。「町に地雷が仕掛けられていると知ってはいますが、どこなのか分からないんです」とモハメドさんは話す。地雷が埋まっている標識はわずかで、歩いても安全だと分かるのは赤く塗られた石が数個だけ。毎日、どこかで鈍い爆発音が響いて、また爆発があったことを伝えている。 

子どもを吹き飛ばされ、仕事もできず・・・

モウザでは農耕が生きる手段だったが、地雷のために畑に出られない © Agnes Varraine-Leca/MSFモウザでは農耕が生きる手段だったが、地雷のために畑に出られない © Agnes Varraine-Leca/MSF

モカと戦闘の前線の間にある地域は、以前は農耕地帯だった。戦闘が始まってからは、戦闘地域付近の町や村から多くの住民が逃げ出した。連合軍の進軍を食い止めるため周辺の畑にも地雷が仕掛けられ、現地住民は耕作ができなくなり、生計手段を奪われた。

モカから車で45分の町モウザでは、住民が半減した。イエメンでMSFの活動責任者を務めるクレア・ハ・ズオンは話す。「ここに住んでいる人たちは、罰を受けているようなものです。しかも一度でなく、二度も。地雷で子どもたちを吹き飛ばされ、畑を耕すこともできず、収入源も家族の食べ物も失いました」 

モカの病院の救急処置室で患者に対応するMSFスタッフ © Agnes Varraine-Leca/MSFモカの病院の救急処置室で患者に対応するMSFスタッフ © Agnes Varraine-Leca/MSF

2018年8月から12月にかけ、MSFは地雷や簡易爆発物、不発弾で大けがをした150人以上をモカの病院に受け入れて治療した。3人に1人は、畑や野原で遊んでいた子どもたちだ。一生の障害を負い、将来は不安なばかりだ。

地雷は、被害者個人の家族だけでなく社会全体にも影響を及ぼす。手足が不自由になった人は他人に多く頼らざるをえず、周囲から孤立する可能性も高い。農耕地帯の人びとが耕地に近づけなくなれば、農作物による収入で生活している世帯にとっては大打撃だ。 

住民の暮らす地域で地雷除去が進まない

モカから約50kmのモウザで除去された地雷 © Agnes Varraine-Leca/MSFモカから約50kmのモウザで除去された地雷 © Agnes Varraine-Leca/MSF

無数に仕掛けられた爆発物は、今後数十年にわたってイエメンの人びとの命を危険にさらしていくだろう。英国の団体「コンフリクト・アーマメント・リサーチ(CAR)が発行した報告書には、フーシ派の勢力アンサール・アッラーが地雷や簡易爆発物を大量生産し、対人・対車両・機雷に使用していたことが指摘されている。イエメン地雷対策センターによると、2016年から18年にかけイエメン政府軍が30万個の地雷を除去した。 

モウザで除去された爆発装置 © Agnes Varraine-Leca/MSFモウザで除去された爆発装置 © Agnes Varraine-Leca/MSF

地雷除去活動はほぼすべてがイエメン政府軍によって行われており、道路と戦略的に重要な設備・機関が中心で、民間人の生活地域はほとんど含まれていない。地雷除去の専門団体とイエメン当局は、この地域での対応を拡充して、被害者を少なくしていく必要がある。

軍にとって戦略上重要な地域だけでなく、一般市民が暮らす地域からも、あらゆる種類の地雷と簡易爆発物を早急に除去し、誰もが無事に畑に行って農作業を行えるようにしなくてはならない。 

医療の空白地帯

地雷で右足を失ったアリさん(右)は、モカの病院で理学療法を受けている © Agnes Varraine-Leca/MSF地雷で右足を失ったアリさん(右)は、モカの病院で理学療法を受けている © Agnes Varraine-Leca/MSF

 アリ さんとオマールさんは、ともにモウザに住んでいる。アリさんは、友人との待ち合わせに遅れ畑を突っ切って走っているときに地雷を踏んで大けがを負った。右脚は切断、左脚は子どもの頃ポリオにかかったためあまり力が入らず、松葉杖で歩くのも楽ではない。モカにあるMSFの病院に週に2回通って理学療法を受けている。一方、オマールさんは2018年3月、家族に燃料を持っていく途中で地雷の被害にあった。当時、近くに手術を受けられる医療機関がなかったため、そのままアデンに搬送された。

MSFの理学療法士ファルークと歩く練習をするアリさん(左) © Agnes Varraine-Leca/MSFMSFの理学療法士ファルークと歩く練習をするアリさん(左) © Agnes Varraine-Leca/MSF

2018年8月にMSFがモカに開いた病院には、一日も止まることなくアリさんやオマールさんと同じような紛争負傷者が運ばれて来る。イエメン南西部の都市アデンでは、MSFが2012年から外傷専門病院を運営しているが、タイズやホデイダ地域で暮らすイエメン人は、アデンまでの交通費がない。

ホデイダからアデンまでは450km、車で6時間から8時間かかる。2つの都市の間にある地域は、住民にとって“医療の空白地帯”だ。モカのMSF病院だけが、手術室と手術態勢の整った医療機関だ。 

地雷で大けがをした子ども。頭蓋骨、片方の腕と顔に地雷の破片が残り、アデンに移送された © Agnes Varraine-Leca/MSF地雷で大けがをした子ども。頭蓋骨、片方の腕と顔に地雷の破片が残り、アデンに移送された © Agnes Varraine-Leca/MSF

「ホデイダからアデンの間の沿岸部は農村地帯で、住民はとても貧しいため、手術を受けるにはMSFの病院のほかに行くところはありません」。モカ病院のフスニ・アブダッラー手術室看護師は話す。

「ほとんどは戦闘で負傷した患者です。治療を受ければ治る傷でも、手遅れで亡くなった人もいます。適切な医療がなく、分娩中に亡くなる女性もいます。前線では容体を安定させる処置も満足に受けられないため、感染症にもかかってしまいます。地雷はひどい傷になりがちで、手術の難しい複雑骨折になります。手足を切断し、その後何ヵ月もリハビリを必要とする患者も多いんです」 

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