救いを求め、歩く人びと──苦難の旅の末に、ベネズエラ人の移民が直面する医療の壁
2022年03月31日
歩き続ける人びと “カミナンテス”


移民の特徴に変化
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の推計によると、2021年末の時点で帰国の意思なく自国を離れるベネズエラ人は1日あたり1000人。2022年には、ベネズエラからの移民が全世界で710万人に達する可能性もあるといわれています。そのうち、610万人はラテンアメリカにとどまっています。
自国を離れる人びとの特徴は、時とともにかなり変化してきました。2016年から2018年にかけては、教育も雇用形態も比較的良好な成人男性が中心でした。これは人びとが移動を始める初期段階に多く見られる事象です。現在はその傾向が完全に覆り、全移民の20%を新生児と5歳未満の幼児が占めています。子どもを連れた家族と妊婦の割合も著しく増加し、困窮がうかがわれます。

ひどい扱いにも慣れてしまう
食料の不足と不衛生な環境は移民の健康を損ないます。しかもこれは、身体的な健康だけでなく心の健康にも響きます。過去2年間で、移民が選べる旅の条件や手段が大幅に悪くなっている原因は、自国の貧困の拡大です。それもベネズエラ人の移民を駆り立てる要因になっているのでしょう。
人びとは平均して1~2カ月の旅をしており、お金を払ってバスやトラックを利用できていたころに比べると、はるかに長期化しています。「最後に温かい食事にありつけたのが、いつなのかさえ思い出せない、10日ほど前だった……」という声も聞きました。
間もなく子どもの生まれる若い夫婦は、道半ばでやむなく物乞いをし、エクアドルでは地面に放り投げられた食べ物を拾って、口にしたそうです。まるで獣のように……。こんな風に人びとが虐げられるのはひどいことです。何より衝撃的だったのは、2人がその体験を当たり前のことのように語り、悲しげな笑みとあきらめの表情を浮かべていたことです。最悪の場合、外国人嫌悪にもつながる差別が、この地域の移民にとっての「新たな基準」になりつつあります。そして、新型コロナウイルス感染症の大流行が状況の悪化に拍車をかけました。
医療へのアクセスが不当に拒まれる
ペルーで定められた2017年の移民法は、健康、雇用、教育について、外国人にもペルー国籍者と同じ権利を保障しているものの、ベネズエラ人の移民たちには医療アクセスへの壁が存在します。不必要な行政手続きが当たり前になっているため、情報に疎い医療従事者はそれが本当に規則なのだと信じてしまうのです。
例えばペルーでは、妊婦と5歳未満の子どもは、移民であろうとなかろうと、公的健康保険を利用できることが法で定められています。それにもかかわらず、利用に際して、ベネズエラ人女性は在留許可証や、妊娠を証明するための超音波検査を求められます。これは法の要請するところではありません。医療従事者はそのことを知らないため、手続きの一環でこぞって証明書について尋ね、所持していない人を拒むのです。
移民の女性たちは明らかに取得できない証明書を要求され、それが医療からの疎外につながっています。このような状況を踏まえ、MSFは最も弱い立場の人びとに医療を提供するだけでなく、すでに彼ら自身が権利を持つ公的医療への利用アクセスを確保できるよう、活動を行っています。


移民たちの前に立ちはだかる難題と障壁は、目的地に着いてもなくなりません。ペルーはコロンビアに次いで、2番目に多くのベネズエラ人居住者(2022年現在150万人)を受け入れています。
しかし、新型コロナウイルス感染症の大流行以来、国境が封鎖され、ごく限られた理由に該当する移民を除き、いまは入国後に正規に在留するための法的な道筋がなくなってしまいました。
ペルーの移民政策には法制上の空白があり、それが移民の権利を否定しています。ただでさえ、基礎的な公共サービスも利用できない不安定な暮らしの足かせとなっているのです。正規の移民でなければ、医療は受けられません。法制に残る空白はグレーゾーンを生み出し、そのグレーゾーンに医療の利用を阻む壁ができています。
MSFのアドボカシー活動はまさにその空白を埋めることを最終的な目的としていきます。原因が知識や認識の不足にあるのか、差別意識にあるのかは関係なく、そのような壁は取り除かなければいけません。
